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血まみれの悲槍編 8



 ……調子に乗りすぎました。
 ごめんなさい。

 目の前に広がるこの光景を見てしまったら、さっきまでの高揚感もどこへやら。
 今の俺の心境はそんな感じだ。

 場所は“果ての森”と呼ばれる森林地帯と、見渡す限りの砂漠の境界。
 といっても目の前の砂漠はサハラ砂漠のような砂一面の死の世界ではなく、俺の腰ぐらいの高さのちょっとした植物がまばらに生えていたり、大小様々な岩石が散らばっている感じだ。
 どっちかっていうとアメリカの中央部のような――そう、西部劇のあの感じかな。

 でも俺たちが立っている大きな岩は見晴らしがいいので、目を凝らして遠くを見ると、数キロ先からは砂だけのサハラ砂漠バージョンが広がっているのが確認できる。
 そっから先はマジで灼熱の砂漠が広がっているのだろう。

 んで、それはいい。
 そんな砂漠地帯で始まっている戦闘もここから2、3キロ離れているので、血しぶき舞う光景はまだ映画のワンシーン程度にしか思えない。

 でもさ、俺たちが森を抜けたこの地点。どうやらさっきまで戦闘が行われていたらしく、そこらじゅうに人間の死体が散らばっているんだ。
 しかもその数は100や200ではない。

 うーん。“死体の海”って見たことないから正確に把握は出来ないんだけど、多分2、3千はいるんじゃないかな。
 そんなおびただしい数の死体が俺たちの視界を埋め尽くしているんだ。

 それどころか死に切れない人間の唸り声がそこらじゅうから聞こえてきやがる。
 痛みに耐える声。治療を求める声。または……俺たちの存在に気づくなり、痛みの苦しさから逃れようと“あれ”を依頼してくる声。

 出陣が決まったから興奮しているのかも?
 そんな事を思っていた数十分前の俺をぶん殴ってやりたいぐらいだ。

 もうさ、本当にごめんなさい。
 この光景、やっぱ無理だわ。

「んーん! もぐもぐ……おー! おいしい! あっ、ドルトム君? あっちも」
「う、うん……わかった」

 その時、俺から少し離れたところで満足そうに人間の肉に食らいつくフライブ君の声と、そんなフライブ君の指示に従って炎系魔法を使いながら瀕死状態の人間たちを楽にしてあげているドルトム君の声が少し離れた所から聞こえてきた。

 こいつら、早速魔族の本性を現しやがったな。
 いや、今更なんだけどな。

「ところで」

 あと、バーダー教官がそんなフライブ君たちを眺めながら俺に話しかけてきた。

「王子とドルトムが仲良くしている。あれはどういうことだ?」

 ちなみにドルトム君は今、王子の背中に乗りながらそこらじゅうに炎系魔法を発射している。
 というか……王子がドルトム君の足代わりとなるようにドルトム君を背中に乗せ、そんでドルトム君の指示通りに死体の海をうろちょろしている。
 って言った方が本来の違和感を表現できるかな。

 これもさ、ここに来る移動中にワンエピソードあったんだよね。
 荷車部隊の場所からこの戦場に来るまで、俺たちは森の中を高速で駆け抜けたんだ。
 機動力に優れたオオカミの獣人であるアルメさんとフライブ君は巨木の枝や幹をぴょんぴょん跳び跳ねながら。
 んで俺とガルト君もそんな2人に遅れないように同じく木々をつたい、ヘルちゃんに限っては背中の羽をパタパタさせながら木々の隙間をビューンって飛行していた。

 それと体重の重いバーダー教官は普通に地面を走りながら――でもやっぱりバーダー教官はラハト軍の幹部だけあって、俺たちの速度に余裕でついてきた。
 邪魔だからといって直径10メートル以上もありそうな巨木の幹を軽々と押し倒したりしてな。
 戦車みてえな破壊的行進だったわ。

 ところがだ。
 そんな移動を始めて十数分経ったあたりで、ドルトム君が遅れ出したんだ。
 はじめて知ったけど、ドルトム君は機動力があまり高くないらしい。
 んで、そんなドルトム君を見かねた王子が面倒そうにこう言った。

「ちんちくりんめ。足腰弱すぎじゃ。見ているこっちが悲しくなるから、背中に乗れ」

 この際、王子がさも当然のように俺たちの部隊に混ざって前線に向かおうとしていることはどうでもいい。
 あの状況で王子だけ荷車部隊に残すわけにはいかなかったからな。
 んで、そんな王子に対して後方からドルトム君が言葉を返した。

「う……うる……うるさい。飛び跳ねるしかで……できない……馬野郎のくせに」

「なんじゃと……? 貴様こそただの毛むくじゃらではないか。
 数を揃えなければまともにユニコーン族と戦えないような雑魚がよう言うわ。
 どうせおぬしもアホみたいな数の兄弟がおるのじゃろう? 貴様は何匹目じゃ?」

「よ、47人兄弟の末っ子だ……お兄ちゃんとおね……姉ちゃんたちはみんな家を出たし……。
 で……でも、ぼ、僕1人で……でも王子を倒せるんだからな……!」

「余をなめるな。王族ぞ? 余を倒したいんだったら100や200のドモヴォーイ族を集めてこい。
 それに貴様の命を助けたのはタカーシじゃ。タカーシに免じて許してやったが、そうじゃなかったら貴様などすでにこの世におらん」

「そんなわ、わけないもん! ぼ、僕の魔法を……ば、馬鹿にするな!
 ユニコーンの特性だって……べ、勉強したから、王子に……王子にだって負けないんだから!」

 まずさ。
 ドモヴォーイ族の生態については俺もまだ熟知しているわけじゃない。
 だから今になってもドルトム君の身の上話に驚くこともあろう。

 でもさすがに兄弟多すぎねぇ!?
 以前ドルトム君の家に行った時、お父さんとお母さんしかいなかったじゃんよ!
 47?
 赤穂浪士じゃあるまいし……いや、でもそういう種族なんだろうな。

 兄ちゃん姉ちゃんたちは家を出てるっぽいけど、正月とかお盆にみんなが帰省とかして――んでこんな毛むくじゃらがあの小さな家に47人+両親がひしめき合っていたら、俺はドルトム君を識別する自信はない。

 いや、そうじゃなくて――
 この2人、結局こんな感じの口げんかをねちねち言い合いながら、だけどドルトム君は素直に王子の背中に乗って、その状態で移動を再開したんだ。
 仲良いんだか、悪いんだか。

 しかもドルトム君、王子の首に両腕を回してがっちりつかまっているし。
 いつも俺の手を握ってくるドルトム君だけに、そんなドルトム君が王子に懐いている姿を見て、ちょっと凹んじまったわ。
 弟を取られた感じだ。

 あと移動の途中にちらりと見てみたら、2人はドモヴォーイ族の白い体毛とユニコーン族のたてがみのツヤの優劣について、移動中ずっとぐちぐち言い合ってたな。
 そこらへんの口喧嘩の内容もどうでもいいんだけど、結局こうやって戦場に到着した後も、相変わらずドルトム君が王子から降りようとしねぇ。

 2人してさっき殺し合いをしようとしていたくせに……なんでそんなにすぐに仲良くなるかなぁ……?
 なんかさ、俺1人がから回っていたっぽいじゃんよ。

 んで、決闘の場にいなかったバーダー教官は2人が仲良さそうに移動している姿が不可解らしい。

「……僕の努力の結晶です……」

 しかし、目の前の光景に心を折れそうになっていた俺はテキトーな言葉を返すのが精いっぱい。
 どうせさ。自分で言うのもなんだけど俺って周りの評価高いから、こう答えておけばバーダー教官もテキトーに褒めてくれて、そんでこの会話終わりだろ?
 今、あの2人の馴れ初めを1から説明している心境じゃないんだ。

 どうでもいいんだけど、バーダー教官に答えながらふと妖精コンビの姿を探してみたら、こっちもこっちで敵兵に止めを刺しながら、敵兵の盾や武器を集めている。
 そんなもん集めてどうすんの? って思っていたら、それを地面に立てたり上手く重ねたりしながらお互いの造った“塔”の高さを競い合っているようだ。
 あいかわらずやってることは子供なんだけど、場違い過ぎてツッコミ入れてぇ。

 ――いや、ここは我慢しよう。

「ふう。そうか。タカーシが……」

 少しの沈黙の後、バーダー教官が小さく呟いた。
 しかしながらバーダー教官の反応は少し物足りないもの。
 いや、別に褒められたかったわけじゃないんだけどさ。

「ユニコーン族とドモヴォーイ族の和解……歴史が動き出すか……?
 近いうちにエールディに戦いの火が吹き荒れることになるやもしれん」

 え? え? 何? あの2人が仲良くなると国の一大事なの!?
 そりゃ褒められるわけねぇよなッ!
 ごめん! いや、本当にごめん!
 ちょっ……その件についてもっとくわし……

「ふーう。お待たせしました!」

 俺が慌ててバーダー教官に問いかけようとしたら、ここでフォルカーさんの所に行っていたアルメさんが戻ってきた。

「えぇ。お疲れ様でした。それで……首尾は……?」

 うーん。タイミング逃しちまったな。
 いや、それよりアルメさん? フォルカーさんの所に行ってきただけなのに、ずいぶん返り血浴びてんなぁ!
 あと、ちょっとご機嫌じゃん!
 喰ったよな? 人間喰ったよな?

「はい。現在、先遣隊はあそこに見える岩山に拠点を置き、交代制で敵軍との戦闘に望んでいるとのことです」

「交代制?」

「えぇ。フォルカー曰く、“敵の数と装備が予想を上回り、一気に勝負を着けるのが無理”とのことです。
 それでフォルカーの判断で一度拠点を1つに絞り、そこで部下に休憩を取らせながらゆっくり敵の数を減らしつつ、こちらの本隊が到着する半日前から敵殲滅を目的とする総攻撃に移る予定だったと。
 バレン将軍たちの到着予定は明日の夜ですし、敵本隊の到着は2、3日後になるとのことなので、それで3ヶ所の拠点を確保する計画でした」

 うむ。
 やはり人間たちの世界に大きな変革があったのだろう。
 んで実際に敵を前にすることでそれに気づいたフォルカーさんは、ちょっとした持久戦を画策したようだ。

 今回の人間との戦い、たとえ魔族と人間の個体戦闘力に大きな差があったとしても、そこは慎重策を選ぶ必要がある。

 敵の鎧がちょっと堅くなっているだけでも、それを破壊するこちら側の魔族の一撃はいちいち魔力量を増やしておかなくてはいけないし、敵の武器が切れ味鋭くなっていたりしたら、それもそれで防御の魔力を多く放出しておかなければいけない。

 一瞬一瞬の攻防においては小さな違いかもしれないけど、そういうちょっとした違いが戦いの終盤になって大きな差となるだろう。
 たとえフォルカーさんの攻撃力がアルメさんのように――そう、この世界に俺が生まれた日、俺の体を地下の壁や天井を突き破る形で地上まで蹴り上げたアルメさんと同レベルの脚力を持っているとし……嫌なこと思い出したな。この記憶は頭の奥にしまっておこう。

 んで。
 加えて、敵兵の数自体が過去の前哨戦とは比べ物にならないとのことだ。
 獣人って持久力なさそうだし、そんな状況で戦力を分散させてしまったら、装備と兵数の上がった敵軍に各個撃破されかねん。

 ――というフォルカーさんの判断だな。
 まぁ、これは俺たちが増援に来ることを知る前の作戦だろうけど。

「ふむ。それでフォルカー殿はたった独りで敵と戦っているのですな……?
 部下と思わしき魔族の魔力が岩山の周辺に集中しているのに――しかもそいつらの魔力に大きな減少は感じられないのに、フォルカー殿以外の隊員が揃って戦線離脱しているなど、一体どういうことかと思ってました」

 うぉ! すげぇ!
 なになに? 戦場の方は砂煙でよく見えねぇし、いろんな魔力が空間を飛び交っているから俺じゃ探知もできねぇけど、今戦ってるのってフォルカーさんだけなの?
 4万を相手に?
 全く想像できねぇんだけど、どんな無敵状態なんだ!
 ちょー見てぇ!

 ……でも、そんな所に飛び込む勇気はないんだよなぁ。
 しかもさ。話から察するにアルメさんはその状況のフォルカーさんに話を聞くために、敵陣に突っ込んだってことだろ?
 勇敢というか、無謀というか。
 ところがアルメさんにとってそういうのでもないんだよな。

 用事があったから敵陣に突っ込んで……そんで無傷で帰ってくる。
 そりゃこんなに返り血浴びるのも当然だけど、アルメさんにとってはお使い程度の出撃だ。
 うーん。凄すぎる。


「はい。そういう次第です。しかし我々が到着したので一気に勝負をかけたいと言っておりました。
 私もそのようにしたいのですが、バーダーさんのご意見は? なにかありますか?」

「いえ。ここはフォルカー殿に従いましょう。
 しかし我々が来たからといって油断できるものでもない。気を引き締めていきましょう」

「えぇ。先ほどフォルカーの所に向かう途中、ついでに人間を数十、地獄へ送ってきてやりましたけど、鎧が堅くて堅くて。
 我々オオカミの獣人族は俊敏性には自信がありますけど打撃力が低いので……魔力の無駄遣いをしないようにしないといけないです」
「ほう。そうなると、やはり戦い行方を左右するのは新たな戦力。しかも中・長距離系の範囲魔法を使う者……」
「そうなりますね」

 んで、ここで大人コンビが振り返り、意味ありげな視線で俺を見つめてきた。
 こっちからすれば、俺をここに連れてきた張本人が戦場の光景をバックに、怪しい笑顔でこちらを見ている。
 隣にいるわんこ野郎も、口の周りを人間の血に染めながらにやついてやがる。

 怖いけど、同時にすげぇウザい。

「そういうのやめてください。遠距離系ならドルトム君がいるでしょう?
 ドルトム君の炎系魔法なら敵の鎧とか関係なくその中身を焼き尽くしてくれますよ」

「むう。その事なんだがな。
 っと、そうそう。その件についてアルメ殿にもお伝えしときませんとな。
 今回ドルトムには違う役目を任せてみるつもりなのです。そういえば、アルメ殿はドルトムの能力を知っておりましたかな?」

 ん? ドルトム君の能力?

「え? いえ。炎系魔法の才能豊かな子としか……」

 アルメさんが何かを思い出すように視線を空に向けながら答え、しかしながらその答えはバーダー教官の期待には添えないようだ。
 そういえばさ。
 バレン軍の本陣車両にいた時、バーダー教官が言ってたっけ。
「もう1人、才能を見ておきたい子供がいる」
 って。

 じゃああれかな? それってドルトム君のことかな?

「そうでしたな。では本人をここに呼んで……というより、そろそろ全員をここに集めて打ち合わせを……」

 しかしその時……

「うぉ! こっちきたよ! 敵がこっち来たよ!」
「み、みんな! おお……応戦するよ!」
「えぇ! いきますわよ、ガルト! うぉんどりやぁー! クズ人間ども―! 死んで世界に詫びろ―!」
「ふひっひっひっひ! では地獄の晩餐を始めましょう!」
「ふむ。では余も暴れるとするか!」

 敵がこちらの存在に気付き、数千の兵がこっちに向かって進軍を始めた。
 しかもそれに先立ち、人間とは思えない速度で砂漠を移動する数百人の敵部隊が一気にうちらとの距離を詰め、俺たちと敵の間をうろちょろしていたフライブ君たちに早速襲いかかっていた。


しおり