バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

血まみれの悲槍編 4


「詳しく話せ」

 怪鳥のような魔族に対し、バレン将軍が詳細な報告を促す。
 先ほどまでの温和な雰囲気はどこへやら。バレン将軍の顔は鋭い目つきへと変わり、思慮深さを匂わせるその表情はまさに将軍といった風格だ。
 その気配に影響され、その他幹部連中、そして俺までもが真剣な表情になった。

「はっ! 我が先遣隊、“果ての森”を高速で移動中に、“第17次大戦”時の本陣付近で敵と遭遇。
 敵はすでに砂漠を越え、“果ての森”の外縁部へと迫ってきておりました。
 敵の数はおよそ4万。
 敵の森への侵入を許すと戦線が複雑化してしまうと危惧したフォルカー隊長の判断により、部隊は即座に迎撃態勢へ。
 敵の布陣が完成するのを待たずに、そのまま戦闘に入りました。
 私は伝令役として開戦直後にこちらに来ましたが、その直前の隊長の戦略方針が変わっていないとするならば、今現在は第17次の時に本陣を置いた丘と、その南にある低山。加えて、第14次大戦の折に主戦場となった平たん砂漠地帯の南東の岩壁の上を確保する予定です!」

 矢継ぎ早な伝令の報告に、幹部たちが立ち上がる。俺がさっき破った大きな地図を無理やり重ね合わせ、幹部の1人が数か所の地点に羽ペンで赤い丸をつけた。
 その地図を遠目に見ながら、バレン将軍が言葉を返す。

「うむ。悪くない判断だ」

 続いてバレン軍の他の幹部が口を開いた。

「えぇ。敵の進軍経路はおおよそこちらの予想通りです。
 この3つの地点のうち、1つでも確保できれば圧倒的な有利に立てることになりましょう」

 んでもって、その言葉に幹部のほとんどが同意したように「うんうん」と。

 でもさ。ちょっと待ってくれ。
 俺、今朝の出陣式の時に、フライブ君のお父さんがフライブ君に挨拶をしていた場にいたんだ。
 その時にフライブ君のお父さん――今さっき鳥の魔族の報告にあった“フォルカー”さんが率いる先遣隊の面々も見ているんだけど、せいぜい20体程度の小さな部隊だった。
 対する敵軍の先陣は4万? 敵味方の戦力バランスおかしくねぇ……?

「しかしバレンよ? いかにフォルカーといえども、4万を相手に本陣予定地を守りきれると思うか?」

 あっ、うん。ラハト将軍? 将軍もやっぱそう思うよな?
 どう考えたっておかしいもん。
 しかもさ、フォルカーさんは3つの地点を確保しようとしているんだろ?
 つまり、ただでさえ少ない隊員たちをさらに3等分しなきゃいけなくなるってことだ。

 1つの地点の守りにおよそ7体。相手は見渡す限りの軍隊。
 人間と魔族の戦闘力の差はあるだろうけど、さすがに不利過ぎだろ?

「……」

 でも、この状況で割り込むのは流石の俺でも無理だ。
 日本で生まれ、日本で育った俺。戦争の仕方なんてほとんど知らないし、そんな俺が職業軍人であるこの場の魔族たちの会話を邪魔していいわけがない。
 バレン将軍がまさかフォルカーさんを見殺しにするとも考えにくいし、ここは大人しくしておいて――そんでもって報告がひと段落ついたあたりで親父から説明してもらおう。

 俺は神妙な面持ちで親父の顔をチラ見し、そして視線をバレン将軍に移す。
 ラハト将軍の言葉を受け、バレン将軍は少しの時間だけ考え込んだ後、ひとり言のようにつぶやき始めた。

「4万……というのは流石に多すぎる。もしかすると、それが今回の戦争における敵の全兵力という可能性も……?
 いや、それはないな。過去の戦いにおいて、人間たちは毎回20万規模の軍を差し向けてきた。
 今回に限ってわずか4万ということはあるまい。伝令よ。敵軍に勇者の旗はあったか?」

「いえ、黒地に白虎の紋章……敵の先陣の中にはどこにもございませんでした」

「だろうな。勇者軍本隊がいきなり先陣を受け持つことはあり得ん」

「しかも、敵先陣の後方には2万規模の軍が複数、戦地に向かっております。
 あの軍勢が戦地に到着し次第、即座に戦力投入されるとなれば、敵軍先鋒隊だけで10万にもなるかと!」

「それほどとは……。では、魔力の強いものは?」

「はっ。かなりの使い手がいる模様です。私が補足しただけでも、我が軍の中隊長級に匹敵する者が十数体。
 中にはここにおられる大隊長の方々とそん色ないほど強い魔力を持つ人間も数体……」

 その報告を聞き、一同にどよめきが走る。

「敵の戦力は、それを率いる勇者の強さに比例する」
「つまり今回の勇者は歴代最強ということか」
「少なくともここ数百年では間違いなく最強であろうな」
「いや、勇者だけに気を取られてはいかん。勇者に準ずる者たちも相応の強さを持っているというならば、敵兵の質も全体的に高かろう」
「うむ。これは気を引き締め直さねばなるまい」
「もしかすると今回は100万を超す敵軍を相手にすることになるのかもな」
「あぁ。我々上級魔族も油断している場合じゃない。戦の終盤が総力戦になるのは間違いない。覚悟せねば」

 などなど各々が好き好きに話し始めた。
 けどさぁ。ちょっと待てよ! と。
 あんたら、重要なこと忘れてねぇ?
 今戦ってる先遣隊だよ! どう考えてもヤバいだろ!
 最悪会ったこともない魔族ならまだしも、俺の友人の父親がいるんだよ!

 あぁッ! もうッ!
 やっぱ我慢できねェ!

「フォルカーさんは……大丈夫でしょうか?」

 こういう時に出しゃばっちまう俺の性格はつくづく嫌になるな。
 でも黙って話を聞いていられるような状況じゃない。
 とても穏やかで優しいフォルカーさん。フライブ君に他の家族はいないし、フライブ君のお父さんに何かあったら、フライブ君が独りになっちまう。
 いや、その場合はうちでフライブ君を引き取ってもいいけど、それ以前にそんな悲しい事はごめんだ。

 しかし心配そうに問いかける俺の言葉に、バレン将軍は不敵な笑みとともに答えた。

「タカーシ? また何か勘違いをしているな?
 よく考えろ。あいつはほんの数十年前まで東の国で将軍に就いていた者だぞ?
 エスパニの戦闘評価でも、下級魔族1万に値する兵力として計算している」

 なんだ、そのザル計算! 下級魔族って言ってもピンきりだろうし、1万っていうキリのいい数字が出てる時点で怪しすぎるわ!
 親父!? ちゃんと仕事してるんか!?

「え? あ……そうなんですか……」

「そうだ。“東の猛狼”と名高きあのフォルカーが人間ごときにやられるわけはない。
 なによりフォルカー本人からの報告に余裕が感じられる。ここで我々が心配しても仕方ないだろう?」

 え? フライブ君のお父さんからの報告に余裕? どういうことだ?
 あと、フライブ君のお父さんに付いている“二つ名”……なのかな?
 すっげぇだせぇ二つ名だけど、そんな言葉があのバレン将軍の口から飛び出るなんて。
 聞いたこっちの方が恥ずかしくなるから、そういうダサいこと言うのはやめてほしいな。

「余裕って……どういうことですか?」

 しかしながら、この緊迫した雰囲気の中で俺がバレン将軍の発言を爆笑できるわけがない。
 神妙な表情で俺が首をかしげていると、伝令役の魔族が教えてくれた。

「そちらのヴァンパイアのお坊ちゃん?」
「はい?」
「いいですか? 我々先遣隊に課せられた使命は敵の偵察と本陣予定地の確保です」
「えぇ。知っています」

「本陣の場所は最低でも1ヶ所。この戦いではバレン将軍とラハト将軍の2軍が出陣しておりますので、願わくば2ヶ所を確保したいところです。
 しかし敵先鋒隊の後方にまだ追加の増援が確認できると私がフォルカー隊長にお伝えした後、彼がバレン将軍へ伝えよと申された伝言は“3ヶ所”の確保を予定しているというもの。
 バレン軍、ラハト軍の両軍の他にも、それらに属さない下級魔族の宿営地まで確保しようという判断なのです。
 フォルカー隊長ご自身、『無理だったらどこか1つに絞るから、折り返しの伝令にバレン将軍から場所の優先順位を聞いてきてくれ』とおっしゃってましたが、私が戦地を出発した時点ではフォルカー隊長は少なくとも3ヶ所の確保を狙っておいでだったのですよ」

「ふーん。そうですかぁ」
「えぇ」

 なんだ。意外と余裕なのか……?
 いや、そもそもたった1体で1万の軍勢に値するとか言ってる時点で信用できねぇけど。
 こ、この世界の戦いは――戦闘能力の差というものは、そういうもんなのか?
 なんかさぁ……人間の強さとか、あと人間の命の重さとかが蟻みたいに思えてくるな。
 今更だけど、これがこの世界の現実か……。

「というわけで将軍? 私は折り返しフォルカー隊長に伝える指令を頂きたいです。本陣候補地の優先順位。どうかご指示を」
「あぁ。わかった。今決めるから少し待ってくれ。エスパニ? アルメは大丈夫そうか?」
「はい。いくらか楽になったかと」
「はいぃ……ひんやり冷たくてぇ……気持ちいぃですぅ」
「ではエスパニもこちらに来い。
 あとラハトも来い。先ほども言ったように、貴様には第2陣を構成する中級魔族を指揮してもらうが、直属の部隊は連れていくだろう?
 多少いい土地を確保しておかんと、貴様の部下が文句を言いかねまい」
「あぁ。そうだな」

 バレン将軍が立ち上がり、中央のテーブルに近寄る。
 彼女に促された俺の親父やラハト将軍もテーブルの周りに集まり、あっちがいい、こっちがいい、といった感じの話し合いが始まった。

「うーん……」

 しかし、身長と立場のせいで一同の輪に入れなかった俺はアルメさんのお腹を撫でながら低い声で唸る。

 んー……なんだろう……?
 なにか……そう。よくわからんけど、なにかが引っ掛かるんだよなぁ。
 バレン将軍の油断? それともバレン将軍に伝令を送ったフライブ君のお父さんの過剰な自信?
 そこらへんになんか落とし穴があるとか?

 いや……でも……。

 バレン将軍やフライブ君のお父さんはまぎれもなく戦争のプロフェッショナル。一方で俺は素人同然。
 そんな俺が懸念するようなことを彼女たちが見落とすとは考えにくい。

 まっ、気のせいかな。
 じゃあ、あっちの会議に混ざるのも気が引けるし、ここはアルメさんと世間話でも。

「アルメさーん?」
「はーいーぃ」
「お喋りできますぅ?」
「だいじょーぶですよーう」

 うん。だいぶ意識がはっきりしてきたみたいだな。
 この厳粛な場でいつものように俺に甘える時の喋り方をしてるのはどうかと思うけど、それも含めてギリギリいつものアルメさんだ。

「アルメさんって、味方の戦力について詳しく知ってます?」
「はいはーい。知ってますよーぅ」
「じゃあ戦力の内訳とかも含めて、細かく教えてください」
「はーい。えーとですねー。今回のーぅ。味方はーぁ。全部でぇ、3万6千の兵で構成されててですねぇ……」

 この時点で、敵の第1陣より少ねぇけどな!
 ぜってぇおかしいと思うけど、これも魔族と人間の個々の戦闘能力差ということで納得してやるわ!

「うんうん。それで?」
「えーとぉ……先陣は下級魔族が受け持ってぇ……数は確か3万3千だったかなぁ……」
「ほうほう」
「第2陣は中級魔族でぇ……2千の兵が集まりましたぁ……今回はバレン将軍が総大将ですのでーぇ……こほん。ラハト将軍がその第2陣を指揮する予定です」

 あっ、またキャラがぶれた。
 いや、違うかな。これ多分、意識がしっかりしてきたんだ。
 うんうん。アルメさんの体調もこれで安心。でもまだ脇の下と首周りにひっつけた氷は溶けきっていないから、このまま仰向けにさせておこう。

「おっと。動かないでください。だいぶ楽になったようですけど、もう少し冷やしましょうね。体勢はそのままで」
「はい。ではお言葉に甘えて」
「それじゃ、第3陣はバレン将軍率いる上級魔族……って感じですか?」

「はい。第3陣は千近い上級魔族で構成され、戦いの終盤に勇者の本陣に襲いかかる主力部隊です。
 とはいっても、各陣、種族単位の部隊と、各種魔族の混合部隊が混在し、身分的には中級魔族でも実力によって第3陣に組み込まれる魔族もいます。私がそうですけどね。
 同じく第1陣で功績をあげた下級魔族は、個人または種族単位で中級魔族に昇進することもあるのです」

「へーぇ。じゃ、第1陣の指揮官は誰なんですか?」
「そんなものはいません。種族ごとに好き勝手戦うだけです」

 ま、まじか。

「それぞれ他種族を出し抜いてでも中級に上がりたいと思う魔族ばかり。
 指揮官を立てたところで、まともな連携などとれるわけがありません。もちろん東の国と戦うときは別ですよ?
 各将軍が配下の軍勢のほとんどの戦力を連れて国境地帯に駐屯してますし、細かい戦術を駆使して戦わないと、あの強国の侵入を防ぐことはできません。
 でも南の国との戦いは、そういう機会を下級魔族に与える場でもあるのですよ」

「ふーん。そうですかぁ……」
「そうですよ」

 なんかさぁ。俺さっき(この世界の人間の戦力って、魔族から蟻程度の存在に認識されているだなぁ)とか思ったんだけど、魔族社会における昇進のための踏み台って存在でもあるんだな。
 さすがに酷過ぎだよなぁ。元人間として悲しくなってきたわ。

「なかなか複雑ですねぇ」
「えぇ」

 会話の最後にゆっくりとアルメさんのお腹を撫でながらつぶやき、アルメさんも気持ちよさそうな表情で返事を返してきた。
 俺としては“心の中が複雑だ”って言ったつもりなんだけどな。アルメさんは誤解して受け取ってるだろう。
 でもいいや。
 これは俺しか理解できん問題だ。

 とここで俺は床にあぐらをかき、少しばかり姿勢を後ろに倒す。
 親父たちはまだ地図を見ながらあれこれ言い合っているので、俺はこのまま床に寝そべりながら、ちょっと考え事をしてみようとも思った。
 しかし背中に背負っていたプロトタイプの鉄砲の銃床部分が床にぶつかり、その音とともに俺はふと気付く。
 あわてて起き上がり、階段のそばで静かに待機していた伝令役の魔族に近寄った。

「すみません!」
「はい。なんでしょう?」
「ちょっとお聞きしたいんですけど」
「えぇ。なんなりと」

 よし。じゃあなんなりと。

「あなたは、空を飛べますよね?」
「はい。空を飛べます。だからこそ我々の種族は偵察にうってつけで、先ほども上空高くから敵軍を調査しておりました」
「あと目も……視力もいいですよね?」
「はい。我々の種族は空から獲物を見つけるために、視力もいいです」
「じゃあ……うーん。そうですね……あなたは前回の戦いでも偵察に?」
「えぇ。前回は先遣隊の一員ではありませんでしたが、戦闘の間に上空から敵後方の軍の動きを観察する役目でした」
「ほうほう。ちなみに前回、南の国と戦ったのはいつごろでしたっけ?」
「およそ80年前になりますね。ここにおられる皆様全員が前回もおられたかと」
「ふーん」


 なるほどな。
 この魔族。鳥の獣人……でいいのかな? それとも“鳥人”って言えばいいのかな?
 そこらへんはよくわからんけど、見た感じ決して若い鳥じゃないし、各種族のエース級が揃う先遣隊に選ばれるぐらいだから、これが初陣ってわけじゃないだろう。
 と思ったら案の定、前回の戦いにも参加してやがる。
 そんな魔族とここで出会うなんて、俺としては願ってもないラッキーだ。

「じゃあ、あなたの個人的な感想で結構ですので、教えてください。
 今回の戦争と前回の戦争、人間たちの装備や身なりについて、何か違いはありましたか?」

 そう。80年という月日。
 これは人間にとって、決して短くはない。
 具体的には、東京で俺が死んだあの時から80年前というと、おそらく太平洋戦争の真っただ中か、それが終わるぐらい。
 例によってそこらへんの年表がうろ覚えなのが俺の学力の低さを物語っているけど、軍事力について、そしてその基本となる科学力について、2つの時代を比べたら大きな差があることぐらいは俺でもわかる。
 まぁ、南の国の文化水準を見る限りじゃ、西の国でも流石に“文明開化”が起きるところまでは来ていないだろう。
 なにより元鍛冶職人のサンジェルさんが鉄砲の存在を知らなかったぐらいだしな。

 でも、この世界には鉄砲の代役となる“攻撃魔法”が存在する。
 なので遠距離攻撃系の兵器の発展は遅れているか、またの場合火縄銃や連発式拳銃が普及する段階を飛び越えて、いきなり大陸間弾道ミサイルレベルの兵器が開発されかねないかもしれない。
 それは可能性の1つだし、そんな発達が現実に起きるとしてもそれはまだ先として――でも、この80年で人間側の軍事力が大きく成長している可能性は非常に高い。

「え? えーと……うーん。そうですねぇ。遠目からしか見ておりませんが、全身を鎧で覆った兵が多かったような。
 あっ、あと魔獣を操る騎兵の割合も前回の戦より大きい気がします。
 今までの人間兵は陳腐な装備を纏ったものがほとんどだったのに……」

 なるほどなるほど。じゃあ、鉄砲を持った兵は?

「じゃあ、この……こんな感じの鉄製の棒を持った集団は? いましたか?
 槍でもなく剣でもなく、一見するとただの棒なんだけど、それを持った部隊が?」

 俺は背中に背負っていた鉄砲を見せながら聞いてみた。
 俺の質問の意図が気になったのか、その頃にはテーブルを囲んでいたバレン将軍たちがこちらに注目し始めていたが、とりあえずそっちへの説明は後にしておこう。

「いえ。そのような兵はいませんでした」
「じゃあじゃあ、逆に……いや、逆でもないですけど、鉄製の大きな筒を荷車のようなもので運んでいる部隊は?」
「鉄製の大きな筒?」

 くっそ! 説明が面倒だな!
 身振り手振りでやるしかないのか!?

「こう……大きさは、こーれーぐらいで……太さはこれぐらい……それで、おそらく中心部が空洞になっていて……あと鉄製で重いから、荷車で運んでいると思うんですけど!」

 俺は両手を大きく広げたり、腕で輪っかを作ったりして、〝大砲”の形を伝える。しかしながら、それを見ていた相手の魔族は首を小さく横に振りながら答えた。

「いえ。そういうものも見当たりませんでしたよ」
「そうですか。わかりました。ありがとうございました」
「え、えぇ。でも、一体なんの話です?」

 まぁ、この魔族にはわからんだろうな。
 いや、俺以外の魔族が気付きにくい事実。人間という種族の持つ急速な技術開発力。
 俺がさっき心に引っかかったのはそれだったんだ。
 運よく背中の鉄砲の存在を思い出したから、気づくことができただけなんだけどさ。

 兵の数が過去最高ということは、南の国で食料栽培の技術が上がっているということ。
 いかんせん農地に適した土地の広さには限度があり、結局食料不足が社会問題化して今回の侵略計画が立ち上がったんだろうけど、人間の数と食料の収穫量。そして収穫量に対する適正人口からあふれてしまった人間の数の規模。
 これらの数値が今までとは比較にならないものになっていると推察できる。

 だからこその大軍だ。

 そして重装歩兵の割合が高いということも、鉄の精製技術、あとその資源となる鉱山の発掘・採集技術が上がっていることを示唆している。
 サンジェルさんの鉄の加工技術だって、めっちゃ見事だったしな。
 魔族から見れば経済の発展と衰退が激しい国とのことだけど、長い目で見れば着実に右肩上がりの成長をしているのだろう。

 それが人間だ。俺のよく知っている人間だ。

 下手をすれば、兵の運用――戦術とか個々の人間の戦闘技術のクオリティも上がっているかもしれないし、そう考えると今回の戦いは過去のデータなんて使い物にならない。
 具体的には1体で下級魔族1万人分の戦力と評価されているフライブ君のお父さん。おそらく親父はその計算を下級魔族から人間へと変換しつつ、戦力分析を行ったのだろう。
 だけどこれからの時代は、それを過去のデータ通りに人間に当てはめることができなくなるということだ。
 それはこの戦いにおいても同じであり、今その人間たちの軍を相手にしているフライブ君のお父さんたちの身が危ないということになる。

 まぁ、まだ人間たちは鉄砲や大砲の類を発明していないっぽいし、重装歩兵や騎兵隊が重要視されている段階だから、地球の歴史的には“中世”の終わりぐらいの科学力だろう。
 ヴァンパイアの俺から見れば、そう遠くない未来に産業革命を達成した人間たちの近代兵器と戦うことになるんだろうが、それが今回じゃないのが不幸中の幸いだ。

 とはいえやはり人間は産業革命の手前まで来ているし、現に兵の装備も格段に上がっている。

「タカーシ? 一体どうした? 何か気がかりなのか?」

 その時、少し離れた所から黙って俺たちのやり取りを聞いていたバレン将軍が話しかけてきた。
 あぁ。気がかりだよ。

 じゃあ――すっげぇ怖いけど。そんでもって軍事に関しては素人同然の俺だけど。
 それに加えて後で親父に怒られそうだけど、生まれたばかりのヴァンパイアであるこの俺が、恐れ多くもこのメンバーを前にして偉そうな提案を1つしてやろうじゃないか!

「はい。今、伝令役のこの方から聞いた話から察するに……嫌な予感がします。
 フライブ君のお父さん――先遣隊のフォルカー隊長の意図に反しますけど、先遣隊への増援を提案します」

「うむ。そうしよう!」

 決断早ぇーよッ!
 バレン将軍!? 流石に俺のこと特別視しすぎじゃね!?

 ほら、バレン将軍以外のみんなが疑惑の目で俺を見て……あっ、ラハト将軍がうなづいた。

「わかった。ではさっそく増援部隊を組織せねばな。
 いやはや、バーダーから“大人びた子供”とは聞いていたが、敵戦力の増大を人間どもの社会変化。そして軍備の発達へと繋げるなど、もはや子供の知能とは思えん。
 タカーシ? でかしたぞ!」

 俺、そこまではっきり口に出してねぇから!
 俺の心の中読んだんか!?
 ラハト将軍の察しの良さの方が流石としか言えんわ!
 あれか? 将軍級ってみんなそんなに洞察力凄いんか?


しおり