女神の愛し子の実力
「俺かい? 俺の名は“ブレーデリン=シェーラー”。|君と同じ《・・・・》『女神の愛し子』だよ」
|飄々《ひょうひょう》とした態度を見せる男は、確かに名乗った。
どういうこと? あの男がクラウスの言っていた『女神の愛し子』だということは理解した。
だけど、男は確かに言った。
この僕に対して、同じ『女神の愛し子』だって。
『……あの男が何を言っているのか理解できませんが、ギルくんはギルくんです。とりあえず目障りですので、消し飛ばしましょうか』
メルさんが巨大な口を開けると魔法陣が展開され、紫電を|纏《まと》った漆黒のブレスが放たれた。
もちろん、地上の男……『女神の愛し子』だと名乗るブレーデリン目がけて。
なのに。
『っ!?』
なんとメルさんのブレスが、防がれてしまった。
いつの間にかブレーデリンの隣に現れた、甲冑を身に|纏《まと》った一人の少女の持つ黄金の盾によって。
「な……何とか受け止めてみたものの、もう|保《も》たない……っ」
少女は眉根を寄せ、必死に|堪《こら》える。
だけどメルさんのブレスの威力に圧され、徐々に押し込まれて少女の身体が崩れ落ちそうになり、その僅かに幼さの残る綺麗な顔が歪んだ。
とうとう少女は耐え切れず、漆黒のブレスが少女やブレーデリン、それに周囲にいた兵士や使用人達も巻き込んで帝国の大地に|穿《うが》たれた。
そう、思ったのに。
「ふう……危ない。俺じゃなければ、間に合わなかったぞ」
「た、助かったぞ……」
疲労困憊といった様子でブレーデリンに抱えられる甲冑の少女。
どうやったのかは分からないけど、ブレスの直撃を受ける前にあの男が救出したみたいだ。
とはいえ、兵士や使用人達は逃げることもできず、この世界から消滅して……っ!?
「ど、どうして……?」
なんと兵士や使用人達は、いつの間にかメルさんのブレスの攻撃範囲の外に退避していた。
あの大勢の人達を一度に移動させるなんて、絶対に不可能。そもそもブレスから逃げ惑えば、大混乱しているはずに違いないんだ。
なのに、どうしてあの人達は、あんなにも冷静でいられるんだ。
……いや、違う。決して冷静になったとか、そういうのじゃない。
その証拠に兵士や使用人達はどこか虚ろな目をしていて、まるで人形のようになっているから。
「ああ……やっと逢えました……」
「誰!?」
兵士達の列が二つに分かれてできた道の中央を、神官服を着た少女が微笑みを|湛《たた》えながら歩いてくる。
大洋の光に照らされ輝きを放つ金色の長い髪をなびかせ、透き通るような水色の瞳は僕達を……いや、僕を捉えて離さなかった。
見たところ十五歳くらいに見えるけど、きっと甲冑の女も神官服のあの女も、『女神の愛し子』とかいう人達に違いない。
「遅かったじゃないか。“クリームヒルト”」
「遅かったわけではありません。どこまでも愛くるしい彼を一目見てしまった瞬間、どうしようもなく心を奪われてしまったのです……」
ブレーデリンは少し不機嫌な様子で悪態を吐くけど神官服の女……クリームヒルトは意に介していなくて、それどころか視線すら合わせようとしない。
というより、この場に現れた時からあの女の視線は僕に釘付けになっていた。
『あの女……|私の《・・》ギルくんに色目を使おうというのですか……っ!』
この帝都に来てから、メルさんが一番の険しい表情を見せる。その言葉どおり、クリームヒルトの態度が気に入らないんだと思う。
だけど。
『っ!? ギ、ギルくん!?』
「メルさん。あんな人を気にする必要はないですよ。だって僕、メルさんが一番大好きなんですから」
『あ……』
メルさんの太くて逞しい首を思いっきり抱きしめ、そうささやく。
僕にとって大切なのは、メルさん達だけ。他の人達なんて、二の次だもん。
『ふふ……そうでした。あのような|ごみ《・・》がどれだけ懸想したとしても、ギルくんの想いは永遠に手に入らない』
「はい。僕があの女に振り向くなんてことは、永遠にありません」
蕩けるような微笑みを浮かべるメルさんに、僕は力強く頷いた。
そうだ。僕のメルさんへの想いだけは永遠に変わらないのだ、誓って言える。
だから。
「残念だったね。お前達が『女神の愛し子』だというのなら、僕達の|敵《・》だってことは分かったよ。なら……遠慮はいらない」
僕は空へ掲げた右手に左手を添えて、大切な|女性《ひと》が教えてくれた、とっておきの竜魔法を唱える。
「【ブリッツ】」
上空に雷鳴が轟き、閃光が走る。
その瞬間。
――――――――――ッッッ!
何本もの稲妻が『女神の愛し子』達へと降り注ぎ、轟音が響いた。
大地には煙が立ち込め、僕達の視界を遮った。
『おお……! ギル坊の魔法はすごいのう……』
『はい。ギルベルト様の竜魔法を受ければ、たとえ相手が竜であったとしても、たちどころに命を落とすことでしょう』
コンラートさんは感嘆の声を漏らし、僕の竜魔法を実際に見ているエルザさんは、さも当然とばかりに告げる。
そうだ。これこそがメルさんの隣にいるために身に着けた竜魔法。
僕はこの力で、メルさんを守ってみせるんだ。
『ふふふふふ! やっぱりギルくんはすごい男の子です!』
「えへへ、ありがとうございます。これからは僕が、メルさんを……っ!?」
土煙の中から飛来した、光の槍。
気づけばそれは、コンラートさんの胸を貫いていた。