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全員死ね

「「「「「…………………………」」」」」

 人間の姿をした大勢の竜が、全員平伏し、床に額を|擦《こす》りつけていた。

「メ、メルさん、これ……」
「ふふ、そうです。この私を……ファーヴニルを裏切り、クラウスに従った|ごみ屑《・・・》です」
「「「「「っ!?」」」」」

 笑顔から一変し、強烈な殺気を込めて言い放つメルさん。
 居並ぶ竜の面々はますます平伏し、脂汗を流している。

「……『王選』に参加しておったのは、クラウスと側近のライナーを除けば全てドラグロア王国の兵士。ここにいる者どもは、王国の内政を司っておった文官。向こうで無駄に偉そうな連中は、既に引退して|政《まつりごと》に物申してばかりの邪魔者……まあ、長老衆じゃな」
「貴様! コンラート……ッ!?」
「黙れ」

 激高した長老衆の竜達の一部立ち上がって叫ぶけど、メルさんに一喝されてすごすごと再び平伏す。
 コンラートさんの言ったとおり、メルさんに頭を下げることが気に入らないのか、他の平伏している人達……文官とは違って、形だけって感じだ。

「他にも市井で暮らす国民や女子供もおりますが、それらは自宅で沙汰を待っているものと思われます」
「えっと……じゃあその人達も……?」
「はい。全てファーヴニル一族から離反し、クラウスに与した者達です」

 エルザさんの説明を受け、僕は肩を落とす。
 ここにいる人達はともかく、街で暮らす人はそんなことはないんだって、ほんの少しだけ期待していた。

 でも、そんな人達を含め、コンラートさんとエルザさんを除いて王国で暮らす竜の全員が、メルさんを……ファーヴニルを憎んでいたってこと?

「そんなのってないよ……」

 確かに閉鎖的な掟があって、|鬱屈《うっくつ》した思いが溜まっていたということも理解できなくはない。
 毒を盛るという卑怯な手を使って得た『王選』の勝利だったとしても、裏で行われていたことを知らない国民がクラウスを支持してしまうことも仕方ないと思う。

 だけど……前回についてはメルさんが前国王とクラウスの『王選』に参加したわけじゃない。
 なのにどうして、命を狙われた彼女を助けようとせずに、見捨てたんだよ。

 どうしてメルさんを、そんなに目の敵にするんだよ。

「……大丈夫ですよ? 私にはギルくんがいます。あなただけは出逢った時からずっと、どれほどつらい目に遭っても寄り添い、支え、救ってくれました。だから、|今の《・・》私は大丈夫」

 それってつまり、僕と出逢う前はつらかったってことじゃないか。
 そんなの……そんなの……っ。

「ぐす……」
「本当にギルくんは泣き虫さんですね。そして優しくて、こんなにも私のために想ってくれる男の子」
「んっ……」

 悔しくて|零《こぼ》れてしまった涙を、メルさんが人差し指で優しく|掬《すく》ってくれた。

「そういうことですので、私に必要なのはギルくんであり、あとはどうでもいいんです」
「あ……わわっ!?」

 メルさんが僕を抱えたかと思うと、玉座にそのまま座ってしまう。
 もちろん僕は、彼女の膝の上だ。

「あ、あの、さすがにこれは……」
「いいんです。これからはずっと、ギルくんは私の膝の上に座れば」
「そ、そんなあ……」

 いくら何でもこれは恥ずかしいよ……。
 それに、今は十歳だからぎりぎり許されるかもしれないけど、もっと大きくなったらそれこそ無理。絶対に無理。僕の心が耐えられない。

「じゃあ、はじめましょうか」
「はっ!」

 玉座の隣に立ち、コンラートさんが敬礼する。
 元々は王国の近衛兵長ということらしいから、こうやって王の護衛をするのがお仕事だったのかな。

「さて……貴様達、何か言うことはある?」

 平伏す竜達を、冷たさを|湛《たた》えた真紅の瞳で見下ろし、メルさんが尋ねる。
 彼等は揃って萎縮し、顔を上げようとする人も、発言しようとする人も一人もいなかった。

「これじゃ時間の無駄ですね。つまり貴様達の処分は、私の好きなようにしていいってことかしら」
「っ!? いいい、いえ! そんなことは……」
「そんなことは? それは、これからも私に|叛逆《はんぎゃく》するってこと?」
「め、滅相もありません! どうかお許しください!」

 慌てて否定しようとした人はメルさんに揚げ足を取られ、顔を真っ青にして額を床につけ、許しを乞う。
 そんな彼を、メルさんはつまらなそうに眺めた。

 こんなに恐れたりするんだったら、最初からクラウスに|与《くみ》しなければよかったんだ。

「コンラート、これでは|埒《らち》が明かないわ。結局この者達は、どうしてほしいの?」
「言うまでもなく、クラウスの下についたことを謝罪し、姫様……いえ、メルセデス陛下に忠誠を誓いたいのではないかと」

 コンラートさんの言葉に、竜達は我が意を得たりとばかりに首を振る。
 平伏しているのに器用だなあと、僕は場違いなことを思ってしまった。

「そうですか。心を入れ替え、私に仕えたいというのでしたら、そうですね……」

 メルさんは人差し指を口元に当て、思案する。
 とっても綺麗なことも相まって、すごく色っぽい。見ていた僕は恥ずかしくなってしまい、頬っぺたがぽかぽかと熱くなって顔を逸らしてしまった。

「……ええ。やはりそれを受け入れるためには、条件が一つだけありますね」
「っ!? そ、それはいかなるものでしょうか!」

 竜達は色めき立ち、希望に満ちた瞳でメルさんを見つめる。

 そして。

「簡単ですよ。つまり……全員死ね」

 にこり、と微笑み、メルさんは言い放った。

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