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この私が分からせて差し上げましょう ※メルセデス=ドレイク=ファーヴニル視点

■メルセデス=ドレイク=ファーヴニル視点

『ばぁか』

 あらあら、よっぽど悔しいのでしょうか。
 クラウスったら、額にこれでもかと青筋を浮かべていますね。

 でも、こんなもので終わるはずがないじゃない。

『ねえ、どんな気分? せっかくの必勝の策をギルくんにめちゃくちゃにされ、貴様が苦し紛れに使ったあの罠も、結局は無駄になっちゃいましたけど』

 私は、それはもう愉快そうに尋ねる。
 どうやって空に罠を仕掛けたのかは分かりませんが、|あの程度《・・・・》で私を仕留められると思っていたなんて、見くびられたものです。

 大体あの罠は、あくまでも私が竜の姿であることを前提としたもの。
 確かにこの姿のままでは脱出することはできなかったでしょうが、ニンゲンの姿に戻ってしまえば、簡単にすり抜けられるというのに。

 ……まあ、ギルくんがもし起きていたら、危ないことをした私は叱られてしまうかもしれませんが。
 あ、でも、優しい彼が一生懸命に私を叱る姿……ありですね。むしろ最高に可愛いです。

『ひょっとして、まだ何かあったりします? もちろん、指一本でも動かせば、容赦なく首をへし折りますが』

 そもそも私は、この男を殺しに来たの。
 だから|躊躇《ちゅうちょ》なんてしないし、むしろ喜んで殺します。

 もちろん死を望むほど苦しめてから殺したいのは山々ですが、そんなことをして私が窮地に追い込まれては本末転倒。
 それに、私に危険が及べば、それだけギルくんを危険に|晒《さら》すことになってしまうもの。そんなこと、絶対にできるはずがない。

 もはや私の全ては、ギルくんのためだけにあるのだから。

『というわけで、クラウス……貴様に聞きたいことがあります』

 先程までの|嘲笑《ちょうしょう》を消し、私は低い声で告げた。
 この男には、吐かせなければならないことが山ほどある。

『お父様とお母様、そして私に盛った毒……いいえ、それだけじゃない。ギルくんが受けたあのブレスや罠、それに武器。これらをどうやって手に入れた』
『…………………………』
『答えろ』
『あ……あ、が……っ!?』

 |ほんの《・・・》|少しだけ《・・・・》首を絞めてあげると、クラウスはその白い顔を紅潮させ、口から血の泡を噴き始める。
 いけない、少し力が入り過ぎたようです。なかなか加減が難しいですね……。

『ほら、少しだけ緩めてあげたわ。早く言わないと、ぺきっ、て折れちゃいますよ』
『ぐ……ぐぐ……』

 少しましになると、クラウスは僅かに後ろへと振り向き、鬼の形相を浮かべる。
 そんなことをしたら、余計に首が締まるというのに。

『そういうのはいらないので、いい加減答えなさい。どうせ貴様は死ぬのだから、少しくらい教えたところで今さらでしょう?』
『ふ……ざけ……る、な……っ!』
『ふざけてなんかいないわ。言おうが言うまいが、貴様が死ぬことには変わらない。ただ、貴様が私に説明するほんの僅かな時間だけは、生き永らえるご褒美が与えられるだけ』

 ふふ、じたばたとして、まるで壊れたおもちゃみたい。
 ギルくんと違って、可愛らしい要素なんて欠片もないけど。

『分かっているのよ。貴様に協力する何者かが背後にいることくらい』
『っ!?』

 そもそもあの毒も、罠も、ブレスも、謎の武器も、どれもドラグロア王国やその周辺……いいえ、ニンゲンの国にも存在しない代物ばかり。
 この男の背後には、最強を誇るファーヴニル一族であるこの私であっても脅威となる存在がいるということ。

 どうしてクラウスに接触し、あのような物を与えたのか。
 ……いいえ。どうしてこの男を|利用して《・・・・》、ファーヴニル一族を抹殺しようとしたのか。

 その者を消さなければ、私とギルくんの、二人だけの幸せな日々を邪魔されてしまう。
 そんなこと、絶対に許せない。

 まあでも。

『……やっぱりどうでもいいわ。結局のところ、私とギルくんに近づく者がいれば、その前に殺してしまえばいいだけだもの』

 たとえ自分が傷つけられ、ニンゲンに絶望していたとしても、それでも『いい人だってきっといる』と私を諭してくれたギルくん。
 そんな彼のことだから、もし私が無差別にニンゲン……いえ、世界中の全ての者を殺したら、きっと悲しむでしょうね。

 それでも、万が一にでもギルくんが傷つくかもしれないのなら、どれだけ彼に叱られても構わない。
 大切なギルくんを傷つけようとする者は……傷つける可能性がほんの僅かでもある者は、全てこの私が排除する。

『そういうわけだから、もう死ん……』
『……ク……クハ、ハ……無理だ……』
『無理? 一体何が無理だというの?』

 急に笑い出したクラウスに、私は首を傾げる。

『俺が敗れ、貴様が勝利した時点で……竜は……根絶やしに、なる……』
『何を当たり前なことを。裏切った竜どもを、私が許すとでも?』
『違う』

 違う? 何を言って……。

『……本来、俺が|敵《・》となるはず、だった……。そうすれば……竜は、僅かでも生き永らえることが……できたんだ……』
『…………………………』
『貴様は……いや、貴様等は、無残に殺される……。この世界の、|愛し子《・・・》たちによって……』
『愛し子って、誰の?』
『……〝女神〟』

 そう告げた瞬間、クラウスの額に魔法陣が浮かび上がる。
 これは……先程この男が、私に仕掛けたものと同じ……っ!

『くっ!』

 私はクラウスを蹴り飛ばし、その場から上空へと一気に離脱した。

『ク……クハハハハハハハハハハ! 貴様は運命を変えた! 運命を変えたが故に、悲惨な運命を辿……る……ぺぎょっ』

 ――ぱしゅん。

 情けない爆発音とともに、眼下に見えるクラウスの頭が弾け飛んだ。
 前国王を……お父様を殺した男の、あっけない最後。

 あの男が何を知り、何を考え、何のためにこんなことをしたのか、結局は分からずじまい。
 もちろん野心も、ファーヴニル一族への憎しみもあったのは間違いないでしょう。

 だけど、それ以上の|何か《・・》が、あの男の背中を押し、叛逆への一歩を踏み出させたのよ。

『クラウスは、〝女神〟とか言っていたわね……』

 この世界のニンゲンは、神を信じ、神を崇める。
どれだけ嘆き苦しんでも、姿を現すことなく、ましてや救うこともない|傲慢《ごうまん》な存在だというのに。

『まあいいわ』

 存在しない〝女神〟なんてものを気にしても仕方がないし、ましてや興味なんてない。
 〝女神〟の愛し子というのもよく分かりませんが、世界で最も愛しい子供はギルくんただ一人。もし遭遇する機会があれば、この私が分からせて差し上げましょう。

 ギルくんを差し置いて、愛し子などと名乗る罪を。

『こうしてはいられません。ギルくんのところに行きませんと』

 私のために全ての力を使い、クラウスの企みを阻止し、ライナーを倒したギルくん。
 ああ……早くギルくんに逢いたい。ギルくんに触れたい。ギルくんと添い寝したい。

 私はギルくんへの溢れる想いが抑えきれず、クラウスを追い回していた時とは比べ物にならないほどの速さで、愛しい彼のもとへと空を駆けた。

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