夢だったら、どうか覚めないでください
「うん……これできっと、上手くいくはずです」
『王選』に向けた対応策を全てまとめ終え、僕は大きく頷いた。
あとはいつデュフルスヴァイゼ山……王国に乗り込むか、それだけなんだけど……。
「何とかして王国の状況を確認できるといいんですが……」
「こればかりは仕方ありません。下手に探りを入れて戦力を削がれるわけにはいきませんから。何せ、こちらはクラウスと対決するメルさんや|役立たず《・・・・》の僕を入れて四人しか……っ!?」
「駄目です。たとえギル君の言葉でも、それだけは許せません」
眉根を寄せ、メルさんが人差し指で僕の口を塞いだ。
……そうだね。自分で|役立たず《・・・・》なんて言ったら、それこそ僕を認めてくれたメルさんの気持ちを踏みにじることになっちゃう。
「メルさん、ごめんなさい」
「分かればいいんです。……と言いたいところですが、これはお仕置きが必要ですね」
「ええっ!?」
|悪戯《いたずら》っぽく笑うメルさんの言葉に、僕は戦々恐々とした。
ば、罰って一体何をされるのかな……。
「こほん……それでは、罰を言い渡します」
「は、はい……」
「ギルくんは今夜一晩、私の抱き枕になってもらいますね」
「だ、抱き枕!?」
それって、僕がメルさんと一緒に寝るってこと!?
「あああ、あの! 僕は子供かもしれませんけど、その、男ですし、さすがに一緒に寝たりするのはいけないというか、あの、その、あの」
「ギルくんはまだまだ小さな子供なんですから、何も問題ありません。それに、私の腕の中ならどのような敵が現れたとしても安心安全です」
「そ、それは……」
ここは多くの魔物が棲む暗黒の森。加えてクラウスに狙われる可能性だって高い。
そういう意味では彼女の言うとおりなんだけど……い、いやいや、それでも僕、十歳なんだよ!? いくらなんでもそれは!
「むう……えい!」
「わわわわわ!?」
|逡巡《しゅんじゅん》する僕を勢いよく抱きしめ、そのまま地面に寝転がるメルさん。
た、確かに彼女にとっては子供かもしれないけど、ぼ、僕はどうすれば……。
「これで逃げられません。メルくんはこのまま、私と一緒に寝るんです」
「あうう……」
は、恥ずかしい……。
それに、メルさんはすごくいい匂いがするし、柔らかいし、あったかいし…………………………駄目だ、緊張で眠れそうにないや。
「仕方ありません。何やら眠れないみたいですから、お話しでもしましょうか」
「お話し、ですか?」
「はい。そうですね…………………………あ」
思案するメルさんだったけど、何かを思い立ったようで。
「実は子供の頃、お父様に連れられてニンゲンの街に行ったことがあるんです」
「え? そうなんですか?」
「はい♪ ……といっても、今から五百年以上も前の話ですので、その国はもうないと思いますが」
ちょっと待って。
五百年前に子供だったってことは、メルさん……今何歳?
「……いいですか? 女性の年齢を詮索したりしたら駄目ですからね?」
「は、はい!」
じと、とした視線を向けて注意され、僕は思わず背筋を伸ばして返事をした。
この話題は、これからも絶対にしないでおこう。
「よろしい。それで、その街はここから南の海沿いにありまして……」
メルさんは人間の街に行った時の話を、たくさん話してくれた。
大通りには多くの人が行き交っていて、道端にはお店がたくさん立ち並んでいたこと。
街の中央には綺麗な噴水があり、水が冷たくて気持ちよかったこと。
途中で迷子になってしまい、竜に変身して空から探そうと思ったその時にお父さんが見つけてくれて、慌てて止められたこと。
「ふふ……あの時のお父様ったら、すごく驚いていました」
「当然ですぞ。まさかあのようなところで竜に姿を変えようとするなど……わしも冷や冷やしましたわい」
「……誰が会話に加わっていいと言いましたか」
「うぐ……」
今の話だと、コンラートさんもメルさん達に同行していたのかな。
「コンラートさん。メルさんの子供の頃って、どんな感じだったんですか?」
「それはもう、とても愛らしゅうて、誰よりも可愛らしかったのじゃぞ!」
話を振ってみると、コンラートさんが嬉しそうに加わった。
「ただ、その時の話からも分かるとおり、かなりお転婆でな……すぐにどこかへ行ってしまうわ、|悪戯《いたずら》を仕掛けては使用人達を困らせるわ……」
「それに関しては、今も大して変わりませんが」
「っ!? コンラート! エルザ!」
しみじみと語る二人の話にばつが悪くなったのか、メルさんは大声を出して慌てて止める。
でも、コンラートさんもエルザさんも、メルさんの話をする時はこんなに優しい瞳をするんだね。
「あはは。確かにメルさん、ちょっと意地悪なところがあったりしますもんね」
「ギルくんまで!? もう! もう!」
ぽかぽかと僕の胸を叩くメルさん。
見た目はすごく大人の女性って感じなのに、こういうところは僕と変わらないような気がする。
「でも、そんなメルさんも魅力的で素敵だと思いますよ」
「はう!? ギギ、ギルくん、何を言ってるんですか!」
メルさんは雪のように白い頬を真っ赤に染める。
そんな彼女を見て、僕とコンラートさんは笑い、エルザさんも笑いを|堪《こら》えているのか、手で口元を押さえて顔を逸らしてしまった。
「えへへ、楽しいな。こんなに誰かとお話ししたの、初めて」
「ギルくん……」
「なんじゃこぞ……ギルベルト殿。人と話をするのは苦手なのか?」
「いえ……僕とお話しをしてくれる人、今までいなかったから……」
本当に、暗黒の森に来てからの僕は、楽しいことや嬉しいことがいっぱいだ。
メルさんに出逢えて、認めてもらえて、|役立たず《・・・・》じゃないんだって言ってもらえて。
これが夢だったら、どうか覚めないでください。
このまま、幸せな夢をずっと見せてください。
そんなお祈りをしながら、僕はメルさんの温もりに|誘《いざな》われ、そのまま眠りに落ちていった。