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第五十六話 蟹食う時は大体静か

「はーい、お土産の時間ですよ〜」
「……なんだよお土産の時間って?」

 現在、昼の休憩時間。私とシグルドのその言葉で班室には疑問符が溢れていた。給湯室から持ってきたコンロと冷凍庫に入れていた例のブツをヒューノバーが持ってきた。
 ごとん、と空いていた机にそれを置いて包装を解けば、どデカい蟹の足の輪切りが現れる。

「あ、もしかして」
「エトリリワタリガニの足です。皆さんで昼食として食べませんか?」

 集まってきた班員にアレルギーの有無などを聞き、全員大丈夫そうなのであとひとりの到着を待つこととする。

「エトリリワタリガニって高いだろ。よくまあ買ってこれたなあ」
「三人で折半しましたんで」
「三人?」
「こんにちは〜」

 班室の入り口からミスティが入ってくる。シグルドはミスティを見て、ああ〜。と納得が行ったように声を上げた。

「何よ。お前ら二人だけで行ったんじゃなかったんだな。秘書室のお嬢さんも一緒だったのか」
「騒動で根詰めて参ってたんで連れてったんですよ」
「お優しいねえ」
「はいはい、鍋持ってきたわよ」
「ありがとミスティ〜。冷蔵庫から調味料取ってくる」
「私も鍋に水入れるから行くわ」

 ミスティと共に給湯室の方へ向かい、調味料と皿と、フォークや箸などを持って戻ると鍋に入れてもどんとはみ出るだろう蟹の足を見てなんだか笑けてきた。

「ふ、く、ふふ……足でっか!」
「これだけ大きいと壮観だねえ」
「そうですね。私も喚ばれた当初にいただきましたが、面白いものですよ」

 狐の獣人のヨークと前喚びビトのサダオミが私から調味料と皿を受け取って班員に配ってくれる。

 エトリリワタリガニの足は足一本ではなく一節購入したのだが、それを更に輪切りにしているので殻は身が締まればするっと抜ける。沸騰してきた湯の中に入れれば、外側から煮えてくる。それをカトラリーやナイフで削ぎ取ってどんどん食べていくのが、エトリリワタリガニのしゃぶしゃぶの食べ方なのだそうだ。

 煮えるのを待ちつつ班員とミスティと共に雑談タイムへと突入する。

「三人で折半したって言っても結構高いだろこれ」
「ああ、俺の祖父の昔馴染みの方が俺のことを覚えていてくれたので、まけてくれたんですよ」
「ヒューノバー様々ですわな」
「ありがとうヒューノバー、あんたのこと、あの時初めて尊敬した」
「それ地味にひどいな」
「もう一個自室の冷凍庫に眠っては居るんですけど、どうせなら皆でと思いまして」
「ありがとう御三方、まー、そうだな。リディア、今後ちょっと評価を上げてもいいんじゃあないか?」
「班長として忖度はしません」
「硬え女だ」

 ハイエナの獣人のシグルドとリディアは憎まれ口を叩きつつ、鍋の中の煮えていくエトリリワタリガニを面白そうに眺めていた。

「そういえば、今日って確か出向組ひと組戻ってくるんじゃあなかった?」
「あ、そういえば。予定にも書いてあったよな」

 狼の獣人のシルビアと白い毛並みの猫獣人のシルバーが思い出したように声を上げる。出向組、と言うと心理潜航捜査班から地方や特殊な現場などに出向いている人々だ。確か名前は。

「双子の捜査官だよ。カリアム・デルクスとマリアム・デルクス」
「ああ、あいつらに会うの久々だな」

 プードルの犬獣人のエミリーとハスキーの犬獣人のシャルルが双子の名を告げる。
 そういえば、心理潜航捜査官には夫婦以外にも兄弟でバディを組むヒトも居るとは聞いていた。どんなヒトたちなのだろうか。

 お、そろそろ煮えたんじゃない? とヒューノバーが声を上げた。
 ヒューノバーが布巾片手に殻を持ち上げるとすっと抜けて白い肉が現れる。

 内側はまだ煮えていないようだが、外から食べていくのだし、そのうち煮えるだろうと皆でカトラリー片手にいただきまーす。と声を上げる。

 私はポン酢を皿に注いで、エトリリワタリガニに箸を伸ばして掴む。ぺりぺりと剥がすように繊維に沿って割いていくと綺麗に剥けた。

 ポン酢に付けてあちあちのところをいただく。口に含めば甘味と旨味が口いっぱいに広がる。蟹食う時って皆静かになると言うが、割とそれは本当に思える。皆黙々と食べている。
 エトリリワタリガニ、うまし。

「ヒューノバー、また有給使ってエトリリ行ってくれてもいいぞ」
「シグルドさん、蟹食べたいだけでしょう……」
「いや〜よかったなリディア。有給使わせたら良いもん土産に貰っちまってよお」
「そうですね。また休んでもいいですよ」
「リ、リディアさーん!!!」

 まさかリディアが乗るとは思わなかったので思わず名前を呼んでしまった。結構茶目っけある方だよなあ。
 時折話しつつだが、殆ど黙々と皆で食べ進め、そろそろ終わりに近づいた時、班室の扉の開く音がした。

「ただいま帰りました〜!!! ……ん?」
「カリアム、邪魔なんだけど! 何このいい匂いは!」
「…………」

 皆陰気臭い部屋で黙々と食事をしていたが、全員の目線がそちらへと向かう。入ってきた獣人と人間の組み合わせに、あれ、双子じゃないから違うのかな。なんて思ったが、咀嚼をし終えたリディアが二人に声をかけた。

「マリアム、カリアム、よく帰りましたね」
「リディアさん何食って……あ、その殻!」
「エトリリワタリガニです」
「うわあああ! もう無いじゃん! リディアさんひどーい!」

 無に包まれながら蟹を食い散らしている部屋に入ってきたヒトの反応、戸惑いが見えてちょっと面白い。

「あのお二方が双子の?」
「そうだよ。栗鼠の獣人の方が姉のマリアム。人間の方が弟のカリアムだよ」
「へえ〜、双子なのに人間と獣人の……」
「皆最初は不思議に思うんだけれど、まあ仲はいいよね」
「あ! ヒューノバーさん! そのお方は!」
「あ、マリアム。どうしたの」
「件の喚びビトさんでは!?」

 マリアムが私を指差し、カリアムがその指をはたき落とした。

「ヒトを指差すなよマリアム」
「だってだってだって! 喚びビトですよ喚びビト」
「私も喚びビトですが」
「サダオミさんはなんか、親戚のおじちゃんみたいな感じだから」
「おやおや」
「あ、どうも、細越沢みつみです」

 一応名乗っておこうと話しかけると、私より少しばかり小さなマリアムは丸々とした可愛らしい目を輝かせた。

「初めまして! マリアム・デルクスです!」
「初めまして〜俺はカリアムです」

 カリアムはマリアムと同じ色味の栗毛の髪色をした陽気そうな男性のようだ。この二人が双子。面白いなあ。なんて思っていると、マリアムが興奮気味に話しかけてくる。

「ヒューノバーさんとはどちらまで!」
「ん? ……エトリリまで?」
「いえ! 交際関係でどちらまで!」
「ぶっふぉ!」
「シグルドさん、今すぐに蟹吐き出していただいていいですか?」
「ごめんてごめんて」

 ひいひい笑っているシグルドはばしばしとリディアの肩を叩きまくっているが、リディアは我関せずと蟹を食べ続けている。

 やっぱりこの惑星の貞操観念ちょっと地球人には理解が及ばない場所にあるのかもしれない。

「マリアム、やめときなさいよ」
「あれ、ミスティじゃない。何でいるの?」
「この蟹は私のものでもあったから」
「ねえミスティは知っている!? このお二方どこまで行ったか!」
「あんたねえ。喚びビトはデリケートなんだからそんな堂々と詮索するものじゃないわよ」
「堂々とじゃないならいいみたいな言い方すんあミスティさんよォ」
「そうよ。堂々とでなければいいのよ」
「どうなってんねんこの惑星」
「みつみさん。私も通ってきた道です……」
「さ、サダオミさん……」

 サダオミが何故か黄昏ているが、きゃいきゃいとはしゃいでいるマリアムは今度はヒューノバーの方へ絡みに行っている。

「サダオミさんもあの元気っ子双子の餌食になってきたんですか?」
「あの双子だけならばどれほどよかったか」
「……すみませんなんか傷口に塩をすり込むような真似を……」
「いいんです。もう慣れっこですからね」

 お土産食事会は一応終わりを告げ、ミスティも班室を去り、昼食を終えた私たちは似ても似つかぬ血の繋がった双子を加えて仕事を開始するのだった。

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