第11章 最終決戦と“甘味”が結ぶ同盟
三国の緊張は増すばかりだった。曹操(そうそう)が中原を抑え、巨大な軍勢を蓄えながら各地に覇を唱える一方、孫権(そんけん)は江南の地を盤石に固め、海塩や港湾交易を活かした独自の国力を築いている。劉備(りゅうび)は飢饉に苦しむ民を助けつつ勢力を伸ばし、その人望と“甘粥(あまがゆ)”による支持で底力を得ていた。
だが、いよいよ“平和的な菓子品評会”の幕が下りても、抜本的な衝突は避けられなくなっていた。曹操は明確に「天下統一」を狙い、孫権や劉備も到底それを容認できない。交渉は決裂こそしないまでも、あちこちで小競り合いが激化し、三国が一触即発の状態に陥っていた。
「曹操が動き始めたらしい。大軍を率いて、南へ大規模な進撃をかけるという情報が入っている」
ある晩、劉備軍の陣で参謀がそう告げると、関羽(かんう)や張飛(ちょうひ)、そして悠介(ゆうすけ)をはじめ主だった面々が表情をこわばらせた。曹操が大軍を繰り出せば、孫権の呉(ご)にも、劉備の拠点にもいずれ脅威が及ぶ。いずれにせよ、この乱世の終焉(しゅうえん)を賭けた一大決戦が近いということだ。
「どうやら孫権も、曹操の進撃を食い止めるべく動くらしい。もし呉が落ちれば、我らにとっても次はない。協力すれば、あるいは曹操の猛攻を防ぎきれるかもしれないが……」
劉備が思案げに言葉を濁す。その横で悠介は拳を握りしめ、熱い気持ちがこみ上げるのを感じていた。以前、菓子品評会のときに感じた“菓子で一時的にでも和やかな空気を作れた”手応えはあった。だが、今はそれどころではない。曹操は本気で天下取りに打って出るのだ。
「俺は……“甘味で人々を笑顔にしたい”っていう気持ちを忘れたくないです。戦に巻き込まれるのは辛いし、死にたくはない。だけど、これ以上多くの人が苦しむのを見るのも、もう我慢できない」
悠介の言葉に、張飛が「おう、そうだ!」と声を上げる。
「まったく、このまま黙ってりゃ曹操に好き放題やられちまう。孫権だって、いざとなりゃ協力してくれんだろうさ。敵はデカいが、俺たちも甘味だろうが何だろうが使えるもんは全部使うんだ!」
乱暴な言い回しではあるが、悠介はその言葉に救われる思いがした。どんな形であれ、自分が作る菓子が戦場で人々の生命線になり得るなら、やるしかない。甘味が一時の幸福を与えるだけでなく、飢えや疲労を緩和し、兵士や民の命を繋ぐ道具になってくれるなら——。
---
### 曹操の大軍—孫権と劉備の共闘
まもなくして、曹操の動きがあからさまになった。数万を超える兵力を率いて南下し、孫権の拠点である江南方面を押さえ込みながら、一挙に大河を越えて劉備の勢力地にも侵攻するつもりらしい。史実で言う“赤壁の戦い”を想起させる大規模な衝突が始まろうとしていた。
「孫権が我らに同盟を求めてきたぞ。曹操の大軍を単独で防ぐのは難しいと判断したのだろう」
劉備が報告を受けた夜、陣営は一気に慌ただしくなる。もしこの要請を受け入れて孫権と共闘できれば、曹操に対抗する布陣を敷ける可能性が出てくる。兵力こそ曹操に及ばなくとも、呉と劉備軍が連携すれば地形や兵站の有利を生かせるかもしれない。だが、一歩間違えれば互いの裏切りや駆け引きに振り回され、総崩れになるリスクもある。
「だが、ここで協力しなければ、曹操に一つずつ叩き潰されるだけだ。……孫権も承知のうえで手を差し伸べているのだろう。民や兵士を守るには、選択の余地はない」
劉備の言葉に、関羽も張飛も黙って頷く。もちろん、完全に信用しきるわけにはいかない。しかし、共闘しなければ未来はないとわかっているのだ。こうして劉備軍は孫権との軍事同盟を再度結び、曹操の猛攻を迎え撃つ体制を整えることになった。
---
### 菓子による兵站サポート
いよいよ決戦の火蓋が切って落とされる前夜。悠介は大きなテントの中で、兵士たちに指示を出していた。これまで開発してきた甘粥や携帯菓子を、大量に作る作業である。
「これでもかってくらい煮込んで、“甘粥”を大鍋に詰めてください。干し果物が少しでも混ざっていれば栄養価が上がるし、腹持ちも良いです。蜂蜜は慎重に配分して……あと焦げつかないように注意を」
不眠不休で働く兵士たちは、以前から悠介の菓子作りを断片的に学んでいる。火力の加減や材料の取り扱いも、はじめは素人同然だったが、戦を重ねるうちにずいぶん上達してきた。この夜も、次々と完成する甘粥が樽に移され、前線や避難民に配給される準備が行われている。
さらに、簡易の“塩キャラメル”も大量に仕込んでいた。孫権サイドから仕入れた海塩や魚醤を少量使ったものもあれば、蜂蜜と麦芽糖だけで仕上げたシンプルなものもある。それらを携帯しやすい形に固め、布で包んだり袋に詰めたりする。兵士が戦場でサッと口に入れれば、血糖値が上がり、一時的に疲労を紛らわせる効果が見込めるのだ。
「この甘味がなければ、兵が早々に動けなくなるかもしれない。敵は曹操軍だ。長丁場の戦闘になる可能性もある。……頼む、急いでくれ!」
悠介の必死の声に、兵士たちも歯を食いしばって応える。もう、甘味は趣向品の域を超えた“戦略物資”になっている。曹操との戦が激化するほどに、その重要性は増していくのだ。
---
### 最終決戦—曹操軍の猛攻
翌朝、霧がかった戦場で曹操軍の先鋒が進軍を始めた。鼓(つづみ)や喇叭(らっぱ)の音が響きわたり、地響きを立てて馬や兵が押し寄せる。一方、孫権・劉備連合軍は大河を背に陣を敷き、地形を利用して防衛線を構築していた。
「曹操の軍勢は圧倒的だが、決して一枚岩ではないはず。兵糧や補給の問題もある。力ずくで来るなら、我らは粘り強く持ちこたえよう!」
劉備の檄(げき)に応えて、兵たちが雄叫びを上げる。敵の士気も高いが、こちらは甘粥や携帯菓子を配給済みで体力が温存されている。さらに孫権軍は海塩を利用した特製の携帯食や塩漬け保存肉を持ち込んでおり、兵站が円滑に回りやすい。
やがて激突の火蓋が切られ、至るところで剣戟(けんげき)の音が鳴り響く。馬が駆け、矢が空を覆い、地面は一瞬にして血生臭い混戦の舞台と化した。どちらが優勢とも言えず、戦線は膠着(こうちゃく)状態に陥る。だが、粘り強さを発揮しているのは孫権・劉備連合軍だった。
「うあああっ、もうダメだ……いや、待て、この甘い奴を……」
疲労困憊(こんぱい)の兵が、悠介の作った塩キャラメルを口に放り込む。瞬間的な糖分摂取が呼び水になり、気力を振り絞って立ち上がる者が続出する。蜂蜜や麦芽糖が体に染みわたる感覚は、戦意の維持に少なからず寄与するのだ。
孫権軍も同様で、特に海塩を効かせた携帯菓子で塩分補給しつつ、粘りを発揮している。兵士たちは「まさか菓子がこんなに役に立つとは」と口々に驚き、互いに励まし合いながら戦列を維持する。
後方では、大鍋で作った甘粥を兵に配給する隊が走り回っていた。いったん後退してきた兵が粥をすすって体力を回復すると、また前線に戻って応戦する。飢えの苦しみが軽減され、死線を超えた疲労を乗り越えられる仕組みは、連合軍の大きな強みになっていた。
---
### 兵糧問題と曹操軍の内部崩壊
戦闘が何日にも渡って続くと、次第に曹操軍にもほころびが生じ始める。兵力では勝っているものの、遠征で補給路が長くなり、兵糧が十分に行き渡らなくなってきたのだ。加えて、曹操自身が“菓子研究所”を使っていたとはいえ、大量生産の体制が孫権・劉備ほど整備されているわけではなかった。
「腹が減って力が出ない……敵は妙に元気だな。あんな甘粥とか塩菓子とか、どこから調達してるんだ……」
曹操軍の兵たちの間で、不満が徐々に高まっていく。なけなしの干し肉や粗末な粥では疲労が蓄積するばかり。士気の低下は避けられない。そして、かねてから曹操に反感を持っていた一部の武将が、機を見て反乱を起こす動きすら出始める。
「このまま曹操につき従っても、勝算は薄い。兵の食い扶持(ぶち)もままならないなら、いっそ孫権や劉備に寝返ったほうがマシかもしれん」
こうした噂が広まり、内紛の火種となる。曹操は幾度も厳しい処断を繰り返すが、前線の混乱は収拾しきれない。連合軍の粘り強い抵抗と兵糧問題が重なり、曹操が誇る大軍の勢いは徐々に鈍っていく。
---
### 形勢逆転と同盟の締結
そして、ある決戦の日。曹操が総力をもって進軍し、孫権・劉備連合軍も総出で迎え撃つ。互いに消耗戦の様相を呈し、勝敗は一進一退の均衡を保った。しかし、曹操軍内部で改めて反乱や逃亡者が続出し、これを機に連合軍が一気に反撃を開始したのだ。
「今が好機! 全軍、一斉に前進せよ!」
孫権の指示で、海岸沿いに隠していた船団が曹操の背後を突く作戦を実行し、劉備軍も地形を利用して背後から包囲網を形成する。一方、士気を失いかけた曹操軍は混乱し、やむなく総退却を決意せざるを得なくなる。
こうして、“天下三分”とも言われた三国の大規模衝突は、曹操軍が撤退する形でひとまずの決着を見た。もちろん、曹操が完全に没落したわけではないが、一度失った兵と領土、そして兵糧の損失は大きく、そう容易には再起できない状況に追い込まれたのだ。
連合軍の勝因は、ひとえに“戦略”だけではなかった。悠介がもたらした甘粥や携帯菓子が、兵たちの疲弊を軽減し、持久力を支えてくれたからこそ、長丁場の戦に耐えられたのは紛れもない事実である。
戦後、孫権と劕備は改めて同盟を固め、民衆の復興支援と飢饉対策に協力する路線を打ち立てる。兵たちを労わる名目で、甘粥や塩キャラメルの大規模な配給を行う計画も進められ、難民や流民にも新たな安住の地が提供され始めた。
---
### “甘味”がもたらす一筋の光
激戦を潜り抜けたある日の夕暮れ、悠介は劉備軍の陣でほっと胸をなでおろしていた。疲れ果てた体に、まだ菓子の匂いが染みついている。外では兵士たちや民が次々と粥を受け取り、喜びの声を上げているのが聞こえる。
「まさか、菓子がここまで戦局を左右するなんて……。でも、これで多くの人が救われたのなら、俺は嬉しい」
悠介のもとに張飛が駆け寄り、彼の背を思いきり叩いた。
「おい、大丈夫か? おまえが頑張ってくれたおかげで、俺たちは勝てたようなもんだぞ! 今こそ祝杯をあげるべきだ。……と言っても酒も少ないが、せめてこの甘粥で乾杯といこうぜ!」
隣では関羽も静かに頷き、「おまえの菓子が兵の士気を保ち、孫権とも連携できたのだからな。まさに“甘味”が結んだ同盟と言える」と評する。その言葉を聞いて、悠介は思わず感極まる。自分が戦闘に参加するわけではない。しかし、菓子作りという形で多くの人の命を支えられた。それがこの乱世での“彼なりの戦い方”だったのだ。
やがて劉備も姿を見せ、悠介ににこやかに声をかけた。
「曹操を完全に抑え込むのはまだ先のことだが、今しばらくは民衆も兵も平穏を取り戻せそうだ。おまえの甘粥や携帯菓子の力は大きかった。……改めて礼を言うぞ、悠介」
穏やかな笑みを浮かべる劕備に、悠介は照れくさそうに頭を掻いた。
「いえ、俺はただ……菓子を作りたい、みんなを笑顔にしたいって気持ちで動いていただけです。戦が終われば、もっと自由にお菓子を作って、たくさんの人に味わってもらいたい……本当は、平和な世の中で、誰もが甘味を楽しめるようになれば、一番いいんですけどね」
その言葉に劉備は深く頷きながら、「いずれ、そういう時代を築きたいものだ」と応じる。孫権も同盟関係を維持する限り、さまざまな復興策や文化交流に力を入れるだろう。もしも曹操が再起したとしても、以前のように絶対的な脅威ではない。少なくとも、甘味によって一度は乱世の行方を変えられたのだから、これからも可能性はあるはずだ。
---
### まとめ—新たな夜明けへ
こうして、“甘味”をめぐる三国の戦いは、一つの節目を迎えた。曹操の軍勢は後退を余儀なくされ、孫権と劉備は力を合わせて民の支援を行いつつ、次なる時代へ向けて準備を進めている。乱世が完全に終わったわけではないが、菓子という一見ささやかな要素が人々の命と希望をつなぐ道を切り開いたのは紛れもない事実だった。
戦後の市場では、孫権ブランドの塩キャラメルや劉備軍の甘粥を模倣した商品が出回り、さらに曹操の飴菓子技術も各地へ伝播していく。人々はこの“菓子文化”の波及を楽しみながら、飢饉や災害を乗り越える一助とするようになっていた。
悠介はと言えば、ひとまず劉備軍の本陣に身を置き、これまでより自由度の高い菓子作りを構想し始めている。平和が戻れば、もっと多くのバリエーションを試せるだろうし、飢えた子どもや病気の老人にも配慮した優しいスイーツを開発したい——そんな夢想を膨らませながら、日々の支援活動に追われていた。
それは、三国が互いに覇を争う中でも、小さな夜明けを感じさせる風景だった。人々が甘味に癒やされ、兵士が一口の塩キャラメルで立ち上がり、飢えた民が甘粥で息を吹き返す。苦難の多い乱世にも、一瞬の安らぎと微笑みをもたらす“甘味”が、今や結束と同盟の要(かなめ)となっている。
歴史の教科書には載らない、もう一つの三国志——菓子が紡ぐ物語は、ここで大団円を迎えるのか、それともさらに続くのか。いずれにせよ、“甘味で人々を笑顔にしたい”という悠介の思いは、この乱世の地に深く根づき、人々の記憶に残り続けることだろう。
(第11章・了)