ハラン
馬車に揺られながら、今後の流れを適当に説明することにした。
「えーっとね。君のことは今から親父さんのところに送り届ける。俺が依頼されたのは君の救出だけだから、君の親父さんがその後どうするのかは知らない」
「……はい」
「町に着いたら君の家に直接連絡しに行く。……ってか、ずっと君って呼ぶのもアレだし、名前で呼んでいい?」
「いいですけど……」
そっけない許可を貰った。
まぁやっぱり疲れているんだろうな。
声に疲労が滲んでいる。
名前は依頼を受ける時に教えられていた。
ちなみに、今回の仕事はこの娘の親父に直接依頼されたわけではない。
俺は一応小さな事務所を構えて、そこを相談所としている。
今回の依頼は、そこに代理の者がやってきて頼んできたものだ。
俺はその代理人の態度も正直気に入らなかった。
あまりにも冷静すぎるのだ。
もっと慌てろよとツッコミを入れたくなった。
なんか冷静を通り越して、もはや興味がないというような態度だった。
この娘が家でどういう扱いを受けているのか、その片鱗を感じ取ることができた。
「名前、確かハランだったよな。じゃあハランちゃんって呼ぶから。よろしくハランちゃん」
俺は親しみを込めたつもりでそう言ったが
「ちゃん付け……」
と呟いてすごく嫌そうな顔をされたので
「あ、やっぱりハランって呼ぶわ。それでおっけー?」
と言った。
ハランは
「承知しました」
と無表情で頷いた。
そして
「あなたのことはなんとお呼びすれば?」
と訊き返してきた。
「なんでも屋でいいぜ」
「なんでも屋様ですか。……長いですね」
「あれれ、そっか。じゃあメロンでいいよ」
メロンは当時俺が名乗っていた偽名だ。
「メロン様ですか。ではメロン様、つかぬ事をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「ん? 何でも聞いてくれよ」
「あなたは、ちゃんとした人ですか?」
「お? それはどういう意味の質問だ?」
ハランは一呼吸置いてから言った。
「失礼ですが、あなたの身なりはみすぼらしく、とてもじゃありませんが正式な役職に就いた人間には見えません」
「失礼ですがって前置きでマジに失礼なことってあるんだな。うん。まぁそうだよ。俺は個人経営で細々やってるなんでも屋だ」
「そうですか……」
ハランは切なげな表情を浮かべた。
俺はちょっとムカッとして
「言っとくけど、あんたの親父が俺に依頼してきたんだからな? 俺から立候補したわけじゃねぇから。報酬もしょぼい額だったし、俺だって正直こんな仕事受けたくなかったんだ」
と強く訴えた。
それを聞いてハランはますます顔を曇らせた。
あれ、これもしかして傷つけちゃった感じか?
や、やばい。
「いや、でもあんたが無事でなによりさ。親父さんも嬉しいだろうよ」
俺はなんとか慰めようとそう言ってみたが、ハランはついに涙を流し始めてしまった。
「ど、どうしたんだよ……。俺そんな酷いこと言った? ごめんって。よく考えたら、ついさっきまで人質にされてたんだもんな。俺の気が回ってなかった。悪かったって」
「違います……。そんなことはどうでもいいんです……」
「じゃあ何が悲しいのさ」
「……」
俺はハランがどんなことを考えているのか、なんとなく分かってきていた。
ただ、無関係な第三者がそれを指摘することが正しいことなのか迷って、ハラン自身から言葉を引き出そうとしていた。
でも泣き始めちゃったハランを見ていると、こっちから話を聞いてあげた方がいい気がした。
遠回りな訊き方をすると答えてくれないだろうなと思った俺は、いきなり核心に触れることにした。
「ハラン、あんたは家でどんな立場にある?」
「ッ!」
ハランはさっと顔を上げて、涙の浮かぶ目を見開きながら俺を見てきた。
「どうしてそんなことを訊くんですか?」
そう訊ねてくるハランの声は震えていた。
「なんでも屋の人間観察力を舐めるなよ。あんたの発言とか、依頼に来た代理人とか、報酬の額が異様に少ないこととか。この状況を冷静に考えれば、なんとなく事情を察することはできる。あんた、親に愛されてないんだろう?」
ハランは敵意をむき出しにして俺を睨んできた。
「そんなことっ!」
「あるから、こんな状況なんじゃねぇのか?」
俺は敢えてデリカシーをかなぐり捨てて、ハランの心の闇にズブズブと手を突っ込んだ。
「あんたの親父はあんたを本気で助けようとしなかった。俺みたいなところに依頼を寄越してきやがったのがその証拠さ。普通は自警団なり、もっとちゃんとした機関に相談する事案だ。そうしなかったってことは、あんまり助ける気はなかったんだろうな」
「助けていただいた立場でこんなことを言うのもどうかと思いますが、あなた失礼です!」
「あんたは今、何に対して怒っているんだ? 俺は誰に対して失礼を働いた?」
「もちろんお父様に対してです!」
ハランは声を荒げた。
俺はこの時点で大方の事情を予想できていた。
「ふーん。……ハラン、あんたには兄か姉がいるんじゃないか?」
ハランは虚を衝かれたというように一瞬目を丸くした。
「な、なんですか急に。兄と姉が一人ずついますけど……それがどうかしました?」
「だろうな。じゃあ、やっぱりそういうことなんだろうな」
貴族の連中には跡取り問題っていうのが付き物らしい。
そしてそれは普通、長男長女が有利になる。
ハランは多分、跡取りレースで脱落したか、それに近い状態なのだろう。
だから両親からの愛情を失った。
俺の予想だが、兄弟が多いと権力云々で争いの元にもなるし、ハランが消えることは両親にとって都合がいいことだったのだろう。
でも一応建前として助けるための行動は取らなければならない。
だから俺みたいな奴の元に依頼してきたんじゃないだろうか。
俺が失敗してハランが死ぬことを期待していたんじゃないかな。
だとすれば、それだけでも胸糞悪い話だが、もっと最悪なのは、ハランがそんな親に認められたがっていることだ。
ハランの態度を見るに、ハランは『お父様』からの愛情を望んでいる。
俺はなんだか目の前の女の子のことが可哀想で仕方なくなっていた。
それで、つい
「あんたを家に送り届けるの、一旦保留にしていいか?」
なんてことを言ってしまったのだ。