第33話
オリュクスを再度収容籠に『詰め込んだ』後、レイヴンは来た途をしばらく戻らざるを得なかった。
再収容を告げた時オリュクスはほんの少し哀し気な貌を見せたが、不満の言葉を並べ立てることはしなかった。あれだけの未体験な『冒険』をしたのだから、いくらオリュクスとはいえやはりいささか疲れたのだろうな、とレイヴンは推測した。
後はコスとキオスが、どうか無事でいますようにと祈りつつ急ぎ戻る。彼らはまさか海に自ら飛び込むような真似はしないと思うが、シャチだのヒョウアザラシだのといった捕食者に目をつけられないとは言い切れない。見たことのない動物だが味見してみようなどと思う輩が浮氷の上に身を乗り出してくる怖れは息をするほど当然にある。
急げ。
「レイヴン!」
その呼び声を聞いてやっと、レイヴンの緊張と焦りは氷塊した。コスだ。キオスも並んで立っている。
「やあごめん、お待たせ。寒かっただろう」レイヴンは直ちに下降し二人の許へ戻った。
「大丈夫だよ」
「レイヴンも無事でよかった」動物たちは元気に答え、それから「オリュクスは?」と声を揃える。
「ぼくも無事だよ」収容籠の中から本人が元気よく答える。「ねえ、ぼく海に潜った! オキアミ食べた!」叫ぶ。
「えっ」コスとキオスは衝撃を受けたらしく絶句し、レイヴンの様子を伺い、二人で顔を見合わせた。
「ははは」レイヴンは力なく笑い「まあとにかく、もう少し先まで行かなきゃいけないからね」と告げ二頭の動物たちをも収容籠に入れた。後は中で、未知なる世界の冒険譚を語り、聞き入り、お互いにわくわくしてくれればいい。
その間に、大いなる雪と氷の大陸を目指そう。
レイヴンは再びゆくべき途を進んだ。
やがて、白い大地が視界に捉えられ始めた。
──やっと、着いたな。
レイヴンはひとまず安堵し、ゆっくりと下の様子を眺めつつ降りて行った。
次第に、白い大地の上に点々と存在する黒色の生き物たちの姿が現れる。
アデリーペンギンの群れ──大群だ。
しかもその大勢のペンギンたちのほとんどが、どういうわけかレイヴンのことを知っているようだった。全員でこっちを見上げてきて「レイヴン!」いきなり名を呼ばれたかと思うと、
「来たな!」
「動物たちも無事か!」
「よかったよかった!」
「まあここは我々のコロニーだから安心しろ!」
「こっちへ降りて来い!」
ひとしきり、威勢のいい呼びかけが続いたのだった。
「あ」レイヴンはすっかり面食らい「どう、も、ええ、ああ、はい」と押され気味に返答しながら、ゆっくりと下降した。
「あれはアザラシ?」オリュクスが飛びつくように訊く。
「違うよ、鳥だろ」コスが否定する。
「鳥だけど、歩いてる。ダチョウみたいだ」キオスも不思議そうに言う。「でも全然違う」
「彼らはアデリーペンギンだよ」レイヴンが教える。「どうやら我々を歓迎してくれている──ようだな……」そうは言いつつもなお慎重に構えるレイヴンだった。
「シャチに出遭わなかったか?」ペンギンの一頭が訊く。
「ああ」やっと地表から数メートルほどの高さにまで辿り着いたレイヴンは問いかけに応じた。「来る途中で、一度話しかけられたよ」
「話しかけられた?」
「噛みつかれたじゃなくて?」ペンギンたちはレイヴンの回答に度肝を抜かれたかのように騒然となった。「シャチが?」
「ああ、うん」その様子にレイヴンもまた多少慌てた。「なんだか、タイム・クルセイダーズに対して怒っているようだったな」
ペンギンたちは一斉にはっと息を呑んだ。
この大群にも、情報は届いているのか──レイヴンは思い、訊ねることにした。「君たちは、双葉」
「双葉に捕まらずにいたんだな!」
「よかった!」
「双葉は君たちを狙っているぞ!」ペンギンの大群は再び喧噪じみた声掛けを盛大に再開した。「気をつけろ!」
「え、ええ?」レイヴンは驚愕に驚愕を重ねた。「双葉が? 狙ってる、ぼくたちを?」
「てことは、タイム・クルセイダーズが?」コスが戦慄の声で問う。「ぼくたちを狙ってるの?」
「そうだ!」ペンギンたちが声を揃えて答える。「君たちを!」
「どうして?」レイヴンは茫然と呟いた。「我々は特に、絶滅危惧種でもないし、そもそも地球の動物でもないのに」
「それは!」
「わからん!」ペンギンたちは元気よく答える。
「だが彼奴らが君たちを捉えんとしているのは確かだ!」
「海から情報が来たからな!」
「──」レイヴンは記憶保存帯を大至急整理しなければならないと判断した。
にも関わらず、何から手をつけるべきか判断する任務を、自分の内部の何かが放棄しているようだった。