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第32話

 コードルルーは間髪を入れずそのペンギンに向かって遺伝子分解能電子線を放射した。
 ペンギンはきょとんとした風体でただその場に佇んでいる。
 ──え?
 ルルーは驚き感受帯の状態を顧みた。見間違いではない。ペンギンは分解されずそこに原形を保ち立っている。
「ふんふふふふう」ペンギンは鼻を鳴らして小馬鹿にするのと鼻で不敵に笑うのとを意識してか否か同時に行った。「我々の羽毛には海の水とミネラル分が含まれている。お前の放つ電子などちゃちゃっと取り込んで化合した後大気中に放り出すのさ。なまじっかなことじゃお目当ての、我々の細胞までには届きゃしないぜ」マダガスカルペンギンはすらすらと説明したあと「けけけけくぁー!」と、これもまた意識してか否か笑い飛ばすのと威嚇するのとを同時に行った。
「なるほどね」ルルーは答えながら、そのペンギンが現れ出てきたと思われる場所に視線を向けた。「大人のペンギンはそうなんだな。じゃあ、まだ海に入ったことのない子どものペンギンならどうかな」言いながら視線の先に進み始める。「あそこは君の巣かい? じゃああそこにいるのは君の」
「きっさまあ!」ペンギンは怒りの叫びを挙げくるりと向きを変えた。「この俺のフリッパービンタを食らわしてやる!」急ぎ巣に戻ろうとするが、思うように速く走れない。彼はとうとうそのフリッパー、つまり両翼をも地面につけ四足で走り始めた。
 当然ながらルルーの方が先に子ペンギンのもとに辿り着き、彼は容赦なく電子線を放射した。
 しかしそれは、小さな茶色い子どもたちには当たらず、またしても大人の、白と黒に色分けされたペンギンに当たり、そしてやはりそのペンギンは分解されもせずそこに佇んでいた。
 ──え?
 そう思うのと同時にコードルルーは、ひどい衝撃を構造体全部に受け、また受け、最後に頭頂部に鋭い『突き』を食らった。
「やめ、やめろ」ルルーはは反射的にそう叫んでいた。「壊れる、やめ、やめて」
 最後にもう一度全身を横からひっぱたかれ、ルルーはそのまま一目散に上空へ逃げた。
「けけけけくぁー!」甲高い笑い声と威嚇の声を高らかに挙げたのは、ようやく巣に戻ってきた先ほどのマダガスカルペンギンだった。「どうだ見たか、うちの奥さんのフリッパービンタを! 生半可な威力じゃないだろうが! こいつにかかっちゃ」
 ばちっ。
 その声は鋭い音で遮られた。
 ルルーは遠ざかりながら振り向いた。自分を攻撃してきたたペンギンに、最初のペンギンもまた攻撃を食らっているようだった。仲間割れか?
「あっ、ごめんなさい」最初のペンギンが必死で詫びる。「はい、交代します。どうぞ行ってきて下さい採餌旅行に。すいません」
 攻撃していたペンギン──恐らく奥さんと呼ばれた者──は、さらにフリッパーを振り上げていたが、それを下ろしくるりと向きを変えて、最初のペンギンと同様──四足にはならずにいたが──覚束ない足取りで歩き始めた。
「行ってらっしゃい、はい一緒に言おう、気をつけてねお母さーん」
「ごはんごはーん」子ペンギンは見送りよりも自分の空腹解消の方に全神経を割いているように見えた。
「──」ルルーは、最初に出遭ったペンギンが大きく口を開けて子に栄養を与える様子を見下ろしながら、少し考えた。「双葉、と言ったな?」呟く。「それは私のことか?」
 ペンギンはちらとルルーの方を見上げたが、答える余裕はなさそうだった。
「まあ大方、この構造体の形状になぞらえてそう呼んでいるんだろうな、勝手に」ルルーは頭頂部を少し下に向け推測を述べた。「タイム・クルセイダーズの双葉、てところか。まったく、原始的な呼び名で嫌になるよ」
「お前、レイヴンを知ってるのか?」ペンギンは子に餌をやるのを一旦中断して空を見上げそう問いかけた。
「──」ルルーは自分でも不思議な感覚に一瞬で包まれた。なんというのだろう、それは聞くだけでも不快になる名だが──そのはずだが、今目の前にいるこの生物がその名を知っている、口にすることが、何故か、喜びのようなものをもたらす。「何故その名を知っている?」
「情報が来たからだよ」ペンギンは子に体を突かれたり押し付けられたりしながら答える。「レイヴンはいい奴、双葉は悪い奴、ってね」
「──なるほど」ルルーは頭頂部をぐいっと振り上げた。「じゃあこの情報も追加で流しといてくれ。レイヴンは阿呆、双葉は聡明」
「そうなのか?」ペンギンは初めて知った新たな情報に一瞬姿勢を正したが、ついに子の催促に負け引き続き口を開けて栄養を与え始めた。
「ああ。私が言うんだから間違いない。じゃあな」ルルーはペンギンの捕獲を断念し旅立った。

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