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わたしも、いい感じに氷で薄まったウイスキーをグイッと煽った。
「もう1回言ってみて」
「妖怪」
「もっかい」
「妖怪」
「もう1回」
「妖怪」
「・・・あたし、酔っ払ってんのかしら。全然入ってこないんだけど。どんな漢字だっけ?」
わたしはテーブルに置いたスマホからメモを起動して、"妖怪"という文字を春香に見せた。
「あー・・・妖怪、ね。なにそれ?」
「わかんない」
「・・・アンタがわかんないと、あたしはもっとわかんないんだけど」
「それがさ、ホントにわかんないんだ。説明出来ない。霊・・・ではないんだよね。わたしも早坂さんからそう言われたから、そう言ってるだけで」
春香が小さく頷いたのがわかった。
「やっぱそーなのね」
「え?」
「早坂さんと瀬野さんもアンタと"同じ"なんでしょ?」
またしても、予想だにしていなかった言葉が返ってきた。
「するど・・・」無意識に口から出ていた。
「いや、わかるわよ、流れ的に。アンタ、早坂さんと出逢ってからコソコソするようになったし。付き合ってもいないのに頻繁に会って、それをはぐらかすってことはそーゆう事なんでしょ」
「・・・うん」
「まあ、それはわかるとして、何してるわけ?会って何してるの?」
何してるかと言われると、──「妖怪を、始末してる?」
春香は呆然とわたしを見つめると、目を閉じ、ふうーっと深呼吸した。
良いタイミングで運ばれてきたウイスキーに、春香はすかさず手をつけた。
「さっき春香が言ってた、店出た時に地面指してアレ見える?って言ったことあるでしょ」
「うん」
「あれね、あの時、カラスがいたの」
春香はまた自分を納得させるように目を閉じ、うんうんと頷いた。
「それが、妖怪、ってことね」
「うん・・・信じてる?」
「殴るわよ」
「ゴメン」
「・・・カラスって、あのカラス?そこらにいる」
「うん。喋るけど」
何を聞いても平静を保つ春香の表情が可笑しいと思えるほど、自分に"余裕が"出てきた。
「何を喋るの?」
「日本語だよ。わたしたちと同じ」
「・・・姿が見えないんだから、あたしには聞こえないわけよね」
「うん」
「そーいえばアンタ、最初に早坂さんのこと聞いた時、いろいろあって出逢ったって言ってたわよね」
「うん」
「いろいろって、"そーゆうこと"?何があったの?」