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天使道中

天使の輪というものははずせないらしく、天使を連れた魔王ではなく、魔王を連れた天使様が人間界を行脚なさっていると、俺たちが天使の従者扱いで噂が広まっていった。
おかげで、光の神殿の妨害が少なくなり、逆に俺たちは行く先々で歓待されるようになった。
天使様が連れているのだから魔王は無害だろうと、いつのまにやら、天使が主役の道中になっていた。それでもスムーズに進めるのならと、俺たちは天使様の従者の立場に甘んじて王都を目指した。
花を摘んだ子供が「天使様、これ」と花束を渡す場面も何度か見た。
羽がなくても、そこそこ天使の力は使えるようで、天使様を一目見ようと沿道に出て来た病人の病を癒したりして、天使は知名度を上げていった。
魔界でも、邪神様が降臨されて、そのエロいお姿で歩き回られたら、魔界の住民たちも熱狂しただろう。天使という崇めるべき対象を間近に見れるのだ。人間界の興奮も当然だった。
「この調子で、王都で教祖様に会えるといいが」
「光の神殿の最高権力者ですね?」
天使を見に来た沿道の人々に天使は手を振りながら、俺と会話する。人間どもには従者に見えるかもしれないが、俺たちはそういう関係ではない。
「そもそも勇者を魔界に送ると決めたのは人間でして、そのような神託もなかったはず、天使の私が口添えすればすべて上手くいくのではないでしょうか」
翼をなくした直後は悲嘆が大きかったが、天使と人々に認知されるとそれが力になるのか、翼のない天使は今は元気になっていった。
俺は天使の楽観論にはうなずかなかった。俺たちの前に神官に率いられた農具で武装した農民の集団が立ち塞がったからだ。
「この、偽物め、人々の目を欺こうと姑息なまねを」
光の神の紋様を身につけた神官が、ビッと天使を指差す。
「魔王の手先め、皆さん、騙されてはいけません」
神官が大声で叫ぶ、
「本物の天使様が魔王を連れているなどありえません、皆さんの手で天罰を」
「お、おおっ!」
神官に先導された農民たちが俺たちを囲む。
「これは、やるしかないかな」
俺が身構えようとすると天使が、俺より前に出る。
「皆さん、いけません、争いはいけません」
天使が諭すように農民たちに言う。
「騙されるな、この天使が現れてから、雨が降ったか、農作物の出来はよいか。皆胸に手を当てて考えてみろ、ここのところ、悪いことばかりではないか」
神官が大声を上げ続け農民たちの心を先導する。
「そういえば、今年は、雨が少ないような」
「作物の実だって、去年より小さくなった」
「そうだ、その天使が現れてから、作物の育ちが悪くなった」
「このままだったら、まともに収穫できねえぞ」
「偽物の天使なんて、こらしめてやる」
「偽物、偽物、偽物!」
こりゃ駄目だなと淫魔将軍に目配せしようとしたとき、派手に蹄を鳴らして、
騎士が俺たちと天使の間に割って入った。
「なんだ、この騒ぎは!」
「騎士様、邪魔しないでくれ、偽物の天使を懲らしめるところなんだ」
「偽物? ああ、あなたが噂の。ちょうどよかった」
騎士は馬の鼻先を農民たちに向けた。
「聞け、この方は、王女様の客人であるぞ、その客人に手を出すというのなら、この王女近衛のギルベルが許さぬぞ」
どうやら、天使の噂が王女の耳にも入り、聡明な王女自らが動いたようだ。
近衛の騎士は抜刀し、農民を威嚇した。いくら農具で武装し、自分たちの方が数が多いとはいえ、剣を手にした騎士を相手にできる度胸は農民にはなく、臆した農民に代わって神官が口を開く。
「しかし、騎士様、その天使には偽物の疑いが」
「その審議も含めて王女様が、この天使を召喚されることにしたのだ。なにか文句が?」
騎士は貴族であり、しかも王女の近衛ともなれば、ただの神官風情が、粋がっていい相手ではない。
「さて、天使様、遅くなりましたが、我が国の王女様があなたに会いたいと。ぜひ、来てくれますね」
天使が俺の顔を見たので、了承の頷きをした。
「分かりました」
「では、近くの町で馬車の用意をさせますので、天使様はこちらに」
騎士は馬を降り、天使を馬上に上げてその手綱をひいた。
天使の従者である俺たちは、変わらず、ついて歩いた。
ひとり馬上の天使は俺たちに申し訳なさそうな顔をした。だが、しょうがない。人間界では天使様優先が常識だろう。それに、これで噂の王女様に会えるのなら文句はなかった。

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