17
早坂さんはギョッと驚き、少し身を引いた。
こんな顔の早坂さんは中々拝めるものではない。
「ん?なに?」
自分で何かをしようと思って動いたわけじゃない。わたしは勝手に早坂さんのシャツを掴み、つま先立ちになり、近くにあるその首元に自分の唇を押し付けていた。
早坂さんがピタリと静止したのがわかった。
"気が済んだ"わたしは、早坂さんの胸を支えに踵を地につけた。
早坂さんは固まっていた。まるで一時停止した映画のようにポカーンと口を開けている。こんな顔も初めて見る。それが可笑しくて、思わず笑ってしまった。
「えっ・・・なに?」
「早坂さんの真似です」
自分では考えられないほど大それた事をしたのに、何故か平静を保てる自分がいた。
早坂さんは突然、我に返ったようにわたしの手首を掴んだ。
「今の、なに?」
そして、わたしの平静は終わった。
「だから、早坂さんの真似です・・・」
「今、何したの?」
いや、そんなマジマジと言われても──・・・
「何したのって・・・ぅわっ!」
早坂さんが掴んだわたしの手首をグイッと引き寄せた。勢い余って早坂さんの胸にぶつかる。早坂さんはビクともせず、すぐにわたしの顎を掴んで上を向かせた。
「雪音ちゃん、今のはなに?」
──この人、"大丈夫"だろうか?
何をそんなに必死になって聞いてくるんだろう。わたしは早坂さんがした事を真似しただけなのに。
そんな態度に出られると、わたしは正気に戻って行き、わたしの心臓は正常ではいられなくなる。
「はっ、早坂さんが前にわたしにしたのと同じ事をしたんですっ!」
「なんで?」
「なんでって・・・ちょっ、早坂さんっ」 早坂さんはわたしの頬を両手で挟み、動けないようにした。
近い。このままでは首どころか口にキスしてしまいそうだ。
「なんで?」
早坂さんは、それしか言わない。わたしはそんなに重大な事をしてしまったのだろうか。わたし達の顔の距離は10センチもない。
「ごっ、ごめんなさい!謝ります!」
早坂さんは眉間にシワを寄せた。「なんで謝るの?あたしは、今のはどーゆう意味か聞いてるの」
──ダメだ、全然引かない。わたしは何て答えるのが正解なんだ。その前に動悸の激しさで爆発してしまいそうだ。