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第32話 クリスマスイブの電話【1】

 あれから、二週間が過ぎた。白雪さんがいなくなってから。そして、その白雪さんの僕への想いを知ってから。

 今の僕の心は空っぽだった。虚ろな目をして、どこに視点を合わせているのか自分でも分からない程に。もう、抜け殻だ。

 外は冬晴れだというのに外出なんてする気になれない。本当なら気分転換のためにも外に出た方がいいのだろう。だけど、コタツに入り、ただただ項垂れるだけ。

「白雪さんに会いたい……」

 どうしても探してしまうんだ、白雪さんの姿を。本当は僕を驚かせようとどこかに隠れているだけじゃないのか。そして、ビックリした僕を見て、いつものあの笑顔でケラケラと笑ってくれるんじゃないのか。そんなことばかり考えてしまう。

 特に、今日は土曜日だ。今までなら学校が休みの白雪さんは、一日中早くから僕の家に来てくれていた。ピンクのエプロンを纏って、今日は何が食べたいのかと笑顔で訊いてくれた。それにたくさんお喋りをして、一緒に笑い合ったりした。そうやって、いつも僕の心を癒やしてくれていた。柔らかで、優しさに溢れるあの笑顔で。

 でも、そんな彼女はもういない。

 この部屋に白雪さんがいることが、僕の日常だった。当たり前のことだと思っていた。その日常が突然、失われた。なくなってしまった。本当に、あっけなく。

 白雪さんがいなくなって初めて、彼女が僕にとってどれだけ大きな存在だったのかと思い知らされた。そして、気付かされた。

 僕が彼女に対して抱いていた感情に。

「今日はクリスマスイブだっていうのに。白雪さんがいてくれなきゃ、なんの意味のない。どうして急にいなくなっちゃうんだよ」

 白雪さんがいなくなってから、僕は独り言が増えた。虚しくて、乾いていて、後悔の念が入り混じった独り言。そうしていないと、心が持たない。

「はあ……白雪さんがいない。寂しい」

 コタツにぱたんと突っ伏した。そして部屋のぐるりを見渡す。酷い惨状だ。掃除する気にもなれないから、食べ終わったコンビニ弁当の空箱が入ったビニール袋がいっぱい転がっている。片付ける気力もない。

 白雪さんを探しにいくことも考えた。でも、僕は彼女がどこに住んでいるのか、どこの学校に通っているのかも知らない。そして、彼女の連絡先も。結局、僕は彼女のことを何にも知らないんだ。

「これじゃ漫画編集に戻る意味がないや」

 生まれて初めてだ。ここまで自暴自棄になるのは。

「もういい。全てがどうでもいい。どうにでもなれ」

 そんな時、コタツの上に置いてあったスマホが振動した。面倒くさいけれど、とりあえずそれを手に取った。画面を見てみると、そこには『瀬谷ちゃん』の名前が表示されていた。クリスマスイブだというのに、瀬谷ちゃんも独りなのかな。

 とりあえず、僕は応答ボタンをタップした。

「もしもし、瀬谷ちゃん」

『おー、響っち。元気しとるかー?』

 相変わらずの、飴玉のようなロリロリボイスが聴こえてきた。しかし、相変わらずテンションが高いな。今の僕にはちょっとキツい。

「全く元気じゃない。何もする気力もない」

『なんや、元気ないんか? なんかあったんか?』

「まあ、ちょっとね。それより瀬谷ちゃん、年末進行お疲れ様」

『そやな、年末進行は地獄だったなあ。会社にずっと泊まり込んでたわ』

 出版業界は年末になると印刷所が休みに入るため、原稿の締め切りが繰り上がる。そのため、作家さんも編集者も忙しくなる。だから僕は、はっきり言って年末が大嫌いだった。嫌な思い出しかない。

「どう、新しい職場は。もう慣れた?」

『そうやな、すっかり慣れたで。皆んな優しいし、何より女子だらけの職場やから気楽やし。BLの話もめっちゃできるしな。』

「そっか、それは良かった」

『とりあえず、コミケが楽しみや。買いまくるで、十万円までが予算や』

 十万円って……。相変わらずの腐女子っぷりだ。せっかく見た目は可愛いのに、この性癖というか趣味のせいで彼氏もいないし。付き合ったとしても、歴代の彼氏は皆んな瀬谷ちゃんの腐りっぷりにドン引きしてすぐ別れるし。

『まあ、それはええねん。ちょっと響っちに訊きたいことがあってな』

「……なに? コミケの買い出しなら手伝わないよ」

『ちゃうちゃう、ちょっと気になったことがあんねん』

 この瀬谷ちゃんからの一本の電話。

 それが僕と白雪さんの運命を変えることになる。

『あんな、『風花うらら』って作家さんのことやねんけどな』


 『第32話 クリスマスイブの電話』
 終わり

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