第26話 白雪さんの新しい夢【2】
白雪さんは心の底から叫んだ。
「どうしてですか! どうして辞めちゃったんですか! 壊してしまったその時の苦しみや辛さは分かります! でも、間違いは誰にだってあるじゃないですか! たった一度の失敗で、大好きな漫画編集の道を捨てるなんて! 前から思ってました、響さんは優しすぎます! 優しすぎるし、自分に対して厳しすぎます!」
白雪さんは目に涙を浮かべ、溜まった涙が頬をつたう。そしてポロポロと、涙を流した。僕のために、泣いてくれている。優しすぎるのは僕ではないよ。白雪さん、君の方が優しい。優しすぎるよ。
「響さんがいてくれたから、私は頑張れているんです! 私のネーム、褒めてくれましたよね? それは全部、響さんのおかげなんですよ!」
涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、白雪さんは叫ぶ。
そして、彼女の叫びは止まらなかった。
「響さんは一人の作家さんを壊しちゃったかもしれない! でも! それ以上に、たくさんの新しい芽を育てていけばいいじゃないですか! 私みたいに育ててあげてくださいよ! 私と同じように悩んでいる人達はいっぱいいるはずです! その人達も捨てるんですか!? 捨てちゃうんですか!?」
「白雪さん……」
「私に諦めるなって言ってるくせに、響さんは諦めちゃうんですか! そんな人じゃないでしょ! 響さんは優しくて、とっても頼れて! でも、だらしないとこもあって、ちょっとエッチで! それで、もっともっと強い人のはずです!」
白雪さんの心が叫びが僕の心に強く響く。伝わってくる。
「私、知ってますから! 響さんは強いんだって!」
「強い、か。初めて言われたよ」
ふーふーと息遣い荒く、白雪さんは気持ちをいっぱいに込めて、僕に伝えてくれた。全力でぶつかってきてくれた。
そして、白雪さんはぐじぐじと手のひらで涙を拭ってから、僕の前にすとんと腰を下ろす。彼女の顔がくっつくんじゃないかと思うほど、近くに。
そして、優しい瞳で僕を見つめた。
「私、新しい夢ができたんです」
「新しい、夢?」
「そうです。私がプロになったら、いつか響さんに担当してもらうんです。それで、一緒に漫画を作っていくんです。今と同じ様に。私は、この夢を諦めません」
白雪さんの新しい夢。その中に、僕がいただなんてね。
「だから響さん。私の夢を叶えてください。戻ってください、漫画業界に」
優しい声音で、白雪さんは言う。まったく、この子はわがままだな。本当にわがままなお姫様だよ。この前のデートでもたくさんのお願いをしてきたけど、今回のそれはあまりにハードルが高すぎるよ。
だけど、高いからこそ、乗り越えたくなっちゃうじゃん。
僕は何もない天井を見上げる。よく見ると、小さな染みがいくつかあった。その染みの一点を見つめる。それから目を瞑り、思い描く。
白雪さんと一緒に仕事をする、未来の僕を。
「どうしてくれるんだよ、白雪さん。ただでさえ、業界にはずっと未練があったのにさ。それに叶えてあげたくなっちゃうじゃん。白雪さんの夢を」
「そ、それって……」
「白雪さんのその夢、僕も一緒に見ることにするよ」
『第26話 白雪さんの新しい夢【2】』
終わり