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第36話 くそ。力が入らない

 瘴気の竜巻が収まって汚染獣の姿が見えるようになる。

 頭はつるりと丸い球体だ。目や口、鼻といったものはなく、何を考えているのか見た目からでは読み取れない。体は鍛えられた成人男性のように見えるが、手や足は数十本の触手になっていてウネウネと動いている。

 身長は三メートルほどだろか。

 姿を視界に収めているだけで根源的な恐怖が湧き上がってくる。そんな存在だ。

「ーーーーーーー!」

 口がないのに耳がキーンと痛くなるような叫び声を発した。

 もしこれが産声なら誕生の喜びってところだな。

 大きさは極小汚染獣だが、瘴気の濃さは中型を越える。噂に聞く大型と遜色がないように感じた。

 腕をこちらに向けてくる。

 触手が脈動したので横に飛ぶと、瘴気の塊が先ほどまで立っていた場所に当たった。

 次々と瘴気の球が放たれるので左右に飛びながら後ろに下がる。

 近づきたいところではあるが、あの数をすべてさばくのは厳しい。

 一旦、距離を取って――っ!?

 地面から触手が伸びて俺の体を絡め取った。汚染獣を見ると足の部分が地面に突き刺さっている。回避に集中させている間に次の一手を仕込んでいたみたいだ。

 強い上に知能が高いとかズルいぞ!

「うっ」

 強く体を締め付けられてうめき声を上げてしまう。

 光属性の魔力で守っているというのに体が僅かに汚染されていく。

 この状態が続けば肌は変色して、そのうち力尽きてしまう。

 早く抜け出さなければ!

 魔力で肉体を強化させようとすると、眼前に瘴気の塊が急接近してきた。

 引きちぎるなんて時間はない。回避も不可能だ。

 できれば温存しておきたかったが、光属性の魔力をさらに放出する。浄化の力が含まれているため一種の結界のような働きをして、俺に当たる直前で瘴気の塊は消滅した。

 拘束している触手の力も弱くなったのでブチブチと音を立てて引きちぎると、傷口に槍の穂先を突っ込み、光属性の魔力を汚染獣に注ぎ込む。触手を伝って本体にまで届けば大きなダメージを与えられるのだが、なんと跳躍して自ら足の触手を引きちぎってしまった。

 空中にいる間にも触手を伸ばして攻撃してくる。

 動きをよく見てギリギリまで引きつけると、槍を横に振るう。穂先が当たり僅かな傷を与えた。

 光属性の魔力が侵入して触手を浄化して消滅させていく。本体に向かっていくが、今回もまた引きちぎって逃げられてしまう。

「はぁ、はぁ……くそ。力が入らない」

 触手の本数が大きく減って攻撃の手が緩んだ隙に呼吸を整えているが、魔力を使いすぎたせいで全身がダルい。

 少しでも休まないとプルドみたいに気絶してしまう。

 時間を稼がなければいけないのだが、どうやら難しそうだ。触手の切断面が盛り上がって再生してしまったのだ。

 数は元通り。

 俺の魔力は大きく減少している。

 最悪の状況だ。

 勇者と崇められても何でもできるわけじゃない。むしろできないことの方が多く、歴史をひもとけば汚染獣に負けてしまった勇者は何人もいる。

 俺もその仲間に入るのか……?

 いや、諦めるな。汚染獣だけには負けるわけにはいかない。

 絶望的な状況でも諦めず、周囲を鼓舞し、汚染獣と戦い続け、人類の希望にならなければいけない。

 死んでも勝つ。

 よし、気合いが入ってきた。

 自分が思っていたよりも俺は諦めが悪いらしい。

「俺の言葉は分かるか?」

 声に反応して、触手の動きが一瞬だけ動きが止まった。

 意味を理解しているかまでは分からないが、小型のときよりかは頭が良い。

「どうしてお前たちは人類を襲う? 地上を汚染する目的は何だ?」

 戦いながらずっと思っていたことだ。

 汚染獣はなぜ樹海から出て人類を排除しようとするのか、汚染物質をばらまいて世界をどうしたいのか、知能があるなら明確な目的は存在するはず。それが知りたいのだ。

 だが答えはなかった。代わりに触手の先端から瘴気の塊が飛んでくる。

 まだ魔力は回復していないので避ける余裕はない。

 衝撃に備えて腕を上げて頭を守ろうとする。

 光の矢が飛んできて瘴気の塊に当たり、浄化させて消滅した。

 村人をヴァリィに任せたのか、テレサが村の方から援護をしてくれたようだ。遠距離からの攻撃なので瘴気に犯されることもない。

 その後も次々と光の矢が飛んで触手を消し飛ばす。

 汚染獣にもダメージが蓄積したのか、瘴気の濃度が薄くなってきた。これなら光属性の魔力を放出しなくても耐えられる。

 後ろに下がって汚染獣と距離を取りつつ、魔力の消費を完全に停止した。

 目の前の様子を見ていると、次々と飛ぶ光の矢は三十本を超えていた。テレサだけでは魔力切れで倒れてしまうだろう量だ。一緒にいるトエーリエか、もしくは合流した後にベラトリックスも協力して放っているのだろう。

 近くにはいないが仲間の存在を感じる。

 一人じゃない。

 そう思えるだけで心強い。

「ふぅ……」

 大きく息を吐いてゆっくりと吸う。

 汚染獣が光の矢を叩き落とす。そんな姿を見ながらじっと機会を待つ。

 完全に魔力が回復したわけではないが、もう一度だけなら全力で攻撃可能だ。

 持っているすべての力を幹に叩き込んでやる。

 俺の命を燃やし尽くしても推定大型の汚染獣を消滅させる。

 それが人類……いや、違う。大切な人たちの期待に応え、守るために俺ができることだ。

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