第37話 私が守るっ!
体内に残っている魔力を絞り出し、すべて槍に注ぐ。
すでに限界近くまで溜め込んでいたこともあって、ピシッと小さな音を鳴らしてヒビが入った。
耐えられるのは一度きりだろう。
二度目はない。
焦る気持ちを抑えてチャンスが訪れるのを辛抱強く待つ。
光の矢は途切れることなく天から汚染獣に向けて降り注いでいるが、末端の触手と衝突してお互いが消滅するだけで再生されてしまい本数は減らず、さらに本体にはダメージを与えられていない。
再生にも魔力を使っているので有限だと思うが、根比べをしたら圧倒的にこちら側が不利だ。
せめて触手の数を減らせられれば槍を突き刺す隙を作れるのに。
後一手が欲しいと思いながらも待ち続けていると足音が聞こえてきた。
振り返ると、近づいてくる砂埃が視界に入る。
トエーリエはメイス、ヴァリィは剣を持ちながら、こちらに走ってきているのだ。鬼気迫るような表情をしていて味方である俺ですらちょっと怖い。
「私たちが道を切り開きます!」
光の矢や俺の魔力によって周辺の瘴気は薄くなっているが、それでも常人が耐えられるものじゃない。
近づけば体は汚染物質によって蝕まれる。最悪、即死すらあり得るぞ。
「危険だッ! 下がれ!」
と、警告しても無視されて、ついに二人は俺の前にまで来てしまった。
「村人の避難は兵士たちに任せてきました。私たちも協力します」
久々に間近で顔を見たトエーリエは使命感に燃えていた。
この場で死んでも悔いはないと思っていそうだ。
時間が無い今、説得して追い返すなんてできない。
「プルドはまだ気絶したままか?」
戦いに参加できるようであれば勝算は上がるので、期待を込めて聞いてみた。
「目は覚ましていますが完全に怯えています。あれじゃ使い物になりません」
「ちっ」
思わず舌打ちをしてしまった。
トエーリエの言うことが本当なら精神面でまいってしまったんだろう。俺も初めて汚染獣を見たときはビビってしまったから気持ちは分かるけどさ、それでも勇者としての意地を見せて欲しかったというのが本音だ。
「何をすれば良いですか?」
もう少しプルドが使えたら、もっと安全に戦えたかもしれないが、今の戦力だけじゃまともな作戦なんてない。
捨て身の攻撃しか思い浮かばなかった。
「俺と心中するかもしれないが、それでもいいのか?」
「それはとても光栄なことです」
「もちろんです。ポルン様のお役に立てるのであれば騎士の誉れ。臆することなんてあり得ません」
覚悟を問うと、二人とも首を縦に振った。
当然の結果だな。聞くだけ無駄だったか。
「細かな作戦なんてない。本体に槍を突き刺すために走るから、二人は触手から俺を守ってくれ」
我ながら作戦とも言えないむちゃくちゃな計画だとは思うが、疑問を持つことなく彼女たちは走り出した。
俺は後を追う。
複数の触手が絡まり合った。
横幅は十メートル近くあるだろうか。とてつもない質量を感じる。
見た目にはゆっくりとだが、実際はものすごいスピードで俺たちに向けて振り落としてきた。
ヴァリィが剣で受け止める。足は止まって膝が曲がり、押し負けそうになる。
「私が守るっ!」
声を出して全力を出すと受け止めた触手の軌道を横にそらすが、表皮が割れて濃い瘴気が一気に噴き出す。
狙いはこっちか!
二段構えとは頭が回る。
これじゃ防具なんて意味をなさない。
避けることなんてできず、近くにいたヴァリィは逃げることなんてできず当たってしまい、物理的な衝撃を受けて吹き飛んでしまう。
光属性の浄化能力を超えた量を受けてしまったので、全身は汚染されてしまった。戦線復帰どころか、立ち上がることすら難しい。最悪、死んでいる可能性だってある。
ヴァリィを助けようと思ったのだが、皮膚が変色した彼女は口だけを動かして先に行けと伝えてきた。その覚悟を無視するわけにはいかず、立ち止まることはなかった。
俺は跳躍して触手から出た瘴気を飛び越え、さらに進む。
腕から伸びるいくつもの触手が先頭を走るトエーリエに殺到する。
メイスを振るってすべてを叩き落とし、表皮が割れる前に離れていく。聖女と呼ばれるほど回復系統の魔法に精通していて、なおかつ普段は温厚な性格をしているが、戦いに恐れるようなことはない。果敢に攻めている。
目測で本体との距離が十メートルを切った。
瘴気は濃く、トエーリエの皮膚は黒く変色し始めている。立っているのも辛いはずなのに、まだ足を動かして走っている。
このまま行けるかと思ったのだが、地面から触手が飛び出して彼女の体を貫いてしまった。即死しないよう急所は自ら動いて避けたようで、まだ意識はある。
「止めて見せますっっ!」
メイスを投げつけると、体を貫いている十本近い触手をまとめて両腕で抱きしめる。破壊しても再生されるだけなので、捉えて動かせないようにしたのだ。
これなら触手の数は減らせる。
トエーリエの横を通り抜けると、本体の姿が見えた。あと数メートル。
両腕から触手が伸びてきたので左右に飛んで避ける。
触手から瘴気が発生したので前に飛びながら跳躍した。
再び走ろうとしたら頭部の黒い球体が横にパカッと開く。
よくわからないがマズイと感じ、とっさに槍を投げる。
この距離なら外さない。必殺の間合いだ。
汚染獣は攻撃の姿勢に入っているので動かない。槍は頭部の球体に突き刺さり、光属性の魔力が大量に放出、体ごとすべてを浄化させる。
「―――――!!」
声なき悲鳴を上げながら、汚染獣の体が灰になっていく。
さすが、どんなときも頼れる光属性だ。推定大型はなんともあっさり倒せてしまった。