第35話 ご武運をっ!
触手の根元にまでたどり着いた。
数百ある触手は火球と光の矢、そしてヴァリィの剣によって消滅させられている。警戒しながら歩くと地面から新しい触手が飛び出す。先端が尖っていて当たれば串刺しになるだろうが、経験上、悪あがきをしてくると分かっていたので後ろに飛んで避ける。
「これで終わりか?」
槍を横に振るって穂先で傷を付ける。光属性が入り込み、浄化されて消滅した。
再生するためにウネウネと動いているが、周囲に浄化の力を振りまくと止まって黒ずみ、灰になっていく。
奥の手がないのであれば根元に槍を突き刺して終わりだ。
腰を落として構える。
「はぁ……?」
止めを刺す重要な場面だというのに呆れ声を出してしまったことを許して欲しい。
攻撃する前に根元が縦に割れたのだ。これは予想できなかった。
自滅したのかと思ったがどうやら違うようで、根元の中から黒い球体が浮かび上がった。
粘着性のある水が付着しているのか、ぽたり、ぽたりと水滴が落ちる。
俺の目線ぐらいの高さで止まると球体にヒビが入った。
割れ目から経験したことのない瘴気が漏れ出していて、ヤバイと思った直後に槍を突き出すが、瘴気に物理的な防御力を持たせたようで穂先が途中で止まってしまう。
しかも瘴気が槍にまとわりつこうとしてきた。
慌てて後ろに下がって距離を取る。
視線を黒い球体に戻すとひび割れが大きくなっていて、瘴気の漏れ出す量が増えている。勇者である俺ですら何もせず近づけば体中が汚染されてしまうだろう。
全身から光属性の魔力を放出すると周囲に蔓延していた瘴気が消失した。
長くは持たないがこれで耐えられる。
地面をえぐるほどの力を込めて一足で黒い球体の前に移動すると、槍を突き出す。
ガンッと、固い感触が手に伝わった。残念ながら一回の攻撃では貫通しなかったようである。
であれば壊れるまで続けるだけッ!
腰をひねって腕を引く。限界まで力を溜めて再び槍を突きだそうとした瞬間、黒い球体から衝撃波が発生した。
攻撃直前の無防備な状態だったこともあり、地面を転がり吹き飛ばされてしまう。
駆けつけたヴァリィが受け止めてくれたので数十メートルほど距離を空いただけで止まった。
「あれ、なんですか?」
「わからない。が、瘴気の濃さだけでいえば中型を越える」
「それって……もしかして大型? でもあれは……」
戸惑う気持ちは分かる。俺も同じだ。
大型は全長が数十、いや百メートルぐらいあると噂を聞いていた。脳内で創り上げていたイメージと合わない。
目撃件数が極端に少なく、またこの国では五代前の勇者が封印して以降出現した例はないので、目の前の黒い球体が大型なのか誰も分からないのである。
「この際、見た目は忘れよう」
「そ、そうですね」
「瘴気の濃さだけで言えば間違いなく大型に分類される。俺が時間を稼ぐから周辺住民の退避させてくれ」
「一人じゃダメですよ! もう勇者じゃないんですから無理しないでください!」
「ならプルドに任せるか?」
「彼は気絶した上に失禁しています。少なくとも今は無理です……」
数百人いたとはいえ小型の汚染獣から守るためだけに魔力切れを起こしてしまうのであれば、光属性への適性が低くて大型と戦える力は無いといえる。
目の前に立つことすら不可能だろう。
新勇者は期待できず、当然、他国への救援要請なんて出している余裕はない。
であれば、やはり俺が戦うしかないのだ。
「俺は勇者だから汚染獣と戦っていたわけじゃない。トエーリエたちと合流して村に戻るんだ。後は任せろ」
「でも――」
「早く行け! 手遅れになるぞ!!」
「は、はいっ」
騎士団長という立場上、命令することの多いヴァリィではあるが、実は押しに弱い。強く命令されると素直に従ってしまう傾向があり、悪い男を捕まえたら苦労するタイプだ。
もちろん嫌いな相手であれば反抗するが、一度仲良くなってしまえばこうやって押し切れる。
「ご武運をっ!」
恭しく敬礼するとヴァリィは背を向けて走り出した。
黒い球体から瘴気で作られた矢が放たれたので、槍を振るって消滅させる。仲間の背中は俺が守る。邪魔なんてさせない。
「相手が間違っているぞ」
地面に転がっている石を拾うと、光属性を付与して投げつける。
黒い瘴気を操作して壁のようにされてしまい、黒い球体に直撃はしなかった。
しかしこちらに意識を向けさせることには成功……したと思う。
表情がないからわかりにくい。
「俺と戦う気になったか?」
槍をクルクルと回してから構える。
長期戦は不利になる。一撃で消滅させられるよう、槍に光属性の魔力を流し込み、浄化の力を高めていくと限界が近づいて光り出した。
体内の魔力は大きく減っている。これ以上は武器の限界が来るので止めなければ。
一歩目を踏み出そうとしたら黒い球体が破裂した。
瘴気が竜巻のように発生して近づけない。
「何が起こっている……?」
すぐさま黒い球体がいた場所から高い魔力を感じるようになった。瘴気もさらに濃くなり、肌がチリチリと焼けるような感覚がある。
このままでは危険だと分かってはいるが、何も出来ずに見ていることしかできなかった。