第34話 すまん
「これから何が起こるか全く分かりません。王家から距離を取って、ポルン様のことを知らない人たちがいる場所へ行って欲しかったんです」
勇者を辞めても俺のことを考えて動いてくれていたのか。
王家が狙っているという情報を手に入れるため、どれほどの危険を冒したのだろうか。戦いばかりしていた俺には想像はつかない。
ありがとう、と感謝の気持ちが湧き上がった。
努力を無駄にしないためにも今回の忠告を受けるのが正しいのだろう。
でもな、汚染獣が人々を襲っているんだ。逃げるわけにはいかない。
「それはできない。分かってるだろ?」
心中で謝罪しながらも意志を貫くために願いを拒否した。
「どうしてでもですか?」
「ああ、どうしてもだ。何を言っても意見は変わらない。それはベラトリックスだってわかっているだろ?」
黙ったまま見つめられ、触手が結界を叩く音だけが聞こえる。
テレサの攻撃も続いているので、すぐに危険な状態にはならないが少しでも早く汚染獣を排除したい。
「はぁ……仕方がありません。今回の戦いが終わったらすぐ逃げてください。そのぐらいは約束できますよね?」
「汚染獣がらみの依頼や問題が発生しなければ約束しよう」
かたくなに意見を変えない俺の態度に呆れたのか、ベラトリックスは大きく息を吐いた。
ようやく折れてくれた。
「今はそれで良しとしておきます」
「すまん」
「謝るなら……いえ、小言は後にしましょう。現状について伝えたいことが多く何から話せば良いか悩みますが……新勇者のプルドは光属性の適性は低く、魔力切れで倒れています。ついでに失禁と脱糞もしていたので酷い臭いをまき散らしています。あれに近づくなら瘴気の中に入った方がマシという感じです」
なんだか悪意を感じる言い方だった。プルドのことが嫌いなんだろう。
「で、使えない新勇者の代わりに新しい宰相とやらが魔道具を使って浄化しているんだろ。何者なんだ?」
「公爵家の令嬢と言われていますが養女のようです」
すると正確な出自は分からない、か。
上位貴族となれば情報操作も得意だ。領地に行って調査しても何も出てこないだろう。
「あの魔力量は気になるが後回しだ。大量にいる兵や騎士は使い物になるのか?」
「トエーリエとヴァリィは勇者の従者ですから参戦は問題ありません。他はドルンダ陛下の護衛なので動かせません」
戦いに使わないのであれば邪魔だから連れてくるなよ。
何を考えているんだ。
あ、何も考えてないのか。
少数精鋭の基本を無視した人材の動員にイラ立ちを覚えていた。
「であれば、戦うメンバーはいつもどおりだな」
「はい。いつもどおりです」
嬉しそうな表情をしいた。俺も気持ちは同じだ。
解放されて女遊びをしたいとは思っていたが、別に彼女たちのことを嫌いになったわけじゃない。また一緒に戦えるという喜びも感じている。
これで小言がなければ文句はないんだけどなぁ。
「お待たせしました!」
タイミング良くヴァリィが俺たちのいる屋根に飛び乗った。トエーリエは抱きかかえられている。
これで四人揃った。何でもできるような頼もしさを感じる。
先ずはそれぞれの体と武器に触って光属性をたっぷりと付与していく。これで俺から離れても瘴気は跳ね返せるはずだ。
「外で光教会のテレサが戦っている。トエーリエは彼女と合流してサポートしてやってくれ。ベラトリックスは遠距離から魔法を使い続けろ。ヴァリィは俺と一緒に突撃して、汚染獣を消滅させるぞ」
みんながうなずいたのを確認すると、俺とヴァリィは同時に動き出す。屋根の上を飛び乗って移動して汚染獣に向かう。
「一緒に戦える日が二度と来ないと思っていたので、不謹慎ながら少し嬉しいです」
彼女たちは大人しくプルド側に着いたと思ったのだが、冷静に考えれば立場上、ドルンダの命令に従うしかないので、気持ちとは関係なく行かなければいけなかっただけだ。
もしかしたら本当は俺に付いてきたかったのかもしれないな。
「同じだ。ヴァリィがいるから心強い」
短く言葉を交わすと結界を出た。
触手が迫ってくる。
俺は光属性を付与した槍を振るって斬ると、攻撃した周辺が一気に消滅した。
小型だからか浄化の効きが良い。ヴァリィの方を見ると、剣を振るって近づく触手を斬り捨てて消滅させている。
しばらく王城にいたのに動きは鈍っていない。時間を見つけては訓練を重ねていたのだろう。
余所見をしていたら数十の触手が上から迫ってきた。押しつぶそうとしているのだが、俺は動かず槍を構える。
数秒後、爆発音がして触手がすべて吹き飛んだ。
遠くからベラトリックスが火球を放って吹き飛ばしたのである。体調が戻ったことで本来の力が発揮できるようになったみたいだ。
魔力を使って筋力を強化、全身に光属性を付与してから飛び出す。
一本の矢のように真っ直ぐに進む。
触手の先端から黒い塊を吐き出してきたが、動きは俺の方が速いので通り過ぎた後に着弾する。
小型であれば討伐件数は百を超える。
この程度の攻撃しかできないのであれば、俺たちの敵ではなかった。