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第33話 回復はいらない

 背後に結界が迫っていて衝突する、と思った瞬間、一瞬だけ解除されて無事に村の中へ入った。

 体の向きを調整して足から着地すると、地面を転がって衝撃を分散させ、ダメージを軽減させつつすぐに立ち上がる。

 かなり吹き飛ばされたみたいで広場の近くにいた。

 魔力で体を強化した上で衝撃の瞬間後ろに飛んでいたので、大きなダメージは受けていない。すぐに動けそうだ。

「ポルン様! どうしてここに!? お怪我はありませんか!」

 絶妙なタイミングで結界を一瞬だけ解除して、俺を助けてくれたトエーリエが駆け寄ってきた。

 顔色は良い。肌は変色してないので広場には浄化の力が働いているようだ。

「かすり傷ぐらいだ。回復はいらない」
「そんなこと言っていつも無茶しているんですから、ちゃんと確認させてくださいっ!」

 なんだか嬉しそうな顔をしながら俺の体をペタペタと触り、状態を確認している。

 少し前までよくやられていたことなので懐かしい気持ちになった。

「浄化の魔道具は誰が使っている?」

 汚染獣に襲われてしばらく経過している。

 普通であれば魔力切れになっていておかしくないので疑問に思ったのだ。

「新しい宰相のメルエル様です。保有している魔力量が非常に多いらしく、まだ余裕があるとのことです」

 かすり傷を魔法で癒したトエーリエは、俺の体を離れると一点を指さした。

 女性だ。しかも胸が大きい。

 自然と目が引き寄せられて口元が緩んでしまう。あそこに挟まれたらどれほどの幸福感を得られるんだろうと妄想してしてしまったら、頬をつねられる。

「いたいって!」
「今は汚染獣と戦っている最中ですよ! 慎んでください!」
「だって、あれは仕方がないだろ!」
「そんなことありませんっ!!」

 ったく、トエーリエは何も分かってない。

 ぷるぷると柔らかく、丸っこいものに男は弱いんだよ。

「わかった! わかったから! ごめんなさいって!」

 謝ったらすぐに頬から手が離れた。

 襲われている今、胸を見ることは良くても争っている時間はないので助かる。

「俺はベラトリックスを助けに行く。トエーリエはヴァリィを連れて追いかけてくれ」
「……勇者ではないのに戦うつもりなのですか?」
「勇者に選ばれたから汚染獣と戦っていたわけじゃない」

 汚染獣によって悲しむ人たちを減らしたかった、という個人的な理由で戦い続けていたのだ。

 清く正しく生きろという小言は窮屈だったし、解放されたときは嬉しかったが、だからといって汚染獣を前にして何もしないということはできない。

 誰も戦えないのであれば、俺が動くまでだ。

「行ってくる」

 止められることはなかった。

 魔力で筋力を強化すると跳躍して屋根の上に立つ。

 ベラトリックスは三軒先にいる。火球を放って結界を叩く触手を燃やしているが、片膝をついて息が荒い。そろそろ限界が近そうだ。

 数度跳躍して彼女の隣に立つ。

「よく耐えたな。すぐに浄化する」

 頬に触れると浄化の力のある光属性を流し込む。多少の抵抗は感じたが、この程度であれば問題はない。すぐに排除していく。

 汚染物質によって肌が黒くなっていた部分も元に戻り、楽になったように見える。

「待たせたな」
「どうしてここに?」

 拒絶するような冷たい声だった。

 まるで使い魔が持ってきた手紙通りに動かなかったことを咎めているようだ。

「汚染獣がいると思ったんだ。予想通りだったな」

 肩書きを無くしても、俺のあり方は変わらない。

 汚染獣がいるなら何があっても駆けつける。そんなことベラトリックスも分かっていると思うのに、どうしてそんな疑問をぶつけてきたんだ?

「ポルン様はもう勇者じゃありません。戻ってくる必要はありませんでした」
「広場で寝ている男に任せればいいと言いたいのか? いくら勇者という存在が好きだとはいえ、もう少し現実を見た方が良いぞ」
「そんなんじゃありませんっ!」

 珍しくベラトリックスが声を荒げた。

 ちらりと視線を動かして汚染獣を見る。結界の外ではテレサが光の矢を放って時間を稼いでくれている。少しだけなら話す余裕はあるか。

「では、どういうことなんだ?」
「…………」

 調べ事をして王家の闇を見てしまい、何かされたのか? それとも弱みを握られたか?

 まさかプルド個人に対して特別な感情を持ってしまったのだろうか?

 返事をしてくれないため、脳内に良くない想像がグルグルと巡っている。

「お願いだから何か言ってくれ」
「…………確かに私は勇者という存在に憧れを抱いています。ですが、それと同じかそれ以上にポルン様を大切に思っています」
「だったら、どうして俺がここに来たことを嫌がっている? それだけでも教えてくれ」

 ふぅと息を吐くとベラトリックスは全身から力を抜いた。

 覚悟を決めたような目をすると、ゆっくりと重い口を開く。

「まだ確定した情報ではありませんが、王家がポルン様を利用しようと動いています」
「狙いはわかるか?」

 悔しそうな表情をしながらベラトリックスは首を横に振った。

「詳細を探っていたら急に小型の汚染獣の討伐に出て中断しました」

 調査を始めて数日で王家の策略のすべてが分かれば苦労しないか。

 把握できなかったのは当然である。むしろ少しでも情報を掴んでいる方が驚きであった。

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