第16話 白雪さんと買い物【2】
「あれ、兄さんじゃないですか」
振り返れば、小林。
だけど、なんでだ? ここのスーパーって小林の生活圏内ではないはずなんだけれど。いや、僕は別にやましいことをしているわけではないから気にする必要なんてないんだけれど。でもなあ……なんか色々面倒くさいことになりそう。
「おやー? おやおやー?」
白雪さんの存在に気が付いた小林は、メガネを掛けてもいないのにくいくいっと眉間の辺りを人差し指で持ち上げる仕草を見せた。
「白雪嬢じゃないですか」
「あ、小林さん。ご無沙汰してます。あのファミレスでお会いして以来ですね」
礼儀正しくぺこりとお辞儀をする白雪さん、マジいい子。小林なんかに一礼する必要はないぞ。適当にあしらっておきなさい。
「ふむ、そうですな。でも兄さんと一緒ということは、ちゃんと辿り着けたんすね。住所を教えた余に感謝してくださいね」
ん? 住所? もしかして……。
「こ、小林さん! それ、絶対に内緒にしてくださいって言ったじゃないですか!」
「あれ? そうでしたっけ? すまないでござる、余は忘れっぽいのですよ」
白雪さんの慌てよう。そして二人の会話の内容。これだけで推測できる。小林め、あのファミレスで初めて白雪さんに会った時に僕の住所を教えたな。
「白雪さん? 僕のアパート近くで会ったあの時、友達の家に遊びに来てて、偶然僕に会ったみたいなこと言ってたよね?」
「う……」
あー、やっぱりそんな感じか。冷や汗をダラダラ流しながら、目が泳ぎまくってるからすぐに分かるよ。あれは嘘だったって。
それにしても小林の奴め、個人情報を勝手に教えるなよ――とは言わない。逆に感謝だ。だって小林が僕の住所を教えたことで、白雪さんという救いの女神様が我が家にやってきたのだ。小林、今回ばかりはグッジョブ!
「それにしても、白雪嬢はどうして兄さんと一緒に買い物をしているのですか? 余は漫画の描き方を本格的に習いたいからって聞いたから住所を教えたのですよ? なのに何故、一緒に買物を? しかも二人でラブラブしているのですか?」
「ら、ラブラブ……」
その言葉に白雪さんが顔を赤くしたところで、僕は奴にヘッドロックを仕掛けた。黙らせる。僕は何があっても小林を黙らせる。放っておいたらコイツ、もっと変なことを言いそうだ。僕の直感がそう教えてくれている。
「おい小林、お前どうしてここにいるんだ」
「ど、どうしてって、余は母上から買い物を頼まれただけですのよ。ここのスーパー、安いじゃないですか? だから車でここまで来て、頼まれた買い物を済ませるという任務を遂行しに来たのですのよ……く、苦しい!」
「じゃあ早く買いに行け、そして立ち去れ。そもそも安いと言ったってガソリン代の方が高くつくだろ? というか、僕と白雪さんは別にラブラブしてないからな」
「な、なんでムキになっているのですか兄さん……暴力反対!」
小林が本気で苦しそうに腕をタップしてきたので、ヘッドロックを解いてやった。しかしこれが失敗だった。僕はこのまま技を解かずに小林の意識を落としてしまうべきだった。口を封じておくべきだった!
「……兄さん、余が強キャラだったからいいものの、良い子はヘッドロックなんかしちゃいけないですのよ? ところで白雪嬢、ほんとにどうして兄さんと一緒に買い物してるんですの? 何か弱みでも握られたんですか? それとも成り行きで同棲でも始めちゃったんですか?」
「お前の中で僕はどんな酷いキャラなんだよ。人の弱みにつけこむような非情なことをするわけないだろ。あとな、同棲なんかしていないからな」
「す、すみません……私が説明します。響さんにはあれから毎日漫画を教えてもらっているんです。そのお礼に毎日晩ご飯を作ってあげる約束をしまして」
「白雪さん! コイツに余計なこと言っちゃダメ!!」
すると小林、「ふーん」と言った後にニヤニヤしながら僕の周りをぐるぐる回り始めたのであった。そしてピタリと足を止め、僕の顔を覗き込んできた。
「なるほどぉ、事情は把握できましたですよ。ねえ兄さん、女子高生に毎日食事を作らせているのが余にバレてどんな気持ち? ねえ、今どんな気持ち?」
そしてこの挑発である。
ウゼえ! 今日のお前、ウザさ半端じゃないな!
「ち、違うんです小林さん! ご飯を作るのは私が好きでしてることなんです! だから響さんは悪くないんです!」
「えっと、白雪嬢? 毎日兄さんに食事を作っているということは、お嬢は毎日兄さんの家に通っているということですの?」
「は、はい、そうですけど」
「それって通い妻って言うんですのよ?」
「か、かよ……妻っ!!!!」
白雪さんは発火した。一瞬にして顔を真っ赤にさせて、恥ずかしさで手をもじもじ。自分の足元に視線を落としながら。小林! 変なこというんじゃない! 白雪さんがめっちゃ意識しちゃってるじゃないか!
「あと白雪嬢? 兄さんはロリコンだから気を付けた方がいいですのん」
「小林!? お前何言ってるの!?」
「え? ひ、響さんってロリコンだったんですか?」
「そうですよ? 余と一緒にコミケに行ったとき、兄さんは『魔法少女まどこマギコ』のまどこちゃんの薄い本を買いまくっていたのです。中学生がチョメチョメされるエッチな漫画ですの。そういう趣味をお持ちなのですよ、兄さんは」
「ひ、響さんが……?」
白雪さんがしらーっとした目で僕を見た。
「違う、誤解だ! あれは漫画の資料として!」
まあ、小林の話も半分事実なんだけど。だって、まどこちゃん可愛いじゃん? そういう本があったら男ならついつい買っちゃうじゃん? でもハッキリと言っておこう。僕は二次元専門だ! 現実の中学生に欲情なんかしたりしない、いたって健全な二十七才だ! だからロリコンではない!
「白雪嬢、気を付けなきゃいけませんよ?」
「そうですね」
「そこ! 白雪さん、神妙な顔して小林に同意しないでよ!」
なんか白雪さんと小林がうんうん頷き合っている。僕、一人ぼっち。なんか二人と妙な距離ができてるし。え、僕ってそんなにヤバい?
「それでは兄さん、余は母上からの任務を遂行しに向かいますの。ということで、アディオス。あ、白雪嬢もまた今度」
「おいコラッ! 勝手に去ろうとするな! 白雪さんの誤解を解いていけよ!」
小林という名の嵐が去っていった。いや、嵐というよりも台風だね。被害甚大だよ。妙な空気を作っていきやがって。
そして白雪さんと二人切りに戻る。僕は恐る恐る彼女の顔色をうかがった。ちょっと困ったような顔してるし。
「……白雪さん、小林の言っていたことは話半分に聞いてね」
「大丈夫です、私ってそういうことに結構理解あるつもりですから。それに私も禁断の恋愛ものの漫画とか大好きですし。だから響さんがロリコンであっても、中学生にエッチなことをする漫画が大好きでも、私は否定しません」
「だから僕はロリコンではなくて……」
「大丈夫ですよ、安心してください響さん。私は響さんがロリコンでも軽蔑なんてしませんから。趣味は人それぞれですし」
白雪さんは屈託のない笑顔で僕を認めてくれた。でも、誤解はされたまま。
このニッコリ笑顔、今は逆にキッツイなあー……。
『第16話 白雪さんと買い物【2】』
終わり