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第15話 白雪さんと買い物【1】

 待ちに待った土曜日。ようやく休日だ。体力がない僕にとって、日々の肉体労働をこなしていくためにはこの休日はとても貴重で。少しでも疲れをとって、リフレッシュをして、心身共に回復をさせないと体がもたない。

 しかも、この前は皆川さんの件で大ダメージを受けてしまったから余計に疲れているし。もうあんな目には遭いたくないね。

 それにしても、日に日に寒さが増してきているな。冬が近づいているのを如実に感じる。そろそろコタツでも出すか。

「響さん、今度のネームはどうですか? 教えてもらったことを私なりに守りながら描いてるつもりなんですけど」

 ローテーブルの前にちょこんと腰を下ろして、白雪さんが不安げにしている。そう、いつもは独りきりの休日だったけれど、今は白雪さんがいてくれるのだ。この前は大人気なく泣いてしまったりと恥ずかしいところを見せてしまったけれど、彼女が僕の癒やしになってくれている。

 白雪さんの、存在。僕の救いの女神様。

「うん、すごくキレイなコマ割りになってきてるよ。ちゃんと『漫画』らしくなってきてる。でも、まだまだかな。というわけで描き直し」

「ま、まだまだ、ですか……。うう、どうしよう……」

 ああ、白雪さんが頭を抱えてしまった。ちょっと根詰めすぎだな、疲れが見え始めている。本当のところ、僕はビックリしているんだけどね。やっぱり吸収力がすごい。でも、まだ言わない。オーケーは出さない。たぶんこの子、才能がある。だからこそ、ひとつ。たったひとつの問題点を自分で気付かせたい。

 僕の言ったことを忠実に守っているだけでは駄目なんだ。

「ネーム、ネーム……オーケーが出ないぃ、ううぅ……」

 あー、思い切り悩んでしまっている。少し外の空気を吸わせてあげて、気分転換させた方がいいかもしれないな。悩むことはとても良いことなんだけれど、このままだとそのベクトルが悪い方向に向いてしまうかもしれない。

「白雪さん、ちょっと気分転換がてら買い物に行かない? スーパーで色々買い出ししに行こうよ。僕が荷物持ちするからさ」

「うう……行く。買い物、行きたいです」

 *   *   *

 歩いてそこそこ遠い場所にある、大型スーパー。カートに買い物カゴをセットしたところで、僕達はまずハムやソーセージなどが置いてある畜産加工品売り場へと向かった。僕はウインナーが大好きなのである。

「ウインナーが大好きって、響さんって本当に子供みたいですよね。今度お子様ランチでも作ってあげましょうか? チキンライスに旗もおつけしますよ? あははっ」

「ウインナーを馬鹿にするんじゃない。というか白雪さんの方が子供じゃん。十七才の女子高生じゃん。このお子ちゃまめ」

「むーっ、女子高生をお子ちゃま扱いしないでください。もう立派な大人です」

「ふーん、大人ねえ」

「……響さん、今どこ見てました? 胸見てたでしょ? 女子ってそういう視線に敏感なんですからね、すぐに分かります」

 白雪さんは胸を両手で隠し、むーっと頬を膨らませた。ヤバい、バレてた。だって、大人だって言うからどれだけのものをお持ちなのか確認しなければと思ったんだよ。そんなに大きくないよね白雪さん。

「……今、私の胸が小さいとか考えてたでしょ」

「い、いや?」

 何この子、エスパー? 僕の心の声漏れてた?

「試食はいかがですか? とっても美味しいウインナーですよ」

 と、白雪さんが僕をじとーっとした目で見ているところに、試食のオバサンが声をかけてきた。おお、ウインナーの試食! 子供の頃から試食コーナーに目がない僕である。タダで食べられる上になんか楽しいじゃん、試食って。

「頂いてみようか、白雪さん」

「そうですね、せっかくですし頂きましょう」

 僕と白雪さんは爪楊枝に刺さった、一口サイズにカットされたウインナーを口に運ぶ。うん、美味しい。というわけでもうひとつ頂くとしよう。

「……響さん、意地汚いからひとつだけにしてくださいよ」

「なんで? せっかく勧めてくれているわけだし、別にいいじゃん。それに美味しいからもっと食べたくなるじゃん。白雪さんももう一個食べなよ」

「私はいいです、一個で十分です。というか響さん」

 そこまで言ったところで、白雪さんが僕にこしょこしょ耳打ちしてきた。小さな声で「たくさん食べたら買わなきゃいけなくなっちゃうでしょ」と注意してきた。いや? 普通に買えばいいんじゃないの?

「だってこれ、ちょっと高いですよ。もっと安いウインナーあるじゃないですか」

「いやいや白雪さん。美味しければ多少高くても別にいいでしょ」

「駄目です。響さんから預かってる食費の中でやりくりしなきゃいけない私の身にもなってください。ほら、行きますよ」

 白雪さんに無理やり手を引っ張られて、その場から離れるように促された。高級ウインナーに後ろ髪を引かれる思いである。

 だがしかし、この試食のオバちゃん結構やり手である。立ち去ろうとしていた白雪さんを再び試食コーナーに引き戻したのであった。

「お嬢ちゃん、ほんと可愛いねえ」

 オバちゃんの魔法の言葉。それを耳にした白雪さんはピタッと足を止め、くるりと試食コーナーを振り返る。

「そ、そんな。私、可愛くなんかありませんよ」

 あせあせと手を横に振って否定する白雪さんだが、まんざらでもない様子。ちょっと照れながら頬を緩めてるし。何この子、チョロイン?

「いえいえ、本当に可愛いわよ。まるでお人形さんみたい」

「そんな、お人形さんみたいだなんて……。あ、そのウインナー頂けますか? ひとつ買わせていただきます」

 チョロッ! え、白雪さんこんなに単純な子だったの!!?

「あのー、白雪さん? このウインナー高いから買わないんじゃ……」

「いいんです。他でちゃんと節約すれば問題ありません」

 うん、さっきと言ってることが全然違うよね?

「お買い上げありがとうございます。それじゃこちら一袋ね。ところでお二人はご夫婦? 新婚さんかしら? それともカップル?」

 白雪さんの顔にボッと火が点くのが分かった。みるみる顔が赤くなる。え、マジ? 僕達ってそんなふうに見えるの? 新婚さん? カップル? 十個も年が離れてるのに? なんか超意外。

「ち、ちちち、違います! 私達、別にカップルとかそんなんじゃなくて!」

「あら違うの? すっごくお似合いの二人に見えたんだけどねえ」

「お、お似合いだなんてそんな……あ、あの、ウインナーもう一袋頂けますか?」

「え!? ど、どうしちゃったの白雪さん!?」

「お買い上げありがとうございます。はい、こちらもう一袋」

 白雪さん、暴走モード突入。そんな白雪さんを止めるため、今度は僕が手を引っ張ってその場を後にする。買い物カゴの中には二袋の高級ウインナー。

 売り場の角を曲がったところで、白雪さんはハッと我に返った。真っ赤になった顔を両手でぱたぱた仰いでいる。

「あー、顔が熱い。ビックリしましたよ、カップルと間違われちゃって」

「いや、僕の方がビックリしたんですけど」

 白雪さんって褒め言葉に意外と弱いんだな。将来、悪い男に騙されたりしないか心配である。僕? 僕はわりと無害だよ? むしろ騙される側だしね。皆川さんみたいな人達に狙われたりするしな!

「私達ってそう見えるんですかね? あの、か、カップルに」

「うーん、見えなくもないような気もするけど……」

 ただ単に、オバちゃんの術中にハマっただけのような気もする。

「ごめんなさい。嫌ですよね、私とカップルに間違われるだなんて」

「いや、別に? 白雪さんみたいな可愛い子とカップルに間違われても、僕としては嫌な気はしないけど」

「だ、だから! 私は別に可愛くないですって!」

 うん、焦って否定するその仕草がまた可愛い。デラ可愛い。だからあの試食のオバちゃんの言葉に嘘はないのだ。商売上手だとは思うけど。

「あれ? 兄さんじゃないですか」

 そのとき、背後から聞き慣れた声。なんか、嫌な予感が。

 僕のことを『兄さん』と呼ぶのはアイツしかいない。


 『第15話 白雪さんと買い物【1】』
 終わり

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