決意の日
ついにこの日がやって来た。ザイン王国のマティアス王子がレティシアに求婚しにくる日だ。
ギオレン男爵はレティシアに一番高価なドレスを着てくるようにと言った。だがレティシアが身に着けたのは。
「本当にこの衣装でよろしいのですか?レティシアお嬢さま」
専属メイドになってくれたサラが心配そうに鏡の中のレティシアに聞く。
「はい、大丈夫です。サラさん。もし誰かに何か言われても、わがままなレティシアにごり押しされて仕方なかったと言ってください」
「はい、かしこまりました」
サラはクスリと笑った。レティシアも鏡の中の自分の姿を見つめる。レティシアは動きやすい乗馬服を身にまとっていた。長い髪は邪魔にならないように後ろに高くしばった。
レティシアが客間に向かうと、そこにはマティアス王子がいた。未来で視た時と寸分たがわぬ美しい青年だった。
レティシアの胸がズキリと痛む。未来で散々利用されたというのに、心の底ではマティアスの事が嫌いになれないのだ。
男爵は義娘のレティシアが、ドレスではなく乗馬服であらわれた事に激怒した。
「何だレティシア!その姿は!マティアス王子殿下の御前だと言うのに!」
レティシアは男爵を無視してマティアスの前で膝をついた。
「お初にお目にかかります。召喚士レティシアにございます。この度のザイン王国の有事の際に、わたくしも殿下の軍に従軍しとうございます。どうか許可を賜りとうございます」
レティシアは一気に話し終えるとマティアスの返事を待った。彼は一瞬ポカンとした顔をしたが、真顔に戻った。
「レティシアと言ったか。そなたは何故女の身で戦争に参加しようとするのだ?」
「発言をお許しください。わたくしの母は流民でした。国々を転々として暮らす間、孤児のわたくしを引き取り育ててくれました。その母が眠る地がこのザイン王国なのです。わたくしは母が安らかに眠るこの国を守りたいのです」
マティアスはしばらく思案してから口を開いた。
「あいわかった。レティシア、ザイン王国軍入隊を許可する」
それを聞いて焦ったのが男爵だ。レティシアを売って国から多額の結婚資金を受け取れるはずだったのに。レティシアが志願して軍に入っても一銭にもならない。
「で、殿下!お考えなおしください。か弱い女が戦場に行くなどと、」
「お義父さま。わたくしが武功を立てれば国から報奨金が出るはずです。そのお金はすべてお義父さまに」
焦った顔をしていた男爵が、途端に下品な笑みをうかべる。
「うむ、そうか。レティシアがそこまで言うのなら仕方がない」
この日レティシアはザイン王国軍の兵士になった。