レティシア出軍
レティシアとマティアスは王国ゆかりの教会で慌ただしく結婚式をあげ、その直後にイグニア国へ出軍する事になった。
軍人ではないレティシアには馬車が用意されていたが、過保護なチップが納得しなかった。
『大事なレティシアをダカダカ揺れる馬車に何時間も乗せられないよ。レティシアは僕の背中に乗ればいいよ』
チップはそう言うと、レティシアの肩から飛び降り、魔法を発動させた。チップの小さな身体はグングン大きくなり、ライオンほどの大きさになった。
「わぁ、チップすごい」
『へへん、驚くのはこれからさ。僕は飛行魔法でどこまでだってすぐに飛んでいけるんだ。イグニア国なんてひとっ飛びだよ』
レティシアが恐々チップの背中に乗ると、フワフワの毛が気持ち良かった。チップはレティシアが怖がらないように、出兵する兵士の列と同じ速度で飛んでくれた。
夕方になると兵士たちは簡易テントを立てて野宿を始める。レティシアたち王族はそれよりも豪華なテントで休む事ができた。
「レティシア。疲れてはいませんか?」
マティアスは気遣わしげにレティシアに言った。
「いえ、私はチップに乗せてもらっていたので平気です。王子殿下こそお疲れになられたのではありませんか?」
「いえ、私は軍生活が長いので苦にはなりません。レティシア、辛くなったらすぐに言ってください」
「はい、ありがとうございます」
マティアスは小さく微笑んでからレティシアのテントを出て行った。
レティシアは自分のテントを見回した。小さいながらも居心地がいい。マットを敷いたふかふかのベッド。小さなテーブルにイス。灯をとるためのランプ。
レティシアはベッドにもぐりこんだ。これからこのような日が何日続くのだろうか。
レティシアの枕元にチップが丸くなった。チップの愛らしい姿にレティシアは微笑んだ。
本音を言えば不安で仕方がない。しかし契約霊獣のチップがいてくれれば何とかなるかもしれない。
レティシアはそう考えてから目を閉じた。
レティシアたちは着々とイグニア国の国境まで足を進めていた。マティアスは夕食の時に現れ、明日イグニア軍の本隊と対戦すると言った。
「明日、ですか?」
「ああ、今夜はレティシアもそのつもりで霊獣殿と過ごしてくれ」
「ですが、王子殿下。何故そのように断言できるのですか?」
「私には優秀な隠密がいるのだ。その者から確実な情報が入ったのだ」
マティアスはそれだけ言うと、サッサとレティシアのテントから出て行った。
「チップ」
『うん』
レティシアの呼びかけに霊獣チップが姿をあらわす。
「私、怖いわ」
『大丈夫だよ、レティシア。君は必ず僕が守るよ』
「ありがとう、チップ。だけど私、人が死ぬのが怖いの。ザイン王国軍の兵士の人たちが死ぬのは嫌だけど、イグニア軍の兵士の人たちにも死んでほしくないの」
『イグニア軍は、これからレティシアたちを傷つけようとしている奴らだよ?それでも傷つけたくないの?』
「うん。イグニア軍の人たちだって、きっと普通の人たちよ。心配している家族がいるはず」
『わかったよ、レティシア。僕が一人の人間の命も奪わないように、この戦争を終わらせてあげる』
「本当?!チップ」
『僕を誰だと思っているの?僕は尊い霊獣だよ』
「ありがとう!チップ」
この時レティシアは、チップに危険な願いをしてしまった事をのちに死ぬほど後悔する事になる。