マティアス
マティアスは優雅な動作でレティシアの右手を取り、甲に口づけをした。
これまでレティシアはまともに男性と接した事がなかった。男性といえば男爵のような下劣な人間だけだったので、マティアスのような美男子に、レティシアは完全にまいってしまった。
「私がここに来たのは他でもありません。レティシア嬢に結婚の申し込みに来ました。お父上の男爵からは了解をいただきましたが、レティシア嬢自身から了解の言葉がほしかったのです。私と結婚してくれますか?」
「へっ?あ、はい」
「よかった」
マティアスは輝くような笑顔で笑った。
『何だアイツ!すかした顔しちゃってさぁ。僕アイツ嫌い。レティシアもアイツが嫌なら言ってね?僕がぶっとばしてやるから』
レティシアの肩に乗ったチップはプリプリ怒っている。どうやらマティアス王子がお気に召さなかったらしい。
「そんなに怒らないでよ、チップ。マティアス王子、とっても素敵な方じゃない」
レティシアは自分で言っておいて、頬がカアッと熱くなるのを感じた。マティアスのような男性が、自分の夫になるなんて信じられない。
マティアスは召喚士としてのレティシアを必要として求婚したのだ。レティシア自身が好きなわけではない。だがレティシアの心は浮き立つのを止めてはくれなかった。
マティアスは結婚のあいさつが終わった翌日から、毎日のように贈り物を届けてくれた。
ペンダントにネックレス、ブローチにイヤリング。ドレスに靴に帽子。
レティシアは贈られた品々を見てうっとりとほほえんだ。
レティシアは王宮の舞踏会に招待された。マティアス王子のパートナーとして。このパーティでレティシアとの結婚を発表するというのだ。
レティシアは母クロエと共に十歳で男爵令嬢となった。教養やマナーは習わせてもらったが、ダンスはほとんどやった事がない。
レティシアが緊張の面持ちでいると、マティアスがおだやかな笑顔で言った。
「レティシア嬢。何も心配する事はありません」
マティアスは震えるレティシアを完璧にエスコートしてくれた。
舞踏会場を歩くと、花が咲いたようなドレスに身を包んだ令嬢たちがヒソヒソと噂話をしている。
「マティアス王子の婚約者は男爵令嬢なんですって」
「ずいぶん身分の低い方なのね」
「どうやら男爵令嬢は召喚士のようです」
「ああ、それなら納得ですね」
噂話が耳に入るたびに、レティシアは手先は氷のように冷たくなっていた。マティアスが、気にしないようにと背中に手をおいてくれる。
彼の手はとても温かく、レティシアを安心させた。