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カルミア

 ヒガンバナは仕事を終えた後、ギフトのアジトに戻ってカルミアに報告しようとしていた。

カルミアの仕事部屋に入る瞬間、ヒガンバナはいつも緊張する。

ヒガンバナはカルミアを恐れていた。
何を恐れていたかといえば、その理解不能な思考回路を恐れていたのだ。
ドアをノックをし、返事を待って入室する。

「失礼します」
カルミアはいつも通り高級な社長椅子に腰をかけて、目の前の立派な木製の机に肘をついて手を組んでいた。

その手前まで行って報告しようとすると、カルミアが先に口を開いた。

「首尾はどう?」
「上々です」
「そう。なら良かったわ。……ふふ。そろそろキリンさんに会えるわ。随分と久しぶりのことね」

そう言うと、カルミアはうっとりとした表情を浮かべた。

ヒガンバナはその様子を見て、ずっと抱いていた疑問をカルミアにぶつけた。

「あの……キリンという男はボスにとってなんなんですか。ボスはもうずっとあの男にご執心ですが」
その時、部屋の扉が開くと同時に声が聞こえてきた。

「無粋よ。ボスだって乙女なの。弁えなさい」
入ってきた女性はギフトの中でも古株で、ヒガンバナの先輩でもあるベラドンナだった。

「そんなことを気にしてないで、あなたは自分の仕事のことについて考えなさい。あなたはこれから重要な役割を果たさなければならない。その自覚はある? 気を引き締めなさい」
「はい。その通りです。大変失礼しました」
ヒガンバナはきびきびと答えた。

カルミアはその様子を満足そうに見ると、
「ちょっとだけ教えてあげる」
とヒガンバナに言った。

ヒガンバナもベラドンナも意外そうにカルミアを見た。

カルミアは話し始めた。
「キリンさんと出会ったのは……もう三年くらい前のことね。私は依頼で彼の兄を殺さなければならなかった。彼の兄、サインは立場のある人間で周辺は常に護衛に囲まれていた。そこで私は晩餐会に仕掛けることにした。でも、あれだけの立場の人間を殺せば、その周囲の人間は必ず犯人を探し出す。面子の問題もあるしね。分かるでしょ?」
同意を求められ、ヒガンバナは素直に頷いた。

カルミアは続ける。
「だから私はキリンさんに目をつけた。彼は、まぁ色々あって家を追い出された身だった。それを利用させてもらったの。サインを殺した後に、キリンさんに罪をなすりつける。そういう計画だった。そのために私はキリンさんに接触して、晩餐会の場に招いたの。私がキリンさんのことを想うようになったのは、その時よ」
ベラドンナは何度も聞かされた話だったので、軽く相槌を打ちながら聞き流していた。

「晩餐会の場所に行くように誘導していた期間、私はキリンさんの純情な目を見続けた。彼は私に好意を寄せていた。私の嘘の復讐計画に真剣になって取り組んでくれる健気な姿を見続けた。その時、私は思ったの。私に裏切られたことを知ったら、この人はどれだけ私のことを憎むんだろうって」

この時点でヒガンバナはこれ以上話を聞く気が失せていた。
どうせイカれた女のイカれた考えを聞かされるだけだ。

「私はね、人間が誰かに向ける数ある感情の中でも、愛情と殺意は突き抜けて大きなものだと思うのよ。私は、より強い感情を向けられたい。それが愛だと思うの。だって誰かのことを強く想うことが愛でしょ?」
わけが分からない。
ヒガンバナは半ば呆れながらカルミアの話を聞いた。

「それで私は思ったの。私が裏切った後、キリンさんは私に殺意を向ける。これはまず間違いない。そして、もしそれでもなお私に好意を抱いていたなら、きっとキリンさんが私の運命の相手なんだって。だから私は会いに行ったの。牢屋に囚われて死刑宣告まで受けた彼が、まだ私に愛情を向けてくれるのか知りたくて」

カルミアはそこで言葉を止めると、口角を上げ、心底楽しそうな口調で話を再開した。

「彼は誰にも私の話をしていなかった! 信じられる? 私のせいで自分が死ぬかもしれないっていうのに、罪を否定するだけで、私の名前すら誰にも話していなかったの。面会で実際に会って、目を見て、確信した。彼はあの状況で、まだ私のことが好きだった。……殺意と愛情。両方を私に向けてくれる唯一の人。それがキリンさんなの。私、ロマンチックに死にたい。運命の相手に殺されるのが夢なのよ。そして、それを叶えてくれるのはきっとキリンさん」

キラキラと少女のように目を輝かせるカルミアを見ながら、ヒガンバナはため息をつきたい気持ちを必死に抑えていた。

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