バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

面会

 本日2回目。
情報屋に入った。
この時間は客が多く、テーブル席は埋まっていた。

個室もすべて使用中らしく、俺たちはカウンター席に着いた。

「ご注文をどうぞ」
店番である情報屋の息子が訊いてきた。
この場所は表向きはただの飲み屋だから、もちろん飲食もできる。

「とりあえず生で」
「ジンジャーエールを」

元監守が俺の顔を見てきた。
「酒は飲まねぇのか」
「今は控えている」
「そうか。じゃあ後は……」
元監守は焼き鳥とかピリ辛きゅうりとか、色々注文した。

俺はさっきの店で軽く食べていたから、ちょっと揚げ物を頼むだけにした。

注文を終えると、元監守は
「さてと。じゃあ話してもらおうか」
と言った。

「何から聞きたい」
「そうだな。まずは一番重要な部分を聞いておこうか。あの事件、犯人はお前か?」
「違う」
「だろうな。実は、真犯人の目星はついてるんだ」
俺は驚き、反射的に元監守の顔を見た。
元監守は険しい表情でテーブルを睨んでいた。

「そうなのか」
「ああ。状況証拠はすべてお前が犯人であることを示していたが、俺にはどうもそれが仕組まれたもののように感じられた。だから最近自警団の知り合いのツテを頼って事件の資料を取り寄せて俺なりに考察したんだ」
「暇なのか?」

「お前のせいで暇になったんだよクソが。……考えが行き詰った時、思い出したことがあった。務所にいた頃、お前に面会に来た女が一人だけいたよな」
「……ああ」

「面会時の会話は記録されている。それを元同僚に頼んでこっそり取り寄せて確認した時、俺は確信した。お前は自分が何を話したか覚えているか?」
「覚えていない。どんなことを話したんだったか」

「お前は『どういうことなんですか。一体どうしてこんなことになっているんですか』と女に訊いた。女は『それはあなたが罪を犯したからよ』と答えた。それを聞いてお前は酷く取り乱し、『俺は何もしていない』と言ったが、女はそれを無視してこんなことを言い始めた。『キリンさん。私のことが憎い?』お前は何も答えず、女はこう続けた。『私と結婚しない?』」

「ああ、そういえばあの女はそんなことを言っていたな。忘れていたよ」
嘘だ。
当時の光景は今でも夢に見るほど脳に焼き付いている。

あの時、あの女は吐き気がするほど妖艶な笑みを浮かべていた。

酷く魅惑的で、場にそぐわない理解不能なその表情を俺は恐ろしいと感じた。

元監守は続けた。
「意味がすべて分かったわけではないが、この会話から俺はこの女が真犯人であると当たりを付けた。女の名前は……」
「カルミア」
俺たちの間に沈黙が流れた。

その時、注文していたものが届き始めた。
俺たちは無言で料理に手をつけ始めた。

やがて元監守は口を開いた。
「お前とカルミアの関係はなんなんだ」
「俺が知りたい」
「は?」

「俺は濡れ衣を着せてきたあの女のことを恨んでいるし、復讐するつもりだ。だが、あの女がどういうつもりなのかは知らない」

「カルミアってのは何者なんだ?」
「そこまで教えてやる気はない」
「なんだと?」
元監守は眉をひそめた。

「これ以上はお前には関係ない」
「ある。俺はお前のせいで監守を辞めた。そしてお前はカルミアのせいで牢屋にぶち込まれたんだろ? だったら元を辿れば俺が監守を辞めざるを得なくなったのはカルミアのせいだと言える」
「だとしたらどうする」

「利害の一致だ。お前に協力してやってもいい」
「……」

俺は悩んだ。
もちろん味方は多い方がいいが、数が増えれば増えるほど監視の目が行き届かなくなる。

俺はまだレンジのことを信用していない。
仲介屋に関しては情報屋からお墨付きを貰ったから信用してもいいだろうが、レンジは分からない。

仲介屋と同様のことをして確信を得てもいいが、今は一銭も無駄には使いたくない。

余裕がありそうであればレンジが味方かどうかも確かめたかったが、ギフトのアジトの情報が思ったより高かった。
同じ理由で、元監守のことを情報屋に訊く気はない。

黙り込んだ俺に元監守は
「信用ならねぇなら情報屋に確認でもして俺が本当に味方か判断すればいい」
と、今まさに頭の中で却下した案を出してきた。

「無理だ。そんな金は無い」
「お前、金が無いのにさっきの店で迷惑客の分まで払ったのか。偽善者かなんかなのか? それとも育ちのいいお坊ちゃんとかなのか?」
「別になんでもいいだろう」

俺は頭の中でメリットとデメリットを秤にかけ、方針を決めた。
元監守に仕事をさせてみる。

「……お前が信用に値するか試させてもらう。それから判断する」
「ああ。俺に何をさせる気だ?」

「仲介屋という奴がいる。さっきの店で一緒にいた奴だ。そいつに仕事を紹介させるから、お前はその仕事をこなせ。無事に達成したらお前を味方と見なす」

そしてその仕事の報酬を情報を買う資金にすれば、俺にとって一石二鳥だ。

「なるほどな。その仲介屋って奴にはどこにいけば会える?」
「明日、朝九時。ここに来い」
「了解だ」
今日はこの辺で解散することにした。

長い一日だった。
明日からもまた大変になるだろう。

長年夢見てきた復讐が段々と現実味を帯びてきた。
俺はこの日、なんだか落ち着かなくてなかなか寝付くことができなかった。

しおり