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翌日、22時35分─。
こんな日に限って、イタリアン酒場TATSUは大盛況である。
22時半のラストオーダーは終えたが、店内にある3つのボックス席は若い男女で埋まっている。閉店時間の23時まで粘られれば、片付けを含め0時近くになるのは決定だ。
前もって長引くかもしれないという連絡は入れたが、早坂さんの事だ、早めに来るに違いない。
「雪音、11時になったら上がっていいわよ」
「え?」
「早坂さん来るんでしょ。片付けもある程度終わってるし、後はあたしと一真くんで十分よ」
普段、誰に対しても毒舌極まりないこの女が優しさを見せる時。それは、わたしが本気で焦っている時だ。そしてそれは、わたしの知る限り、わたしに対してだけ。
「連絡入れといたから大丈夫。ありがと」
「アンタがいようがいまいが、帰る時間は大して変わんないのよ」
「まあでも、5分でも早まれば」
春香はチッと舌打ちした。「可愛くな。素直じゃない女は振られるわよ」
その言葉、そのまま返してやりたいが。「振られる相手もいないからだ〜いじょ〜ぶだぁ〜」
「その割に、だいぶ病んでらっしゃるよ〜だ〜けど〜」
「・・・病んでる?」
「どう見てもね。顔がってか、全体的に、全てが病んでるわ」
「・・・薬が欲しい」
「は?」
「病に効く薬」
春香は真底うんざりしたように息を吐いた。「早坂さんに処方してもらえ」
「処方?薬すか?」
空いた皿を下げに行っていた一真くんが、いつの間にかそこに居た。
「そっ、愛の薬が必要らしいわ。このめんどくさい天然記念物には」
「愛の薬?」
「一真くん、聞かなくていいから」
「・・・よくわかんないすけど、お客さん、一斉に帰るみたいっす。会計お願いします」
「よっしゃ、あたし行くわ」
春香は瞬間移動とも思える速さでレジへと消えた。
「よーし、あとは片付けるだけだね」この分だと、あまり待たせずに済みそうだ。
「雪音さん」
「ん?」
「あの、お願いがあるんすけど」
一真くんは伏し目がちに頭をポリポリと掻いた。何か言いづらい事だろうか。
「なに?」
「いやー、なんか申し訳なくて言いにくいんですけど・・・」
「言ってみて。あ、ちなみにお金は無いよ」
一真くんはハハッと笑った。
「違いますよ。いや、実は、来週叔父の誕生日でして」