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第四十四話 きっと第三回も開かれる

 暴動騒ぎはほぼ沈静化し、心理潜航捜査班の面々が出勤できるようになった。陰気くさい班室も若干の活気を取り戻した。コーヒーを飲みつつ休憩中の時、ヨークが近づいてきて、ねえねえ、と話しかけられた。

「どうかしましたか」
「あんたヒューノとヤったの?」
「ぶふ!」

 ぶぼ、とコーヒーを吹き出して透明なディスプレイを突き抜けて散らばる。あーあ、とヨークが呆れていたが、なんだ突然! とティッシュで机を拭きながら、何がどうして突然そんな話になったのだと尋ねる。

「何なんですか急に!」
「いや、暴動騒ぎの時からヒューノ総督府泊まってたんでしょ? 一緒に寝なかったの?」
「ヒューノバーは同僚の部屋で寝泊まりしてましたよ!」
「ええ〜? いい機会だったのに」
「暴動起こってるのにヤるとか緊張感なさすぎでしょうよ!」

 なんつーあけすけな女性なのだヨーク。性にオープンなのはこの時代普通なのだろうか。いや、他の班員からそう言った話は出てこなかったからヨーク限定と推定しておこう。

 一旦コーヒーを口に運んでから息を吐く。

「ヨークさんはサダオミさんと最初は仲悪かったって以前おっしゃっていましたけど、そう言うこと意識するようになったのっていつだったんですか?」
「ん? んー、付き合ってからも意識することほとんど無かったかなあ。あたしもサダオミも性欲薄い方だから」
「へえ〜、ちょっと意外ですね。なんか性に奔放そうなイメージありました」
「まー、成人するまでは興味あったけれど、成人してからは自分には性行為必要ないな〜って自覚した感じかな。ノンセク気味なのよね。あたしもサダオミも」
「そこら辺は相性良かったんですね。片方が性的指向が普通の方だったら破綻してたでしょうし」

 言うて私も性行為に対して興味がほとんど無い人間なのだが、ヒューノバーはどうなのだろうか。あまりに乖離していると今後その部分で衝突する可能性もあり得る。

「ヨークさんちょっとヒューノバーに性的指向聞いてきてくださいよ」
「自分で聞きなよ」
「恥ずかしいし……」
「おばちゃん使わないでよ〜。二人で行こう」
「なんか学生時代思い出しますよ。気になる男子に話に行く友達に着いてく感覚」

 立って立って、とヨークに急かされ、サダオミと談笑中のヒューノバーの元へと向かう。というか若干引きずられ気味で向かった。

「ねー! ヒューノ!」
「どうかしましたか? ヨークさん」
「あんたって性欲強い?」
「ぶふ!」

 私と同じくヒューノバーもコーヒーを吹き出してサダオミの顔面に直撃した。サダオミは涼しい顔でハンカチを取り出して顔を拭き出した。

「す、すみません! サダオミさん!」
「ああ、いえ。ヨークは突然こういうことを言いますから、大丈夫ですよ」

 家でも突飛なことを言って家族を巻き込んでいるんだろうな……と隣のヨークを見る。何だいその目は。とヨークに言われたが目を明後日の方に逸らした。

「いやその、突然なんですか?」
「ヒューノ体力ありそうだからミツミ夜持つかなって」
「ヨーク、セクハラはやめなさい」
「大切だよそこは!」
「何々何の話? 俺も混ぜて〜」

 シグルドが割り込んで来た。ついでにリディアまでも連れて。いや班長にこんな話聞かせていいのか!? と私は目を瞑って故郷を思う。ああ、青々とした山よ、清流よ。あ、鮎食いたいな。

「皆の夜の営み事情話してるところ〜」
「きゃあ! 破廉恥ねえ!」

 シグルドはノリノリで話に加わろうとしているので頼みの綱はリディアだが、リディアは表情を全く変えずにいる。ちょっとは突っ込んでほしい。

「リディアとシグルドってどうなの? ヒューノたちの参考までに」
「俺は結構性欲強め〜」
「私は普通かと」
「いやお前も結構絶倫側よ? リディア」

 班長組の意外な性事情とリディアまで参戦し始めたことに頭を抱えたくなった。いやなに? この星ではこういう話題結構オープンなのか? 国によるのか!?

 私の頭の中はしっちゃかめっちゃかしているが集まっている先輩グループは盛り上がってゆく。

「うち子供四人居るけどお互いまだ現役だわ〜」
「あたしんちは子供三人産んでからはそういうのはないね〜。お互い気にしてないし」
「何故こんな……こんな猥談大会が職場で開催されている……」
「だ、大丈夫ミツミ?」

 遠くを見ている私に盛り上がる先輩グループから逃げてきたらしいヒューノバーが話しかけてきた。

「この惑星って性事情結構オープンなの?」
「まー、そうだね。付き合う前にお互いの性欲とか指向とか擦り合わせて体の相性測ったりとかはあったりするけど……」
「未知の世界だわ〜……」

 日本では同性同士ならばまだしも、男女混合でそんな話に発展するのは酒の席くらいなものだ。それでもまだ少ないが。

 抜けてきたらしいサダオミが近づいてきて、肩にぽん、と手を乗せた。

「お気持ち、お察しします」
「サダオミさん……あなたも……!」
「私も、最初は驚いたものですからね」

 サダオミは私と同じ地球組だ。同じ経験が大層あったのだろう。苦労してきたんだろうな。ヨークのあの感じと初期にあったらしい不仲で……。

「サダオミさん。同じ日本人なら分かってくださいますよね……職場で猥談大会の異常さが!」
「分かりますよ。ええ、分かりますとも。……ところで結局ヒューノバーはどうなんですか?」
「サダオミさーん!!!」

 味方だと思っていたサダオミは、大分この星に毒されているらしく、平然とヒューノバーに尋ねるのだった。えっと……とヒューノバーは答えを告げる。

「まあ、その、ちょーっと、強いかなみたいな……」
「大丈夫ですかミツミさん」
「気が遠くなりそう」

 音が遠くに聞こえてきた気がする。猥談大会は今現在部屋に居る班員で繰り広げられている現状、何なのだこれは。ちなみにシルバー、シルビア組、シャルル、エミリー組は心理潜航中である。多分予想ではあの二組も班室に居たのならば猥談大会に加わって居たことだろう。

「私は多分普通だよヒューノバー……」
「う、うん。……本当に大丈夫?」
「うんうんはいはい」
「やけになっていますね」

 向こうから、ねー、好きな体位何〜なんてヨークの声が聞こえてくる。死んでもあの輪に参加したくない。と思っているとヨークがやってきて腕を組まれ輪に強制参加させられる。

「ミツミって経験あり?」
「ス……アリヤス……」
「感じられるの強い方?」
「やめてください……やめて……セクハラで訴えて勝つぞ!」
「え〜? ここじゃ普通だよ〜?」
「どうなっているの倫理観。日本では普通じゃあなかったんですよヨークさん!」
「郷に入っては郷に従えってサダオミが言っていたよ」
「サダオミさーん!!!」

 サダオミに助けを求めるが柔らかく微笑むだけで何も言ってはくれないのであった。というかあの目は憐れみが混じっている。ヒューノバーもシグルドに連れられ強制参加を強いられていた。どうせしばらく仕事少ないし〜とシグルドの言葉通り仕事はほぼ無いのだが、休憩時間を過ぎてまで、この猥談は続くのだった。

 昼食時、疲弊して真っ白に私は燃え尽きていた。ミスティが驚きながら隣に座り、訳をヒューノバーが話せば爆笑していた。

「あー! おっかし!」
「笑うな……笑うなあ!」
「あんた今後慣れとかないとキツくなるわよ? この星じゃあオープンな場所の方が多いんだから」
「うう、うう、私は猥談得意じゃあないんだよお。映画とかのキスシーンですら気まずくなる人間なんだから」
「その程度でえ? この前見てるって言ってたドラマ結構そういうシーン出てくるでしょ?」
「薄目で見てたんだよ。話自体は面白いけど」

 ヒューノバーはああ言う話は得意かと聞くと、そこまで好きではない。とのことだった。

「学生時代とかは結構ノリで話すくらいはあったけれど、進んでは話さないかな」
「よかった……よかった……」
「そんなに聞きたくないなら言語補助デバイス外せばいいのに」
「やったよ……けどサダオミさんが通訳してきやがったんだよ」
「ふふ、毒されてるわねサダオミさんも」

 おかしそうに笑うミスティだったが、ミスティはどうなのかとムキになって聞いてみる。

「私は普通に話すけど? 話すの嫌いじゃあないわよ?」
「うう、仲間が居ねえ」
「く、ふふ、あーはっはっは!」
「笑んなあ! 大体人前でもふもふするのは駄目なのに猥談はいいってどういう基準だ! 爛れてるよ!」
「それは……ねえ?」
「ねえ」
「話を完結させられた」

 ミスティに昼食を摂りながら揶揄われまくり、結局昼休みも休んだ気もせず仕事に戻るのだった。そうして暇すぎて潜航終了組も加わり、第二回猥談大会が開催され、終業後は再び燃え尽き灰になっていた。どうなってんねんこの惑星。

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