ニコちゃん先生
ここは学校……生徒たちが学んだり走ったり転んだりする場所。
そして俺は教師……。
そう、教師!
俺はついに教師になったのだ!
やっとなれた!
教師になるまでの間には実に様々な経験をした。
長かった。
三十路を手前にしてようやく夢を叶えることができたのだ。
最近は大変だが充実した日々を送っている。
子供たちの成長を見守るのは思いのほか楽しい。
特に俺が担任を務めるクラスは低学年だから、目に見えるくらいのスピードで子供たちはどんどん成長していく。
ところで俺は今、職員室で自分の受け持つクラスのテストの採点をしているところだ。
みんな字が汚い……。
なんだこの字。
なんて書いてあるんだ?
とか考えているところに、俺のクラスの生徒が訪ねてきた。
名前はルビン。
「ニコちゃん先生。おとーさんが用事だって」
俺は生徒たちから『ニコちゃん先生』という愛称で呼ばれている。
ルビンも例に漏れず俺のことをニコちゃん先生と呼ぶ。
周りの先生たちが俺のことを生温かい目で見てきた。
恥ずかしい。
どうにか愛想を良くしようと常に笑顔を心掛けていたら、こんな愛称をつけられてしまったのだ。
俺は咳払いをしてから立ち上がった。
「分かった。お父さんのところに案内してくれる?」
「うん!」
ルビンは元気よく頷いて歩き出した。
俺もそれに続く。
職員室を出て少し進んだところで、ルビンが立ち止まって手招きしてきた。
内緒話かな? と思って、俺は屈み込んだ。
思った通りルビンは周りに誰もいないことを確認してから耳打ちしてきた。
「先生。おとーさんとかおじーちゃんにどれだけ誘われても、裏稼業の道に戻っちゃだめだよ」
俺はため息をついた。
「こら。学校でそんな話はしないの」
「は~い」
ルビンは適当に返事をした。
本当に分かってるのかな。
まぁいいけど。
ルビンは、情報屋の孫娘だ。
この学校で唯一俺の過去を知っている。
幼いながらも、流石情報屋の孫娘というだけあって、とてもしっかりした子だ。
その筋から足を洗った俺のことを気にかけてくれているらしい。
こんな小さい子から心配されるなんて複雑な気分だが、実際この子の言う通りなのだ。
せっかく華麗に社会復帰を果たしたというのに、わざわざ危険なあの世界に戻るつもりはない。
情報屋の孫の担任になってしまったのは偶然だが、これまで相手から接触を図ろうとしてきたことはなかった。
今更何の用なのだろうか。
もしも勧誘だったら丁重にお断りするが。
どんな用事であれ憂鬱だな……。
俺は再び歩き出したルビンの小さな背中を見ながら、小さくため息をついた。