明の巻
神器による戦闘は、熾烈を極めた。
五対一で圧倒的優勢のはずが、繰り出す技は、ことごとく通じない。
パワー、スピードとも、以前の仄とは比べ物にならなかった。
「どうしたのです、皆さん。まるで止まって見えますよ」
冷笑を浮かべ挑発する仄。
神器により身体能力の向上した時空でも、相手の攻撃をかわすのがやっとだった。
切り札の
だが、全く近付く事が出来なかった。
「
柚羽の呼び出す猛獣たちが次々と襲いかかるが、仄の振るう双刀の敵では無かった。
神速の太刀が、死骸の山を築いていく。
「
「
凛と晶が、左右から波状攻撃を仕掛けた。
カマイタチを伴う斬撃と絶対零度の冷気は、有効範囲が広いため逃れようがない。
打ち合わせた訳でも無いのに、見事なコンビネーションだった。
だが……
「
仄の持つ双刀が、凄まじい勢いで旋回し始める。
巻き起こる烈風は、苛烈な摩擦音と共に両方向からの攻撃を弾き返した。
自らの技の直撃を食らい、凛の肩口から血飛沫が舞った。
一方の晶も両腕が凍結し、動きが封じられてしまう。
なんて奴だ!
あの技も新しい能力の一つなのか!?
勝ち誇った顔の仄に、時空が怒りの眼差しを向ける。
「駄目だわ。相手が強過ぎる!」
何度も光の波動を受け流され、打つ手の無くなった尊が悔しそうに叫ぶ。
「どうする?時空……」
尊と並んで構える時空も、唇を噛み締めた。
このままでは埒があかない
何か手は無いか……
何か……
やがて何か思い付いたのか、時空は前を向いたまま尊に話しかけた。
「尊、次に俺が仕掛けたら、俺の背後に向かって波動を打ってくれ」
その言葉に、尊は目を見開く。
「そんな事したら、あなたが……」
「奴に一太刀浴びせるには、奴の動きより速く間合いに入らねばならない。だから俺の縮地法をお前の波動で増幅させる」
仄を睨みつけたまま、小声で呟く時空。
「そんな……無理よ!」
「迷ってる暇は無い。いくぞ!」
尊の返事を待たず、時空は姿勢を低くすると一気に飛び出した。
考えている余裕など無かった。
尊は両手を時空の後ろ姿にかざすと、ありったけの波動を放った。
「
光の波が、津波のように時空に激突する。
「ぐっ!」
時空の口から呻き声が漏れた。
強烈な衝撃と痛みが全身を貫く。
それと同時に、時空のスピードが一気に倍化した。
入った!
狙い通り、仄が防御体勢を取る前に、時空はその懐に飛び込んだ。
「
すかさず、会心の一撃を放つ。
手答えはあった。
が……
八握剣は、仄の体に届いてはいなかった。
「惜しかったわね」
仄の口角が、大きく吊り上がる。
よく見ると、双刀の一つが蛇のトグロのように全身を覆っている。
「…………!?」
あまりの衝撃的な光景に、一瞬時空の動きが止まった。
なんだ、この剣は!?
「これが私の新しい力。攻守に優れ、自在に形態を変えられる剣……
双柱剣だと……!?
しまった!
捨て身の攻撃をかわされた時空の体は、隙だらけになった。
「これで終わりよ……
もう片方の剣から放たれた白い炎が、時空の体を貫いた。
「ぐうっ!!」
時空の口から鮮血が
「……トキっ!」
「……トキさんっ!」
遠くで、尊と柚羽の叫び声が聴こえた。
*********
部屋の隅では、鈴がその光景を見て震えていた。
皆どうかしている!
あんな動き……人間じゃない
まさか神器に、これほどの秘密があるとは思わなかった。
実物が見れると言う仄の言葉に、つい惹かれてここまで付いて来た。
湧き上がる好奇心を、どうしても抑えられなかったからだ。
だが今自分が目にしているのは、神器の正体などではない。
こんなもの……ただの殺し合いだ!
しかも仄は
鈴は、自分がまんまと騙された事に気付く。
仄が自分を誘った目的は、親切心などでは無い。
自分を餌に時空らを誘き寄せ、亡き者にするつもりだ。
知らぬ事とは言え、自分はその片棒を担いでしまったのだ。
人殺しの片棒を……
鈴の中を、筆舌し難い悔恨の念が広がった。
どうしよう……!?
このままでは、時空さんが殺されてしまう!
自分を助けようとやって来た人たちが、殺されてしまう。
どうしよう……
どうすれば……
錯綜しながら必死に考える鈴の視界に、褐色の古書が入る。
そうだ!
あの時仄は、道返玉は神器の新しい能力を引き出すと言った。
力を増幅する事が出来ると……
現に、仄はその力で闘っている。
ならば……
時空さんにも、同じ事が出来るのではないか?
仄と闘える力が得られるのではないか?
でも、どうすれば……
あの時、仄は何か叫んでいたっけ?
なんだったか……
そう……たしか……
「ぐうっ!!」
呻き声に振り向くと、炎に体を貫かれた時空の姿が目に入った。
あたりに血が舞っている。
それを目の当たりにした鈴の瞳に、決意の火が灯る。
「
叫び声と共に、本から七色の光が噴出した。
光は巨大な渦となり、たちまち時空の体を覆い包んだ。
あまりの鮮烈な閃光に、さしもの仄も顔をそむけた。
光は激しく蠢動しながら、少しずつ収縮していく。
やがて、その渦の中に人影が見えた。
誰かが、ゆっくりと出てくる。
時空だ──
全身から迸る闘気は凄まじく、その眼光は文字通り輝いていた。
体の傷は跡形もなく消えていた。
そして、その手には……
蒼い炎の燃え盛る、新たな八握剣が握られていた。
「時空……!?」
尊の声が震える。
全員が、その光景を固唾を呑んで見守った。
「待たせたな、仄……再戦といこうか」
微かに笑みを浮かべ、時空が言い放つ。
その闘気は、仄のそれと比しても見劣りしないほどだ。
この瞬間、その場の全員が時空が新しい力を得た事を理解した。
「見違えたわよ、時空……凄まじい力ね」
仄が感心したように言った。
「だから、無駄話はいらんと言ってるだろ」
そう吐き捨てると、時空は正眼に剣を構えた。
「いくぞ!」
掛け声一閃、時空は一気に仄の眼前に移動した。
仄の顔から笑顔が消える。
意表を突かれた焦りが、そこにはあった。
たちまち、壮絶な
神速を超えたその動きは、身体能力の限界をはるかに超えていた。
刀身からは火花が舞い、甲高い金属音が響き渡った。
永遠に続くかと思われた打ち合いが、突然止まる。
気付くと、時空と仄が部屋の両端に対峙していた。
「きりがないわね」
「次で終わりだ」
お互いそれだけ呟くと、その場で静かに構え直した。
究極奥義による決着……
言わずとも、二人がそれを繰り出そうとしている事が分かった。
暫しの睨み合いの後、一気に闘気が爆発する。
「真龍飛炎!!」
仄の剣から、白き炎が放たれる。
「
時空の八握剣からも、青き炎が放たれた。
それは紛れもなく、彼女が得た新しい技であった。
お互いの放った炎は中空でぶつかり、強烈な旋風が巻き起こった。
皆、飛ばされそうになるのを懸命に踏ん張る。
青と白の炎は混じり合い、渦巻きながら次第に縮小していった。
後には……
剣を下ろした時空が、一人立っていた。
「……仄は?」
まだ視界のかすむ尊が、頭を振りながら問い掛ける。
時空はゆっくり振り返ると、ため息をついた。
「姿を消した」
*********
その日を境に、仄は学校を休んだ。
本人からは風邪で体調を崩したと、連絡があったらしい。
勿論、嘘である。
あの闘いの最後、仄は突然姿を消した。
勝敗がついていない以上、そこには何か理由があるに違いない。
仄の家にも再び赴いてみたが、施錠されていて中の様子は分からなかった。
果たして、何を企んでいるのか……
いずれにせよ、今は様子を見るしか無かった。
*********
事代鈴は、家に戻って行った。
時空らとも相談し、ひとまず真相は伏せる事にした。
家族には、勉学のストレスから遠出をしていたと言い訳したらしい。
いわゆる、プチ家出だ。
かなり叱責は受けたが、無事に戻った事でこの件はひとまず終息をみた。
*********
「すみませんでした!」
書道部の部室で、集まった五人に鈴は頭を下げた。
「私のせいで、皆さんを危ない目に……」
「もういいよ」
時空が、笑みを浮かべて言った。
「お前のおかげで、あの場を乗り切れたんだ。逆に感謝してるよ」
「……そんな」
時空の言葉に、戸惑いの表情を浮かべる鈴。
「そうね。あなたが、八握剣の新しい力を引き出したのは大きいわね。これからの闘いも有利になる」
尊も感慨深げにフォローする。
「そうっすよ。あの時の時空先輩、カッコ良かったっす」
晶が顔を輝かせた。
目にハートマークが浮かんでいる。
その横の凛も、やはりハートマークを散らしていた。
「それにしても、伊邪那美仄って本当に卑劣ですわ。人の夢や願望を逆手に取るなんて」
「何かをしたいという欲望は、力にもなれば弱みにもなる。まさに諸刃の剣ね。好奇心が強いのも、ほどほどにしとかないとね」
憤慨する柚羽とは対照的に、尊が穏やかな口調で言った。
「実は……それだけでは無いんです」
「え、どういうこと?」
首を傾げ問い返す尊。
「確かに、神器見たさにあの家に行ったのは事実です。でも見る事が出来たのは、あなた方の神器だけでした。私が本当に見たかったのは、別のものなのです」
そこで言葉を切ると、鈴は道返玉の本を前に差し出した。
「あの日……仄さんと初めて会った日、突然この本が反応しました。その時はまだ意味が分からず、私は無意識に本を開きました。すると……今まで白紙だった頁に、浮かび上がったんです」
「浮かび上がったって……一体、何が?」
緊張した声で問いかける時空に、意味深な目を向ける鈴。
「二つの神器……
水を打ったような静寂が辺りを包んだ。