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第伍章「伊能の本懐」ノ捌

【Side 暗殺ギルドの首領】

(…………は?)

 伊能が、石を蹴った。 
 次の瞬間、土中からAランクの魔物ジャイアント・サンドワームが現れ、首領の下半身を丸呑みにした。口内に間断なく敷き詰められた牙でもって、そのまま食いちぎろうとしてくる。

「何ぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」

 首領は【インビジブル・ブレード】でジャイアント・サンドワームを細切れにする。
 伊能がまた、別の石を蹴った。
 次の瞬間、首領が立っていた地面がガラガラと崩れはじめた。首領は慌てながらも【飛翔】を使い、突如として底なし沼のように変化した地面から抜け出そうとする。
 伊能が、石を蹴った。
 すると今度は、空からワイバーンの群れが急降下してきて、飛び上がったばかりの首領を食い散らかそうとしてきた。
 首領が【インビジブル・カッター】と【飛翔】を細かく切り替えながらワイバーンたちを相手に奮戦していると、伊能がまた、石を蹴った。
 次の瞬間、先ほど落石を起こしたばかりの崖が、
 崖が、
 崖そのものが倒れてきた!

(うおぉおおおおぉおおおおおおおお!)

【結界】で身を守り、崩落の勢いの隙間を突いて【第二地獄暴風(ミーノース)】で岩壁を弾き飛ばす。
 そうしてやっとの思いで着地した時、ちょうど目の前に立っていた伊能が、石を蹴った。

(どういうこと、どういうこと、どういうこと!?)

 六六六個の異能を駆使し、正体不明の連続攻撃を辛うじて避けながら、首領は混乱の極地に達していた。伊能が石を蹴るたびに、魔物の群れが現れ、天変地異が起こる。そしてそのすべてが、首領に襲い掛かってくるのだ。しかも、首領が避けようとすると、必ずその方向からまた別の異変が襲い掛かってくる。そう、伊能は首領の動きすら予測しているのである。

「どういうこと!?」糸口を探りたくて、首領は伊能に話しかける。「コレは、アナタがやっていることなの!? コレはアナタの異能なの!? アナタ、非戦闘異能の【測量】しか使えないはずじゃ!?」

「ふぉっふぉっふぉっ」果たして伊能が、軒先で茶をすするような呑気さで答えた。「つい先ほど、【測量】の派生能力として【暦】と【バタフライ・エフェクト】を授かりましてのぅ。ワシは今、この森一帯のあらゆる生物・無生物の暦を――過去・現在・未来を把握しているのですじゃ」

(過去と現在と未来を!? いえ、それよりも、【バタフライ・エフェクト】って)その言葉から、異能のおおよその性能を予測する首領。(だからって、小石を蹴ったら魔物の群れが来る!? 天変地異が起きたりするものなの!? いや、いやいや、そもそも、そもそもよ!?)

 首領は空を見上げ、改めて驚愕する。
 天は、依然として血よりも赤い魔法陣――首領以外のすべての者の異能を封じる究極結界【グランドシジル・オブ・デビル】で覆われている。伊能は異能が使えないはずなのだ。事実としてミドガルズの将軍は異能を封じられている。

「どういうこと……? どういうことなのよ!」首領の声は、もはや悲鳴にも近かった。「アナタは今、異能を使えないはずなのよ!? なのにどうして、【バタフライ・エフェクト】を使うことができているの!?」

「はて?」伊能が、キョトンとした顔になる。「使っておりましたとも。お主が異能封じを使ったその時まで」

「とぼけないで! アナタは今、この瞬間、異能が使えないはずでしょう!?」

 伊能が、小石を蹴る。また、天変地異が発生する。

「ですから、そう言っておりますじゃろうに。使っておりましたとも。そして今はもう、『使い終わって』おるのですじゃ」

「『この森一帯のあらゆる生物・無生物』って言ったわよね!? この森に、いったいどれだけの生物がいると思っているの!? 加えて無生物も!? そんなの、異能の補助なしに記憶しきれるはずがないじゃない!」

「あぁ、あぁ、なるほど、なるほど。何をそんなに怯えているのかと思えば」

 伊能が――世紀の怪物が、朗らかに微笑んだ。


   ◆   ◇   ◆   ◇


「あぁ、あぁ、なるほど、なるほど。何をそんなに怯えているのかと思えば」

 地球において、異質。
 異世界において、なお異質。
 世紀の怪物・伊能三郎右衛門忠敬は、朗らかに微笑んだ。
 そして、言った。

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