弐章「継続は力なり」ノ伍
――ガキィィイイイイイインッ!
バルムンクの剣が、火花を散らした。伊能に向けて振り下ろされた別の剣を、受け止めたからだ。
伊能は大慌てで振り向く。するとそこに、見知らぬ大男がいた。身の丈三メートルはある大男が、伊能を一刀両断しようと、大剣を振り下ろした体勢で固まっている。対するバルムンクが、彼の剣で大男の剣を押し留めている。バルムンクが、伊能の命を救ってくれたのだ。
「イノーちゃん、逃げ――」
伊能とバルムンクの注意が、目の前の大男に集中しきった、その時。
「――【鑑定】!」二人の背後から、さらなる第三者の声がした。
途端、光の輪が伊能とバルムンクの首に絡みつく。輪はすぐに解け、二人の背後へと――いつの間にか立っていた、小男の口の中に吸い込まれていった。
「ふ、ふは、ふはははっ」こらえきれない、といった様子で小男が笑った。「王国最強の騎士と聞いていたから、どんなたいそうな異能かと思えば。【継続は力なり】ぃ? ただでさえ弱い性格系異能の中でも、さらに最弱。ほんのちょっと根気強くなるだけのザコ異能じゃないか」
バルムンクが、大男の剣を弾き返した。
「暗殺ギルドが誇る『屍天王』の四位と三位にして、合わせて頂点の我らテンペスト兄弟が出てくるまでも――」
敵の口上を待ってやるほど、バルムンクは甘くはない。大男を蹴り飛ばしたバルムンクは、返す刀で小男に肉薄し、ビッグボアすら輪切りにする剣技で小男を一刀両断しようとする!
……が、
「――なかったな」小男は、悠々と口上を述べきった。小男が、たった二本の指で、バルムンクの強烈な一撃を白刃取りのように止めてしまったのだ。
「なぁっ!?」人差し指と親指でつままれてしまった己の剣を見て、バルムンクは驚愕する。必死になって剣を取り戻そうとするものの、小男の力はあまりにも強く、小男の指を振りほどくことができない。「その力はいったい!? アナタ、【鑑定】の異能力者なんでしょ!?」
「ふははっ」勝ち誇ったように、小男が笑った。「私を単なる【鑑定】担当だと思わないことだ。私は二つの異能を持っている。職業系異能のような、ザコ異能の集合体ではない。最上位のシングル異能【鑑定】の他にもう一つ、シングル異能を持つ『ダブルホルダー』様だ」
「イノーちゃん、逃げて!」
言われてすぐさま、伊能は逃げ出した。伊能探検隊における最高戦力であり、戦闘と戦争のプロフェッショナルであるバルムンクがそう判断した以上、自分がこの場に留まってもバルムンクの邪魔にしかならない、と理詰めで判断したからだ。
ここで『ワシだけ逃げるわけには』とか『仲間を見捨てるなんて』などといったありきたりで場当たり的なことを口にし、バルムンクの覚悟と時間を無為にするような愚かさを、あいにくと伊能は持ち合わせていない。彼の過酷な人生が、彼をそのように教育したのだ。
だが、
「……に、逃さない」大男が見えない動きで移動し、伊能の行く手を遮った。
(こやつも異能持ちか!?)伊能は驚愕する。(巨漢のクセに、速すぎる!)
何しろ『目で追えない』のではなく、はなから『見えない』のである。
「我らは【怪力】と【俊足】のダブルホルダー、テンペスト兄弟!」小男が高笑いをした。「我らの標的となったことを女神に呪って、死ぬがいい」
(【怪力】の小男に、【俊足】の大男!?)
「見た目と異能がっ」依然として小男に剣を掴まれたままのバルムンクが、叫んだ。「逆じゃないのォ!?」
◆ ◇ ◆ ◇
【Side バルムンク】
「見た目と異能が逆じゃないのォ!?」
わざとおどけたようなことを口にして、ほんのわずか、一瞬だけ小男の注意を逸らすことに成功したバルムンク。
(優先すべきはイノーちゃんの安全!)
即座に剣を放棄し、大男の元へと駆け出す。彼我の距離は十メートルほど。それだけの距離を一秒で詰め切ったバルムンクは、勢いそのままに、大男の顔面へと拳を叩き込む!
「くっ……」
だが、バルムンクの渾身の一撃は、大男の大きな手でいともたやすく受け止められてしまった。大男が、そのままバルムンクの拳を握りつぶそうとしてくる。
(バカな。こっちも【怪力】持ちだっていうの!?)
いや、大男の方は【俊足】持ちのはずだ。それとも、兄弟揃って『ダブルホルダー』だとでもいうのだろうか。
その時、十メートル後方で小男が剣を取り落とす音がした。振り向くと、ナイフを構えた小男が、【俊足】そのものの異常な速度でこちらに突進しつつある。
(あっちも【俊足】持ち!? まさか、『ダブルホルダー』というのがブラフで、実は『トリプルホルダー』? いえ、トリプルだなんて、そんなの神話や伝説ですら聞いたことが――)
そんなことを悠長に考えている暇などない。このままでは、数瞬後には小男に背後から刺されてしまう。だからバルムンクは、大男につかまれている右手を起点に、片手懸垂の要領で素早く体を持ち上げた。
「っ――」小男が目を見開いた。このままでは兄弟の腹を刺してしまいかねないからだ。「弟よ!」
次の瞬間、大男の姿がかき消え、さらに次の瞬間、数歩分右隣に現れた。【俊足】で移動したのだろう。
その際に大男が手の離したため、バルムンクは利き腕を握りつぶされる危機から脱して、着地した。即座に伊能を抱えて刺客たちから距離を取り、彼の得物である大剣を拾い上げる。
伊能を下ろしてやると、かの少女は即座にテンペスト兄弟とは別の方向へ逃げはじめた。相変わらず頭の回転が早く、無駄口を叩かず、即断・即決・即実行の素晴らしい御仁だ、とバルムンクは内心微笑む。測量のこととなると人格が崩壊するのは玉に瑕だが。
剣を構え、伊能をかばうように立ちふさがってみせると、すぐさまテンペスト兄弟がバルムンクに襲い掛かってきた。
そこからはもう、一秒たりとも気の抜けない、地獄のような応酬だった。
【怪力】小男の強攻撃、
【俊足】大男の立ち回り、
【怪力】大男の強烈な拳、
【俊足】小男の見えない動き、
【怪力】かつ【俊足】の小男による目にも留まらぬ強打、
【怪力】かつ【俊足】の大男による回り込みからの大打撃。
それらすべての攻撃を、バルムンクは防御に徹して捌ききる。そんな、決死の舞踏を舞い続けることしばし。数分もすると、二人の動きに慣れてきた。思考するだけの余裕が出てくる。
(考えるのよ、バルムンク。『トリプルホルダー』なんて聞いたことがない。あり得ない。まずは二人ともが『ダブルホルダー』の可能性から考えてみるのよ)
小男と大男は、事実として【怪力】と【俊足】を使っている。二人がダブルホルダーなのは間違いない。
加えて小男は、バルムンクの異能を見抜いた。バルムンクはリリンとカッツェ以外の誰にも、自身の異能が性格系最弱異能【継続は力なり】であることを話したことはなかった。異能至上主義のこの世界で、ミドガルズ家の領軍を預かる将軍の異能が最弱だと広まるのは、外聞がよろしくないからである。そして、リリンとカッツェがバルムンクの秘密を漏らすことは絶対にない。つまり、小男が口にした異能【鑑定】は事実だということだ。つまり小男は実際に、同時に三つの異能を使っている。
(『同時に』……? 本当に?)立ち回りながら、バルムンクは違和感を覚えた。より仔細にテンペスト兄弟を観察する。(おや? おやおやおや?)
大男が怪力を発揮している瞬間、一方の小男は非力そのもの。
小男が瞬時に移動したその瞬間は、大男の方は愚鈍そのもの。
いずれも一秒に満たない隙だが、百戦錬磨のバルムンクの目には明らかである。
(やっぱりねェん)違和感は最初からあったのだ。
大男が初めて【怪力】を使ってみせた時、小男はせっかくバルムンクから奪った剣を取り落とした。あれはスピードを重視して重い剣を捨てたとか、使い慣れたナイフを好んだとか、そういう高等な理由ではなかったのだ。もっともっと単純な理由。そう、
(単に、アタシの剣が重すぎて、保持し続けることができなかったってこと! つまり――)
バルムンクは、答えを叫んだ。