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24「死闘」

 エンデ温泉郷郊外の城壁手前、ソリッドステート領軍本陣にて。

伝令兵「魔の森にてスタンピード発生! 第一波、来ます!」

父「うむ!」

 父がテントから飛び出す。
 待機していた将兵たちに対して、びっくりするほどの大音声で、

父「傾注(けいちゅう)!」

 ――ざっ!(数百名の領軍精鋭将兵が姿勢を正す音)

父「戦いの時である!
 諸君らが常備軍として雇入れられ、ソリッドステート領民からの血税で食わせてもらい、来る日も来る日も血反吐を吐くような訓練に明け暮れてきたのは、今、この時のためである!
 ソリッドステート領民に、ただ1人の犠牲も許容せぬ!
 無論、諸君らに対してもだ!
 剣を持て! 立ち上がれ! (とき)の声を上げよ!」

 ――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!

俺(すげぇ! 空気が震えてる!
 父、あんなカッコイイ演説をすることもできたんだ。
 やっぱり父は、大領を任される大貴族――辺境伯なんだ!)

父「配置に付け!」

 父の号令を受け、領軍将兵たちが城壁へと上がっていく。
 オリハルコン合金の城壁は、大量の石材を投入して魔改造されている。
 兵が歩くための、幅2メートルもの広々とした通路。
 兵が身を守りながら矢を放つための壁と銃眼。
 敵の矢や槍、投擲物から実を守るための屋根。
 城壁の左右には、オリハルコン合金で全面をカバーした2つの見張り台まで完備している。
 メディア帝都にすら負けず劣らない、まさに『城壁』だ。
 しがない温泉郷には不釣り合いな気もするが、相手が『魔の森』のスタンピードであることを思えば、これでもなお心細いくらいだ。

 とはいえ、壁の前面はすべて、リリン殿下特製のオリハルコン合金。
 オリハルコン・ドラゴンの大軍が突進してきたって、びくともしないだけの自信がある一品だ。

 将兵たちが、次々と城壁に上がっていく。

俺「俺たちも行くぞ」

メイド「そんな、危険です!」

俺「何を今さら。そのためのメイドだろうに」

メイド「っ。……はぁ。レジ坊ちゃまは、前に出すぎないでくださいね?」

ガブリエラ「同行します」

ノーラ「俺たちも行くぜ」

ネコたち「「「「「にゃーっ」」」」」

俺「お前たち……!」

リリン「余も行くぞ」

全員「「「「「それはまずい」」」」」

リリン「えええ!? 今、そういう流れじゃったろう?」

俺「さすがにリリンは危険だよ」

メイド「どうか、村の中央へ避難してください」

リリン「とは言ってもじゃなぁ」

俺「リリンはクララと一緒に、不安がっている子供たちを安心させてあげて。
 みんな、教会に避難しているはずだから」

リリン「っ! 妥当な仕事を割り振りおってからに。
 承知した。死ぬでないぞ、レジ?」

俺「了解」

 俺たちは城壁へと上がる。
 見下ろすと、

俺「ひえっ!? 地面が魔物で埋まってる!」

『第一波』という表現にふさわしく、まるで津波のような大量の魔物であふれかえっていた。

俺(満員電車かよ!
 ゴブリン、オーク、オーガにトロール、ビッグボアにバトルチキンにコボルト……
 あっちにはローンウルフの群れ! 一匹狼(ローンウルフ)が徒党を組むってどういうこと!?
 あっ、群れの中心にいる、光り輝いているアレはまさか、伝説の魔獣フェンリル!?
 げっ、頭が2つあるアイツは伝説の魔獣オルトロス!
 3つ頭のケルベロスまで!
 伝説の魔獣の見本市かよ!)

メイド「参ります」

 ――シュタッ(メイドが大ジャンプし、フェンリルの背中に飛び乗る音)
 ――ビッ ビッ ビッ(メイドが音速の刃でフェンリルと周囲の魔物の首を狩る音
 ――シュタッ(メイドが再び大ジャンプし、城壁の上に着地する音)

俺「TUEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!!」

メイド「それほどでもあります(すんっ)」

ガブリエラ「ウチも負けてられません!」

 ガブリエラもまた、メイドと一緒に魔物の『波』の中へと飛び込んでいく。

ノーラ「俺たちもやるにゃ!」
ネコたち「「「「「にゃーーーーっ!」」」」」

 ノーラの矢や【風聖】の風魔法、そして他のネコたちによる得意武器の投擲攻撃が、魔物の数を減らしていく。

俺「俺も戦うぞ! 【収納】!」

 ――グシャァッ!(虚空から現れた巨大な岩が、魔物を叩き潰す音)

 今の俺は、戦闘能力皆無の【収納聖】。
 だが、高所にいる場合に限っては、実はかなりの戦闘力を誇る。

俺「【収納】! 【収納】! 【収納】!」

 ――グシャッ!
   ――グシャッ!
     ――グシャッ!

 そう、壁の上から岩を落とすだけでも、十分な破壊力を持つからだ。

領軍将官「投石部隊、構え! 投石!」

 ――ガラガラガラガラッ! グシャグシャグシャッ!(領軍兵士たちがマジックバッグから岩や石、鉄球を落として魔物たちを倒していく音)

 マジックバッグが広く普及している帝国においては、実は高所からの投石攻撃が最もポピュラーな攻撃方法だったりする。

俺「【収納】! 【収納】! 【収納】!」

領軍将官「投石!」

 ――ガラガラガラガラッ! グシャグシャグシャッ!

 何度も何度も投石攻撃を続ける。
 ときどき、オーガのような知能を持った魔物がハシゴをかけて登ってくるが、そういった連中は精鋭領軍兵士の槍攻撃で串刺しになり、ハシゴをひっくり返される。
 フェンリルやオルトロス、ケルベロスのような伝説の魔獣が強烈な突進攻撃を仕掛けてくるが、オリハルコン合金の壁はびくともしない。

俺「【収納】! 【収納】! 【収納】!」

領軍将官「投石!」

 ――ガラガラガラガラッ! グシャグシャグシャッ!

 魔物をいくら倒しても、魔の森から次々と湧いてくる。
 俺たちは際限なく戦う。
 戦う。戦う。戦う。
 戦い続ける。

 ……
 …………
 ………………
 ……………………

 どのくらいの時間が経っただろうか。
 数十分か、数時間か。
 緊張の連続で、時間の感覚が曖昧だ。
 気がつけば、城壁の下に『坂』が出来上がっていた。
 魔物の死体がうず高く積み重なったんだ。

 ――ウガァアアアアアアアッ!

 その坂道を駆け上ってきた身の丈十数メートルのトロールが、ついに高さ100メートルの壁に手をかけた!

領軍将官「炎魔法部隊、一斉射!」

領軍【炎】スキル保持者たち「「「「「【火球】ッ!」」」」」

 強烈な炎が降り注ぎ、トロールと、その下にある魔物の死体の坂を焼いていく。

 屍で築いた坂道が、あっという間に消え果てる。
 その事実に恐怖したのか、魔物たちが怯みはじめた。
 後方の魔物たちが、ついに逃げ出しはじめる。

俺「やった、勝っ――」




 ――ゴァァアアアァアアアアアアアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!




 魂を震え上がらせるようなシャウトが、辺り一面に響き渡った。
 とたん、逃げ腰だった魔物たちの目がらんらんと燃え上がり、再び魔物たちが城壁に殺到しはじめた!

俺(今のシャウトには、魔物たちを強制的に戦わせる力があるのか!?
 魔の森のぬし的なヤツが、恐怖か洗脳か何かで、魔物たちを操っている?)
俺「なぁガブリエラ、魔の森のぬしみたいなヤツの姿はないか!?」

ガブリエラ「にゃ、にゃんにゃんだ、あれは……」

 ガブリエラの視線の先で、超巨大な何かが蠢いていた。
 薄っすらと光り輝く、岩肌。
 オリハルコン・ドラゴンたちの棲み家であり、多量のオリハルコンを含んでいる山――オリハルコン鉱山。

 その、鉱山が、『起き上がった』。

 ――ゴァァアアアァアアアアアアアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!

 鉱山が、(いなな)く。

俺「違う――ッ! あれは、オリハルコン鉱山なんかじゃなかった。
 あれは、あれこそが――――……」

 今、【鑑定】の力をまとった俺の視界には、とある文字が浮かび上がっている。




『オリハルコン・ドラゴン・クイーン』




俺「あれこそが、ドラゴンそのものだったんだ!」

 ――シュタッ(メイドが隣に降り立った音)

メイド「あの超巨大ドラゴン、遠近感が狂ってしまって体の大きさがまるで分かりませんが……
 少なくとも、この城壁程度なら簡単に踏み潰せそうでございます」

俺「そんなっ、どうすれば!?」

領軍兵「ひぃ……!」
領軍兵「もうダメだ、おしまいだ!」
領軍兵「勝てるわけがないよ!」

 さしもの精鋭兵士たちも、自分たちをアリのように踏み潰せる存在の登場に、逃げ出しはじめる。

 ――ゴァァアアアァアアアアアアアァアアアアアアアアアッ!!

 また、オリハルコン・ドラゴン・クイーンのシャウト。
 その、魂を凍りつかせるような恐ろしいシャウトに、俺は立っていられなくなる。
 しゃがみ込むと、メイドが抱きしめてくれた。
 だが、そんなメイドの腕も、震えている。

 辺りが、暗くなった。
 空には、依然として太陽が上がっている。
 けれど、エンデ温泉郷は陰に包まれた。
 今や完全に立ち上がったオリハルコン・ドラゴン・クイーンの体によって、太陽を遮られてしまったからだ。
 オリハルコン・ドラゴン・クイーンが、一歩、また一歩と、こちらに向けて歩き出した。

俺(どうすれば……どうすれば、どうすれば、どうすれば!)

しおり