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18「正妻現る」

俺「実はかくかくしかじかで。旅館の運営をお願いしたいんです。
 お給料は、様子を見つつですが、とりあえずはこのくらい(金額チラリ)。
 従業員はここで雇って連れて行っても良いですし、村で雇っていただいても良いです。
 従業員の給料も私が出します」

旅館の元オーナー「素晴らしい条件ですが……一つお伺いしてもよろしいですか?」

俺「もちろんです」

元オーナー「どうして宿を誘致なさるので?
 エンデ村は人口も少なく、観光資源もない村なんですよね?
 失礼ながら、宿の需要があるとは……」

俺「実はその、観光資源が見つかりまして」

元オーナー「というと?」

俺「掘り当てちゃったんですよね」

元オーナー「まさか――――……温泉!?」

俺「(ニヤリ)」

元オーナー「うおおおおおおっ! 乗ります! 乗ったぁ!
 来た! 温泉来た! これで勝てる!
 百年続いた老舗も私の代で最後か、と覚悟していたのに、温泉宿として生まれ変われるとは!」

俺「私からも聞いていいですか?」

元オーナー「喜んで!」

俺「良い旅館ですし、良い立地なのに、どうして潰れたんですか?」

元オーナー「あぁ、それは……領都の旅行客向け宿は、どこも同じような状況なのです。
 ここ10年ほどをかけて、旅をする人がどんどん減ってきてしまって」

俺「どうして旅人が減って――もがっ(メイドに口を塞がれる)」

メイド「ちょっとお花摘みに行ってまいりますね!」




   ◆   ◇   ◆   ◇




俺「どういうことさ?」

メイド「皇帝批判はまずいでしょう!?」

俺「あっ(察し)」
俺(そうだったそうだった。先日メイドに教えてもらったばかりじゃないか。
 今の皇帝は【従魔王】。王都周辺の魔物を沈静化できるほどのものすごいスキルだが、逆に言えば王都周辺以外はその効果が及ばない。
 今の皇帝は、地方領主たちから集めた税金を贅沢や宮廷貴族たちの機嫌取りのためだけに使っている。
 つまり、魔物の討伐におカネを使っていないんだ。
 そんなこんなでかれこれ10年、魔物が数を増やして、人々が王都と地方都市間を旅行できないほど治安が悪化したってことなのか)




   ◆   ◇   ◆   ◇




俺「中座してしまい、すみませんでした」

元オーナー「いえいえ、お気になさらず」

俺「誘致のお話、前向きにご検討いただけているようですが、一つだけ注意事項が。
 誘致しておいて何ですが、エンデ村は『魔の森』に隣接しており、魔物が多い土地です。
 防備は固めつつありますが、ご自身の命に関わることですので、どうか私への忖度無しに判断してください」

元オーナー「魔の森……ごくり」

俺「あっ、とはいえ安全は保障しますよ!
 このメイドは、あの有名な【剣聖】ブルンヒルド・オブ・ソリッドステートなのです」

元オーナー「あの伝説の冒険者様!?」

俺「さらに、こちらの女性は【剣伯】ガブリエラ・オブ・バルルワ」

元オーナー「【剣伯】様ですって!?」

俺「他にも【弓聖】と【風聖】がいるのと、【斧】、【槍】、【格闘術】、【炎】、【調合】、【治癒】、【罠】で上級持ちがおります」
俺(改めて思うけど、ネコたち――『キャッツアイ』はめっちゃレベル高いよな。
【暴食】のことがなければ、きっと隣国でSランク冒険者として名を馳せていたことだろう)

元オーナー「そこまで強者が揃っておられるのなら、何の心配もありませんな。
 改めまして、わたくし、アズマと申します。これから、どうぞよろしくお願いいたします」

俺「これはどうも、アズマさん。
 私はストレジオ・ソリッドステートです。
 今は、エンデ村の領主名代を勤めております」

元オーナー あらため アズマ「おお、やはりお貴族様でしたか。それも、ご領主様のご子息。
 わたくしはしがない平民でございますので、どうか呼び捨てにしてください。
 口調も砕けたものにしていただいて」

俺「そう? じゃあそうさせてもらうね」

アズマ「ストレジオ様、エンデ村に料理人はいらっしゃいますか?」

俺「うーん。オークを捌ける人ならいるけど、料亭料理を出せるような腕前の人はいないかな」

アズマ「それでしたら、私と同じ事情で職を失った料理人を連れてきても?
 他にも、ベテランの仲居なども。
 温泉宿として人気を博すことを見込むと、私含め10名体制が必要となります」

俺「10!? ちょーっと待ってね。計算してくるから」




   ◆   ◇   ◆   ◇




俺「クララーっ! クララ、出てー!」

 ――ヴゥン

クララ「はいはい。何でしょう?」

俺「宿屋の主人の他に、あと9人連れてきてもいい?」

クララ「合計10人ですか。
 ガブリエラさんたちの時もそうでしたが、レジ様には驚かされてばかりですね。
 でも、大丈夫ですよ。水も食料もおカネも、まだまだ全然余裕があります」

俺「おっけ。さっすがクララ」




   ◆   ◇   ◆   ◇




俺「10人、オッケーです!」

アズマ「ありがたき幸せ! ではさっそく、集めてまいります」

俺「2日後に、また来るから。
 メイド、馬車の手配よろしく」

メイド「かしこまりました」




   ◆   ◇   ◆   ◇




 2日後。
 エンデ村にて。

アズマ「(馬車から降りる)おおおっ! ここが我らの新天地ですか!
 うわっ、本当に私の旅館が建ってる!?
 話は聞いておりましたが、実際にこの目で見ると、衝撃的ですな」

ベテラン仲居「それよりアズマさん、温泉ですよ温泉!」

ベテラン料理人「俺は魔物肉を捌くのが楽しみで……って、こりゃ伝説級の魔物・極楽鳥じゃないか! あの、天にも登るほどの旨味を持つというSランク食材!
 あっちはAランクの魔物・ツキノワベアーの手!?
 こっちはキラービーの巣!
 高級食材の――宝の山じゃないか!」

俺「あ、あはは……」
俺(ネコたちが遊び感覚で高ランクの魔物を狩ってきては、村の入口に積み上げていくんだよなぁ。
 お陰で村人たちは大喜びで、だからこそ大メシ食らいのネコたちがすんなり村に溶け込むことができたわけだけど)

料理人「あれもこれもそれも! おいアズマ、ここは天国か!?
 温泉に、超高級食材料理!
 これは流行るぞ! 間違いなく!」

 こうして、プロジェクト『温泉郷化で村興し』が始まった!




   ◆   ◇   ◆   ◇




 時は流れ、2週間後――。

村の女性「最後尾はこちらです! 温泉は逃げませんので、並んでくださーい!」

 ――ガヤガヤ、ザワザワ

露天の店主「極楽鳥の串焼きだよ! この美味さ、まさしく極楽だよ!」
露天の店主「キラービーの極上ハチミツ! 焼き立ての白パンに塗って召し上がれ!」
露天の店主「温泉卵はいかがっすか~? バトル・オブ・チキンの濃厚卵っすよ~」

俺(長蛇の列! いやぁ、あっという間に栄えたな。
 温泉は大小7つ。宿は新たに5軒持ってきた。『エンデ温泉郷』全体で、100部屋を超えている。
 当初の目的だった行商人の誘致どころか、観光客目当ての露天や、ネコたちが狩ってくる魔物素材目当ての商店まで建ちはじめていて、村の入口から旅館までが商店街と化している。
 商人が買い取ってくれるから、『魔の森』に冒険者たちが入るようになりはじめていて、村の治安も良くなった。
 これはもう、『村』じゃなくて『街』だな。
 治安、水、食料、交易――これで、エンデ村が抱えていた問題は全部解決したな。
 問題は、派手にやりすぎて皇室から目を付けられたりしてないか、ってことなんだけど……大丈夫だよね?)

ガブリエラ「買い取りのおっちゃん、フェンリル狩ってきたにゃ。買い取って」

 ――ザワザワッ
野次馬「「「「「伝説の魔獣!?」」」」」

メイド「買い取り屋のご主人、オルトロスを狩ってまいりました。査定をお願いできますか?」

 ――ザワザワッ
野次馬「「「「「伝説の魔獣!?」」」」」

俺(だ、大丈夫なはず。温泉を掘り当てたのも、巨大な旅館を運んだのも、全部ガブリエラがやったことにしてるし。
 魔物はネコたちとメイドが狩ったことにしてるし、事実そのとおりだし。
 まぁオリハルコン・ドラゴンが出たときだけは、俺が狩ってるんだけど)




村の女性「困ります、お客様!」




俺「どした?」

村の女性「こちらのお客様が、順番抜かしをしようとされまして……」

俺(フードにマント。小柄だ。子供?)

俺「お客様、当温泉郷では、横入りは禁止しておりまして――って、うわわ!?(抱きとめる)」

謎の子供「はぁっ、はぁっ……頼む、はよぅ湯に浸からせてたもう(フードが外れる)」

俺(美っっっっっっっっっっっ少女!? 10歳、11歳くらいか?)

謎の美少女「けふっ(吐血)」

俺「え? えええええっ!? 大丈夫ですか!?」

美少女「このとおり死にかけておってな。
 ワラにもすがる思いで湯治に来たのじゃが……」

俺「【上級治癒】使いがいます! こちらへ!」




   ◆   ◇   ◆   ◇




 旅館の一室にて。

メイド「【治癒】! 【治癒】!
 ……ダメですね。メイドには、この方を癒やすことはできません」

俺(前にも見たな、この展開。
 そう、着任初日、クララの母親を治した時のことだ)
俺「毒か?」

メイド「それが……分かりません。
 病気か、でもこの反応は……?」

美少女「けふっ(吐血)。ぜぇっ、ぜぇっ……」

俺(ひどい顔色だ)
俺「あのっ、俺、実は――もがっ(口を塞がれる)」

メイド「レジ坊ちゃま(俺の手を引いて外に出る)。
 レジ坊ちゃまは、女神様ではありません。全ての人を救うなんてことは、できないんです。
 クララさんの母親のことは、レジ坊ちゃまが領主名代だから大義名分が立ちました。
 村の中だけのことなので、口止めも効きます。
 が、あの方は通りすがりの旅人です。
 見ず知らずの他人を助けて。
 そのことが知られて、ウワサになって広まって。
 そんなことになったら、病人や怪我人がレジ坊ちゃまのもとに殺到しますよ。
 レジ坊ちゃまは、世界中の病人を癒やして回るおつもりなのですか?
 それは、『スローライフを送りたい』というレジ坊ちゃまの願いに反することではないのですか?
 何よりメイドは、レジ坊ちゃまの名声が広まって、皇室に目を付けられてしまったり、クーデターを目論む領地貴族たちの神輿として担ぎ上げられてしまうことを危惧しております」

俺「分かってるさ。分かってるけど……」

メイド「それとも、あの子が可愛いから?」

俺「…………」

メイド「意地悪を申してしまい、すみません。
 レジ坊ちゃまは真正のお人好しですから、きっと相手がお婆さんでも治してしまうのでしょう」

俺「買いかぶり過ぎだよ。
 俺は、小心者なだけなんだ。俺なら助けられるかもしれないのに見殺しにしてしまったら、あとで絶対に夢に見ちゃうから」

メイド「…………」

俺「悪い。メイドには苦労をかけるけどさ」

メイド「みこころのままに(うやうやしくお辞儀をする)」

 俺たちは部屋に戻る。

俺「失礼しました。
 今からお話することは、くれぐれも他言無用でお願いしたいのですが……
 実は、アナタを治すことができるかもしれないんです」

美少女「それはまことか!? けふっ(吐血)」

 美少女の血が俺の顔にべったりと付着する。

俺「わーーーーっ!?
 あ、あくまで可能性ですが」

美少女「ぜひに頼む!」

俺「では、目を閉じていただけますか?」

美少女「うむ」

俺「【収納】!」

 ――シュンッ(美少女が消える音)

俺「【目録】。『謎の美少女』を長押ししてっと」

メイド「やっぱり、『美』って付いてるじゃないですか。
 口では抵抗してても、【目録】は正直ですねぇ」

俺「あ、こらっ。覗き込んでくるなよ~」

メイド「はいはい」

俺「長押しすると」




『謎の美少女』
『呪い』
『【色欲】』




俺「の、呪い!? あと、見ちゃいけないようなヤバい文字も……」
俺(確か、昔読んだマンガに『七つの大罪』ってあったよな)

メイド「【傲慢】、【強欲】、【嫉妬】、【憤怒】、【色欲】、【暴食】、【怠惰】。
 それぞれに呼応した魔王がいる、という話ですね。
 実際に魔王がいるわけではなく、そういう伝説がある、という話ですが。
 一説には、かつてこの星を七等分にして支配していたが、女神様が退治してくださったとか」

俺「へぇ」
俺(この世界でも『七つの大罪』ってあるんだ。
 まぁ、どんな世界でも思いつきそうな設定ではあるのかな。
 それか、俺以外にも地球からこの星への転生者がいて、ソイツが持ち込んだとか。もしくはその逆も?
 まぁ、今はとにかく――)

俺「『呪い』を残して、『少女』よ――」

メイド「『美』」

俺「うぐっ。『呪い』を残して、『美少女』よ出ろ! 【収納】!」

 ――シュンッ(美少女が現れる音)

美少女「…………お? お、お、おおおおおおおおおおおおっ!?
 全然苦しくない! こんなにも爽快な気分は、生まれて初めてじゃ!
 そなた!(俺の手をぎゅっと握りしめる)」

俺「ひゃい!?」
俺(至近距離美少女の裏表ない笑顔の破壊力、エグすぎるっ)

美少女「余はそなたが欲しい! 余の婿になってたもれ!」

俺とメイド「「…………え?
 えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!?!?」」




 これが、のちに俺の(あるじ)にして妻となる、リリン・メディア――メディア帝国第一皇女との出逢いだった。

しおり