7曲目『パイレス・スーパーモヤシモードをマスターしよう!』
『リハリハ』が終わり、夏ライブを明後日に控えた七月三十一日のこと。人生初の晴れ舞台を目前にして、俺は人生最大の窮地に立たされていた。
『スーパーモヤシモード』が、長続きしなくなってしまったんだ。今や、272bpmの『もやしマシマシロックンロール』を一曲叩ききるだけで精一杯。俺とアオ先輩は一曲終わるごとに離席する羽目に陥っていて、正直言って他のメンバーからかなり怪しまれている。
「先輩、先輩っ」
「んっ、んんっ、あんっ」
俺たちはいつものように、部室の裏で絡み合っている。俺の手汗が先輩のキャミソールに染み込んでいく。
こんなにも暑い日なのに、アオ先輩は相変わらず長袖姿だ。さすがに革ジャンは止めて、薄手のジャケットに変わっていたが。先輩はけっして腕を見せない。何かこだわりがあるのかもしれない。ところで今は、俺の不調の話だ。
「も、もう十分だろう⁉ 早く戻らないとくれなゐたちに怪しまれるよ」
不調の理由は、分かっている。アオ先輩のスキンシップが、日に日に少なく、控えめになりつつあるからだ。こちらはただでさえ免疫が付きはじめているのに、先輩の、塩対応で嫌々な様子のスキンシップ。俺は不完全燃焼気味で、不満を溜めている。
「先輩、もうちょっとだけ……」
「ダーメっ。もうお仕舞い。戻るよ」そう言って、衣服の乱れを整えながら、さっさと戻っていくアオ先輩。
「…………」エサを与えるだけ与えておいて、釣れてしまったら生かさず殺さずだなんて。正直、アオ先輩はひどいと思う。だが、先輩に頼りっきりなのも良くない、というのも分かっている。いつも先輩が隣にいるとは限らない。先輩のいないところでハイテンポを叩かざるを得ない状況に直面しても、自分一人で対処できるようにならなければならない。
いわゆる『パイレス・スーパーモヤシモード』の会得だ。
そう考えながらも、先輩の胸の感触が心地良過ぎて、ずるずると今日まできてしまったのだ。先輩は、そんな下心まみれな俺のことを怒っているのかもしれない。いや、俺が積極的になってきたから、引いてしまったのかもしれない。俺のことを気持ち悪く思っているのかも。
「先輩、ちょっと聞きたいことが――」
「ぼっ、ボクは用事があるから! また明日の練習で!」
練習が終わるやいなや、脱兎のごとく逃げ去っていくアオ先輩。やっぱり、俺は避けられている。俺、何か先輩に嫌われるようなことをしてしまったのだろうか。いや、心当たりはある。むしろ心当たりしかない。今日も通算三回、乗り気でない様子の先輩を部室裏に連れ込んで、勝手に胸を揉みまくってしまった。うん、普通に犯罪だ。最初に始めたのがアオ先輩だとはいえ、嫌われて当然の所業だろう。むしろ通報されていないのが温情まである。いや、明後日の夏ライブが終わったら、クビを言い渡され、警察に引き渡されるかも……。
「おうおうおう、どうしたモヤシてめーこの野郎」くれなゐ先輩が部室から出ていったタイミングで、イナズマちゃん先輩が話しかけてきた。「最近、男らしくなったと思ってたのに、四月の頃みたいに青い顔しやがってよぉ」
「悩みがあるんなら聞くで~」とシロ先輩。
今、部室には俺とイナズマちゃん先輩とシロ先輩しかいない。俺の心配事は、アオ先輩に関することだ。となると、くれなゐ先輩がいると、話が確実にこじれる。イナズマちゃん先輩は無邪気な顔をしつつ、実は俺とアオ先輩の問題に気付いていて、タイミングを見計らってくれたのかもしれない。
「イナズマちゃん先輩ぃ~」そう思うと、イナズマちゃん先輩が無性に頼もしく思えてきて、俺は先輩にすがりついてしまった。「聞いてもらえますか⁉」
「おうよ!」イナズマちゃん先輩が薄い胸をどんと叩く。「俺様がひと肌脱いでやらぁ!」
俺は、話した。もちろん、アオ先輩の名誉とくれなゐ先輩の心の平穏を守るために、俺とアオ先輩が陰で叡智なことをしている点は伏せたけど。なので、
『アオ先輩が最近よそよそしい』
『俺が、何か先輩が嫌がることをしてしまったのかも』
『そのことが心配で、スーパーな速度で貧乏ゆすりするモードが安定しない』
といった、ふわっふわな内容になってしまった。
♪ ♪ ♪
「ってぇ話なンだがよ」翌日、部室棟の片隅で、イナズマがそう言った。「アオ、お前最近、様子がオカシイぜ。モヤシのヤツも、お前が距離を取る所為で、モヤシなんたらモード? とかってのが調子悪いとか何とか言ってたしよ」
「…………」アオは、戸惑っていた。イナズマとシロからの急な呼び出しを受けて、おっとり刀で駆けつけてみれば、イナズマとシロが待ち構えていた。まるで尋問でも始めるかのような、物々しい雰囲気で。
「何かあったんじゃねぇのか? 話せ。俺様にできることならなンだってしてやるからよ」
「なっ」イナズマの気持ちは素直に嬉しかったが、話せるはずがない。「ナンデモナイヨ」
「ねぇわきゃねぇだろ~。どれだけ深い付き合いだと思ってンだ、アオこの野郎。お前の様子がおかしいことくらい、俺もシロもお見とおしだぜ」
「ほっ、ホントウダヨ」
「実際、お前のパフォーマンスは落ちているし、モヤシもリズムがガタガタだ。明日はもう、夏ライブ当日。百ある軽音楽部のバンドのうち、出場できるのは十だけだ。九十ものバンドを蹴落として手に入れた出場権。半端な演奏なンて見せた日にゃ、ガチで心象最悪だぜ」
「そ、それは」
そう。今ここで問題を有耶無耶にして、適当な演奏でお茶を濁してしまうのは、部員百数十名に対してとても失礼で不誠実な行為だ。それに、下手くそな演奏実績を残してしまったら、『青子緑子』の醜聞にもなりかねない、との打算的かつ切実な思惑もある。
「で、どうなんだ?」イナズマが、じっと見つめてくる。「隠し事は、ためにならないぜ」
冷や汗ダラダラなアオだったが、ついに折れた。「実は……」
「なるほどなぁ~」シロが、顔を真っ赤にしながら天を仰いだ。「ウチらに隠れて、熱烈なハグを。薄々気ぃ付いとったけど、まさかそこまで過激なことになっとったとは」
「過激? どういうことだ?」イナズマが、曇りのない眼で言った。「ただのハグだろ?」
「ん? あー。せ、せやで~」シロが何かをごまかすかのように、イナズマをぎゅっと抱きしめる。「ハグや。仲良しハグ」
「おう! ぎゅーっ」
そうやって抱きしめ合う二人を見ていると、アオは心がきゅっとなる。二人の姿は、否応なく恋人のカンケイを想起させる。
(やっちゃん……)アオは思い出す。十年前の日々を。自分が犯した、許されない『罪』を。(やっちゃんは、忘れている。ボクの狙いどおりに。でも、これ以上親しくなってしまったら、きっとやっちゃんはこの壮大な『勘違い』に気付いてしまう。十年前の『あのこと』が、露呈してしまう。せっかく彼が忘れてくれているのに。こうして準備に準備を重ね、ここまで上手くやってきたのに、すべてがぶち壊しになってしまう。そうしたら、やっちゃんは絶対に、ボクを嫌う。やっちゃんに嫌われてしまったら、ボクはもう生きてはいけない。だから)
「何をそんなに悩んでンのか知ンねぇけどよ、お前はモヤシのことが好きなんだろ?」
「ち、違う。ボクはそんな」
「何でだよ。モヤシのことを見ていると、ドキドキして集中できなくなるってさっき自分で言ったじゃねぇか。モヤシのことを考えると他のことが手につかなくなるから、それが怖くて距離を取ろうとしてるンだろう? それが『好き』でなきゃ、何なンだよ」
「!」
「そんなに好きなら、さっさと告白してガツンと抱かれりゃいいンだよ」
「そんな簡単な話じゃ――え? え、ええっ⁉ だっ、抱かれっ、ええええ⁉」アオの記憶が正しければ、イナズマはこう見えても箱入りで、処女で乙女で異性との交際経験も皆無のはずだ。そんなイナズマの口から飛び出した、あり得ないほど過激な発言に、アオは混乱する。
「あー、あーっ」シロが慌てた様子で、「せやな、ハグや。仲良しハグ、仲直りハグやな」
「そうそう。俺たちだって、ケンカしたときはよく仲直りに抱き合うもンなっ」
「ハグな、ハグ」そう言って、イナズマを後ろから抱きしめながら、冷や汗ダラダラのシロ。
(なるほど、シロの仕込みか)何やら百合の波動を感じる。きっとシロがイナズマに対して、無知シチュ的なナニカを仕込んで楽しんでいるのだろう。罪深いことだ。(シロもシロで、闇が深いなぁ。けど)
イナズマの言葉は、示唆に富んでいた。図星だったのだ。モヤシを見ていると、夢中になる。モヤシのことを考えると、何も手につかなくなる。アオは、それが怖いのだ。
実際、『もやしマシマシロックンロール』を書いてからもう四ヶ月にもなるのに、アオは未だに新曲を出せていない。曲なんて、そうポンポン書けるものではない。ないが、それでも数ヶ月に一曲は出し続けなければ、フォロワーたちに存在を忘れ去られてしまう。
先日、恐る恐る確認したところ、ニコ動の『もやしマシマシロックンロール』動画(最後の投稿動画)に『失踪』タグが付いていた。『青子緑子』としての活動が人生のすべてであるアオにとって、『失踪』タグは恐怖の象徴だ。現代の若者は、インスタンス思考だ。ハマるのも推すのも早いが、忘れるのもまた早い。四ヶ月と言ったら一年の三分の一。一年と言ったら、言わずもがな一年生が二年生になるほどの長い長い期間だ。それほどの期間の三分の一。忘れるには十分な時間だ。このままでは、青子緑子が忘れ去られる。青子緑子が死んでしまう!
(やっちゃん――いや、モヤシちゃんに嫌われたくないだの何だの言っても、本心はただの保身だ。相変わらず、ボクは薄汚い人間のまま。十年前から何も変わっちゃいない。こんなボクに、モヤシちゃんを愛する資格なんて、ない……)
「善は急げ、だ」イナズマが立ち上がった。「俺様がモヤシを呼んできてやる」
「まっ、待ってくれ!」アオは必死で、イナズマを引き止める。「キミたちは勘違いをしている。ボクがモヤシちゃんを好きになることは、絶対にない!」
♪ ♪ ♪
俺は、混乱している。バンド練習のために来てみれば、部室棟の片隅――人通りが滅多にない二階の廊下の隅から先輩たちの声がした。合流しようとしたら、俺の名前が出てきた。だから思わず立ち止まり、廊下の角に隠れてしまったんだ。
盗み聞きは良くない。今直ぐ立ち去るべきだ――そう思ったが、動けなくなった。
「ボクがモヤシちゃんを好きになることは、絶対にない!」アオ先輩の、凍りつくような冷たい言葉を聞いてしまったからだ。初めて聞く、底冷えするようなアオ先輩の声。
足が震える。
視界が狭まる。
動悸が激しくなる。
俺はたまらず逃げ出した。
♪ ♪ ♪
――ガタンッ
「えっ⁉」突然の物音に驚いたシロが、廊下の角を曲がった。「あっ、モヤシちゃん!」
モヤシちゃん。百瀬ヤスシ。彼に聞かれていたのだ。その事実に、アオは死にたくなる。
「何ぼさっとしてるンだ! 早く追いかけろ!」
「む、無理だよ」
「いいから行け!」
「無理だ。ボクには、追いかける資格がない」
「うだうだ言ってねぇで――」イナズマが飛び上がった。ジャンピング頭突き。「行け!」
「ぎゃっ⁉」目の中で火花がハジけた。「何すん――」怒りにかられたアオだったが、
「いってぇえええええええ!」
頭突きした方のイナズマが転がり回っているのを見て、かえって冷静になってしまった。
「……ありがとう。行ってきます」
♪ ♪ ♪
――恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!
俺の心はぐちゃぐちゃになっていた。やっぱり嫌がられていた。気持ち悪がられていたんだ。なのに俺は、『先輩の笑顔は俺だけのものかも』なんて気持ち悪い勘違いをして。ダサい。最悪だ。消えてしまいたい……。
「お前、モヤシか」
最悪な気分に追い打ちをかけるように、世界で一番聞きたくない声が耳に飛び込んできた。
「あ……」心臓がぎゅっとなって、息が上手くできなくなる。夏野太陽。俺の恐怖の象徴。
「何か変わったな、お前。小洒落たシャツにシルバー。髪もちょっといじってるのか。けど」夏野が鼻で笑う。もう一生見たくないと思っていた、嗜虐心に満ちた笑み。人をいたぶるのが大好きな、夏野らしい笑みだ。「多少オシャレになったが、そのお寒いモヤシ顔は変わらねぇな。屋内だってのに、なぁに汗かいてんだ? 冷や汗か、お? ちゃんと俺の目を見ろよ。アイコンタクトもまともにできないとか、小学生かよ」
オシャレして、『俺』なんて言って粋がっていたけど、俺――『僕』の本質は、何一つ変わっちゃいなかった。夏野にちょっと詰められただけでガラガラと崩れ去る、弱々しいモヤシ野郎のままだ。
「お、俺は、その」
「俺ぇ? ははっ、モヤシな僕ちゃんが、何勘違いしてるんだ。ホント、キモいな。ウザい。消えろよ」
本当に、消えてしまいたい。アオ先輩にも嫌われて、この世界に僕の居場所なんて、もうどこにも――。視界が狭まっていく。心臓の音が、不快な音が、うるさい、うるさい、うるさい。眼の前が闇に覆われていく。僕の世界が、閉じていく。消えていく。
「やっちゃん!」
そのとき。
そのとき、世界で一番大好きな声が、ハジけた。
途端、視界を覆い尽くしていた闇が、ぱっと晴れた。僕の――『俺』の世界が、晴れた。
アオ先輩だった。アオ先輩がものすごい勢いで駆け寄ってきて、俺の手を掴んだ。引っ張ってくる。俺は訳も分からず手を引かれ、先輩と一緒に走る。
「あっ、おい、海野――」夏野の声は、もう耳に届かない。
先輩の手の平が、熱い。
「っ」痛みに気付いて見てみれば、先輩の、碧のネイルが載った爪が、俺の手指に食い込んでいた。力加減もできないほど全力で、必死に手を握ってくれているんだ。
どれほど走っただろうか。気が付くと、俺たちはいつもの部室裏に来ていた。アオ先輩が、肩で息をしている。俺も肩で息をしている。二人の呼吸が混じり合う。俺はもう、たまらない。この世界に二人っきりだ。
「好きです!」気が付けば、俺は告白していた。「好き。大好きです。ごめんなさい、先輩が嫌がることは、もう二度としません。だから、捨てないでください。先輩専属のドラマーのままでいさせてください!」
「こ、こちらこそ」先輩が、泣いている。ぽろぽろ、ぽろぽろと泣いている。「すまなかった。キミに、つらい思いをさせてしまった。それに、今までずっと『モヤシちゃん』だなんて、キミを茶化すようなあだ名で呼んでしまっていたことも」
「好きです。俺、アオ先輩のことが好きなんです」言いながら、俺は戸惑う。こんな話、するつもりじゃなかった。すべきじゃなかったんだ。俺は先輩を困らせたいわけじゃない。「あっ、そのっ、でも、先輩が俺をドラマーとしか見ていないというのも理解しているつもりです。だから、これ以上先輩を困らせるつもりはありません。『スーパーモヤシモード』も、俺一人で起動できるようになんとかするつもりで――」
「待って!」先輩が、俺の手を握った。「違う、違うよ、やっちゃん。ボクは嬉しい。キミの気持ちが嬉しいんだ。ほら」俺の手を、心臓に押し付ける。「こんなにもドキドキしているだろう?」
本当だった。今まで何度も触らせてもらったが、こんなにも激しく脈打っているのは、初めてのことだった。思わず、俺の指がぴくりと動く。
「んっ」アオ先輩が、甘酸っぱいと息を漏らす。
すごく色っぽい。可愛い。愛おしい。欲しい。先輩の全部を俺のモノにしたい――。
「でも」先輩は、泣き止まない。「その気持ちを受け取ることはできない。ボクにはその資格がない……」
「資格? 人を好きになることに、資格なんて――」
「明日になれば、すべてが分かるよ。キミは絶対、ボクのことを嫌いになる」
「そんなこと、絶対にあり得ません!」
「いいや、キミは絶対に、ボクを嫌うよ。ボクはキミに隠し事をしているんだ。本当に……本当にひどい隠し事をしているんだ。その内容を知ったら、キミはきっと――絶対に、ボクのことを嫌いになる。だから、キミの気持ちには応えられない」
先輩は頑なだった。そんな先輩の心を解きほぐしたくて、俺は先輩の手をぎゅっと握る。真夏の屋外だというのに、その手は驚くほど冷たい。緊張しているのだ。可哀想なほどに。
「俺は、先輩を嫌いになんてなりません。絶対に。誓います」
「そう……かい」アオ先輩の、泣き笑い。「そう、だね。明日になって、キミがボクの醜悪な隠し事を知って、それでもなお、ボクのことを許してくれるのなら。ボクの醜い本性を見て、それでもキミの気持ちが変わらなかったなら、そのときは」アオ先輩が、微笑んだ。精一杯。「付き合おう」
「!」
「とは言え」アオ先輩が、俺から離れる。「まずは、くれなゐを何とか説得しなきゃだけどね。バンド内恋愛禁止令を出したのは、他ならぬボクなんだし。あぁ、どうしたものか」
「私が、何ですか?」
「「ひえぇぇぇえええええええええええええええええええええええっ⁉」」
二人して飛び上がった。部室裏にくれなゐ先輩が現れたからだ。
「何を二人でコソコソと。ナ・ニをしていたんですかねぇ?」
「アッエットソレハ」「ナ、ナンデモナイヨ⁉」アオ先輩まで俺みたいにキョドってる。
「とにかく、もう練習始まりますよ」
そのとおりだった。アオ先輩はそそくさと部室に入っていってしまった。一方の俺は、困った。くれなゐ先輩の登場で、心がすっかりフラットな状態に戻ってしまったからだ。つまり、『スーパーモヤシモード』ではない、通常モードなのだ。今さらアオ先輩を呼んで部室裏に連れ込むのは無理がありすぎるし、『嫌がることはもうしない』と誓ったばかりでもある。
「モヤシくんも、早く。いよいよ明日は本番。もう、一分も無駄にはできないんですから」
「アッハイ」
くれなゐ先輩に背中を押されて、部室に入る。イナズマちゃん先輩とシロ先輩は、もうスタンバっていた。俺はドラム椅子に座る。どうしよう、どうすれば――
「……あれ?」気が付けば、272bpmで貧乏ゆすりできていた。『スーパーモヤシモード』になれていた。準備をしているアオ先輩の顔を、見る。ただそれだけのことで、胸が幸せな気持ちでいっぱいになり、自然と『スーパーモヤシモード』が発動していた。
俺は、スティックを振り上げる。カウント代わりのハイハット四回。リズムは、抜群に安定していた。こうして俺は、図らずもパイレス・スーパーモヤシモードをマスターした。