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第四十一話 喚んだヒトと喚ばれたヒト

 総督府前で暴徒が暴れている。

 ヒューノバーと出かけた翌日、やはり総督府に暴動を起こしながら抗議を通そうとしている暴徒が集まっているらしい。幸い今日も休日だったが、廊下を歩いていると対応に追われているらしい職員が多く見られた。

 ミスティも対応に追われているらしく、朝に話したきりになっている。私はヒューノバーの様子を伺おうとヒューノバーの同期の部屋へと向かっていた。場所はここか。と部屋の前にたどり着いてインターフォンを鳴らす。自動扉が開けば、人間の歳若い男性が姿を現す。

「あ、ミツミさんですか。どうもこんにちは」
「こんにちは。細越沢みつみと申します」
「おれ、総督府で技術やってます。エンダントって言います。一応ヒューノバーとは同期で」
「伺っております」
「ヒューノバーのやつさっき売店行ってくるって出てちゃって。中に入って待っててください。茶くらいしかないもんで、茶菓子買いに行くってヒューノバー出てったので」

 どうぞ。と招き入れられ素直に室内へと入る。椅子に案内をされ腰掛けて部屋の様子を伺う。なんというか、ギークとでも言うのか。PCらしき透明なモニターのデバイスが浮いていたり、それが部屋中でちかちかと光を放っている。部屋の隅には工具だったり機材の材料らしきものが転がっている。

 簡易キッチンで茶を淹れてくれているエンダントを見る。少し長めの黒髪を結いて、黒縁の丸眼鏡をかけている。ヒューノバーよりは背丈は低いが充分長身の部類だろう。なんとなく印象に残りづらい顔立ちではあったが、人間が少ない総督府ならばすぐに彼だと分かるだろう。

「紅茶どうぞ。茶菓子はヒューノバーが買ってくるんで」
「ありがとうございます」
「……一応初めましてではあるんですけれど、喚び出しの時、あそこに居たんです。おれ」
「あそこ……ああ、喚び出された時に、なんか色々機材があった……」
「一応プロジェクトのメンバーだったので、立ち会いを」

 あの初めて喚ばれた場にエンダントは居たのだそうだ。あの時は混乱するばかりで周りを気にする余裕は無かった。獣人の方に意識が飛んでいたのもある。人間には意識は向かってはいなかった。少しくらい皮肉でも言っておくか。と口を開く。

「無事誘拐されましたよ」
「その、申し訳ない」
「上に逆らえる立場ではないでしょうから、決定権があったグリエル総督を恨むしかないんでしょうね」
「そうっすね……その、自分たちは下っ端もいいところなんで、そうしていただけると助かります」

 気まずげに茶を飲んでいるエンダントに、まあ彼に責任を負わせられる立場では私もない。茶を口に運んで気になっていたことを聞いてみる。

「惑星転移ってどう言う理屈で動く技術なんですか? 過去から喚び出すものとは聞いていたのですけど」
「はあ、一応アースで確立された技術ではあるんですけれど、恐らくミツミさんがいらっしゃった時代よりも後に確立されたものっすね。星間航行中に長距離移動を可能とする転移、まあ有り体に言ってワープ技術の応用です」
「時間を超越できるものなんですか?」
「一応そういうことにはなっていますが、まあここだけの話すると、レムリィを使用しているものっすね。心理潜航捜査官なら身近なものでしょうけど」
「あれ、そんな超次元の能力も秘めていたんですか?」

 つい左手薬指にはめたレムリィがついた指輪を見る。そんな大それたことができるものにも見えなかったが、エンダントが言うには地球時代に宇宙から降ってきたレムリィを解析して出来たものなのだそうだ。

「なんだか魔法みたいですねえ」
「ミツミさんからすればそういう認識をしてもおかしかないっすけど、一応科学技術によるものではあるので。まあ市井の人間からすればオーバーテクノロジーに類するものではあるかもしれないっすけど」
「ふうん。面白いなあ」
「そう言っていただけるとありがたいっす」

 一から説明するとなるとかなりの時間を要するらしく、説明を受けたところで私の理解が及ぶ自信はなかったため深くは追求しなかった。興味はあれども。

「魔法使いみたいですね。技術者の方々も」
「そんなこと言ったら、おれからすればスフィアダイブだって魔法染みてますよ。人の心を覗くんですから。ヒューノバーだって、あいつも才能はある方でもミツミさんもっとあるんでしょ? チートみたいじゃないっすか」
「私はまだ見習いみたいなものなので……どこまで能力が発揮できているやら」
「最初は誰だって初心者ですからねえ。……そう言えば、ヒューノバー、ミツミさんに会うのすごい楽しみにしていたんすよ。喚ぶ前」

 ヒューノバーが居ないのをいい事に何か話してくれるらしい。ヒューノバーはまだ帰っては来ないだろう。と判断したのか。

 私も興味はあったので聞いてみることにした。

「ヒューノバーとはおれ仲はいい方なんで、相談事とか結構し合ってたんすけど、喚ぶ候補を決めろって言われた時、迷わずミツミさんを選んだそうっすよ」
「へえ……、またなんで」
「一目惚れって言ってましたよ」

 ……ヒューノバー、あいつ見た目で決めたんだろうか。いや、一応性格なりなんなりの情報は前もって調べられているとは聞いていた。一応見た目プラス性格を加味して決めたのだろう。……そうだと思いたい。

「一目惚れした相手が遠い惑星の住人って、結構ロマンチックだと思わないっすか?」
「……私にはなんとも」
「いや〜だって異世界転移みたいな感じで好きな子が現れるんでしょう? おれだったら心躍りますよ〜」

 攫われた側からすると余計なことをしやがってと思わなくはないが、ここでオタク仲間らしきエンダントの夢を壊すのは忍びないと思い口を噤む。とりあえず茶を飲んでエンダントの話を聞き流していると、自動扉が開いてヒューノバーが帰ってきた。

「あ、ミツミようこそ」
「あーうん。お邪魔しとります」
「ここお前の部屋じゃねえぞヒューノバー」
「仕方ないだろ。外の有様なんだから」

 ヒューノバーは大分砕けた感じでエンダントと会話をしている。袋から菓子らしきものを取り出して私に差し出してきた。

「エンダントの部屋、携帯食料ばっかで碌な菓子が無かったから買ってきたんだ。食べて」
「いただくわ〜」
「エナドリ買ってきたか?」
「はいはい、いつもの買ってきた」

 菓子を受け取り包装を破って居るとヒューノバーはエンダントにエナジードリンクらしきパック飲料を渡した。もう紅茶を飲み干していたらしいエンダントは早速それを開けて飲み始めた。

「お前エナドリ飲んでばかりだと体壊すぞ」
「エナドリは血だからな。おれは吸血鬼になって生きるのだ」
「馬鹿言ってないで過集中しすぎの癖治せよ」
「これは生来のものだからどうしようもないんだっつーの」

 仲いいな〜と菓子を食べながら見守っているとヒューノバーが隣に座る。

「それ美味しいでしょミツミ。昔からハズレない定番の菓子なんだ」
「うん、美味しい」
「カーッ! 隠の者に光を見せるんじゃねえ! 目が焼かれるだろうが」
「……エンダント、その性格が問題なんだと思うぞ」
「知っとるわァ!」

 エンダントとのやり取りに謎の既視感を覚えつつ、外の状況の話に変わる。

「聞いた話、警察や職員が動いてはいるが暴動はまだ収まらないだろうな。人間獣人入り混じってはいるが人間の方が数が多いそうだ」
「やっぱりこの国、もう少し意識改革した方がいいと思うぜ? 初等教育に星間航行中の差別なんざ学ばせるべきじゃねえよ。そっから獣人様からの人間差別始まるんだしもう少し分別がつく年齢になってからの方がいいって」
「総督府内だと差別らしい差別ってないですよね」
「間違っても総督府ってことっすよ。一応ここホワイトではありますからねえ」
「一般企業だとそうではないと」
「人間、結構この国じゃ就職活動でデバフかかってるっすからね。人事によっぽど気に入られないと上場企業とか人間はかなり少ないっすから」

 私は人種差別というものはほぼ受けて来なかった人間だ。この惑星に来てからも受けることは無いに等しく、喚び出されたのが総督府でよかった。と心の隅で安堵した。

「まー、技術のおれと、心理潜航の二人じゃしばらく仕事はないかもしれねえよな〜。おれは次の惑星間転移に向けての準備があるから多少あるかもしれねえけど、そちらさん外に住んでる班員入って来れないだろうしな」
「そうだな。班長たちだって外住みだし、下手に動けば危険もある」
「ま、俺らにできるのは静観するくらいだわな」

 椅子をぎいぎいと斜めにして腕を組んでいるエンダントは、部屋に散らばっていた透明なウィンドウを集めだした。というか勝手に一箇所に集まってきた。

「総督府のセキュリティは万全だけど、警察様がどう対処してくれてるもんかね」
「まだ暴動は沈静化しないか」
「まだまだ続くだろうな。多分、軍の投入もそのうち始まるはずだ。そうして余計に燃え上がるっと。嫌われもんってのはつらいね〜」

 情報を閲覧しているらしく、私の目の前にも透明なウィンドウがやってきた。現在の総督府前の現状らしく、人間獣人がひしめき合っている。

「犠牲は出したくはないものだが、ここまで大規模なものだとそうも言っていられないか」
「だろうな。政府にしちゃ、エルドリアノスの恥部なんだからよ。人間に差別されてたから自分の国作って差別し返してって、愚かなことだよ」

 まあ、これは人間として産まれた俺の所見だけれど、と手を振るとウィンドウは散っていった。

「相当根深い問題なんですね……」
「……まあ、獣人が居なかっただろうアースから来たミツミさんからしちゃ、知ったことじゃあないとは思いますけど、皆が皆ヒューノバーみたいにお人好しじゃあないっすよ」

 これからはもう少し気をつけたほうがいい。とエンダントは告げる。

 軍の投入までそう時間も無いだろう。とのことで暴動はしばらくすれば収まるそうだ。なんだかやり切れない思いを抱えて自室に戻った。

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