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明の巻

「キキっ!お前も継承者だったのか!?」

赤角の金切り声が響き渡る。

「真美を離せ!」

興奮に身震いする赤角に対し、晶は落ち着いた口調で言い放った。

「馬鹿が!状況が分かっていないようだな。お前こそ神器をよこせ。さもないと……」

「ううっ……!」

喉を締め付けられ、真美が呻き声をあげる。

「……分かった。今外すからやめて」

晶は諦めたように呟くと、手袋に手をかけた。

そのまま、外すかと思えた瞬間……

凍える拍動(アイシング・ビート)!!」

掛け声と共に、手袋から何かが噴出した。

それは、半透明の波のようなものだった。

あっという間に、赤角の身体が白く氷結する。

「な、なんだ!これは?」

不意を突かれ、赤角の手が一瞬離れる。

「いまだっ、真美逃げろ!」

すかさず叫ぶ晶の声に、ハッと我に帰る真美。
慌てて異形の手を()(くぐ)り、そのまま晶に向かって走った。

「あっ!」

(つまず)きかけた妹の体を、晶がしっかりと抱きとめる。

「お姉ちゃん!」

「真美!良かった」

姉妹は、お互いの無事を確かめ合った。

「き、きさま……何を……した」

全身が凍結し、かろうじて口だけ動かせる赤角が苦しそうな声を出す。

「あんたの周りの空気を凍らせたんだ。氷を溶かさない限り、動くことは出来ないよ……諦めな!」

妹を(かば)いながら、晶は吐き捨てるように言った。

「な、なめる……な!」

グガァァァッ!!

突然、背後から狛犬が襲いかかった。 

ふいをつかれた晶は、とっさに真美に覆い被さる。

「あぶないっ!」

そう叫ぶと、時空が二人と狛犬の間に割って入った。

なぎ払った切先が、怪物の右目を切り裂く。

悲鳴のような咆哮と共に、血しぶきが舞った。

狛犬は苦しげに首を振りながら、今度は時空の方に牙を向けた。

ウォォォォォーン!!!

遠吠えが、激しく空気を震わせる。

次の瞬間、狛犬の(たてがみ)が数百本のムチとなって時空に襲いかかった。

四方から迫るその攻撃に、時空はたちまち逃げ場を失う。

波動光(ライトニング・ウェーブ)!」

すかさず、尊が時空の周囲に光の幕を張る。

鈍い音と共に、鬣のムチが弾き飛ばされた。

御霊写(みたまうつ)し!」

続いて、柚羽の描く空間の裂け目から鷹の群れが飛び出した。

鬣のムチを巧みにかわしながら、次々と狛犬に襲い掛かる。

その素早い攻撃に翻弄され、狛犬は目標を見失った。

裂閃(ラスレイション)!」

トドメとばかりに、凛が空中から斬撃を放った。

鋭利なカマイタチの刃が、全てのムチをなぎ払う。

八咫烏(やたがらす)!」

最後は、時空の居合術が狛犬の首元に炸裂した。
急所を断たれた怪物は、声も無くその場に崩れ落ちた。

見事な連携プレイである。

皆が瞬時に状況判断し、自らの技を繰り出す。

無駄の無い動きは、全員の身体能力が向上している事を示していた。

ほどなく、絶命した狛犬の周囲に黒い靄が出現する。

そのまま怪物の全身を包み込むと、霧のように消失してしまった。

「いいか……これで終わりと……思う……な」

捨て台詞を残し、赤角もまた靄と共に消え失せたのだった。


*********


会場内が(ざわ)めく。

見ると、観客が意識を取り戻し始めていた。
大半が、寝ぼけたような顔をしている。

時空らの神器も、元の姿に戻っていた。

「ごめん。真美……コンサート、台無しにしちゃって……」

晶は、今にも泣きそうな表情を浮かべた。
真美は暫しその顔を眺めた後、(おもむろ)に自分のヘッドホンを姉の頭に乗せた。

晶の耳に何かの曲が流れる。

「こ、これは……!?」

言葉を詰まらす晶。

嫌という程聴き慣れたそれは、紛れもなくD5(デーゴ)の曲だった。
驚き顔の姉に、真美は照れ臭そうに眉を(しか)める。

「それ、私の一番のお気に入りなんだ」

「一番て、あんた……アタイがバンド組んだり、リーダーやるの気に入らなかったんじゃ……」

訳が分からないといった顔で晶が言った。

「あのさあ……」

真美は鼻の先に皺を寄せると、自分の目の高さにある晶の腹部を指でつついた。

「お姉ちゃんが私のためにグループ組んだの、気付いてないと思ったの……そんなの、とっくにお見通しだよ」

したり顔で言い放つ真美。

「私はね、お姉ちゃんには自分のために音楽やってほしいんだ。だからああ言えば、少しは考えが変わるかと思ったんだけど……やっぱ頑固だね。まあ嫌いじゃないけど、そゆとこ」

そう言って、妹はにっこり微笑んだ。

晶の目に、見る見る涙が溢れる。
柚羽がそっとハンカチを差し出すと、引ったくって豪快に鼻をかんだ。

「あ、そ、それお気に入りのハンカチ……」

「まあまあ」

慌てふためく柚羽の肩を、尊がポンと叩く。

「これも運命なのよ」

ニヤリと笑う尊の横で、柚羽はがっくりと肩を落とす。

「いいこと。D5のファン一号は、私なんだからね」

真美は晶を見上げ、親指を立てた。

「それと……助けてくれてありがとう。お姉ちゃん」

声を震わせながら抱きつく妹を、晶は優しく抱きしめた。


*********


コンサート会場での出来事は、観客の誰一人として覚えていなかった。
狛犬による集団催眠の影響で、記憶が欠落してしまったようだ。
皆、コンサートが始まったところまでの記憶しか無かった。

「あれ、コンサート終わったのか?」

「さあ……俺寝てたみたいで」

「あ、それ私もなんだけど……」

そんな会話が飛び交い、不思議そうに会場を見回す。

D5のメンバーも同様だった。

「ねえアキラ……私たち、どうなっちゃたの?」

キョトンとした顔で、問いただすメンバー。

「……さあ……アタイも分からないんだ……」

勿論、嘘である。

詳しい話は後からするので、今は伏せておくようにと時空から言われたのである。
それに話したところで、誰も信じはしないだろう。
結局、コンサートは【中止】扱いとなった。

人質となっていた真美には、暫く他言しないよう晶が説得した。

「お姉ちゃんがそう言うなら」

と、真美は首を縦に振った。

超人的な力で自分を救ってくれた姉への信頼は、揺るぎないものになったようだ。


*********


その日の放課後、時空、尊、柚羽、凛、そして晶の五人が、書道部の部室に集まっていた。
伊邪那美仄との確執について、晶に説明をするためだ。

「……神器!?」

信じられないといった顔で、声を上げる晶。

「じゃあ何……アタイもその継承者の一人だって言うんすか、先輩」

「ああ……お前の場合は、どうやらそのドラムスティックが神器みたいだな。最初はてっきり、バスドラムかと思ってたんだが……」

そう言って、時空は晶の持つスティックを指差した。

「お前の妹がピンチの時、それは手袋のようなものに変容し、人知を超えた力を発揮した。それが、何よりの(あかし)だ。俺たちが持っている神器にも、同じように不思議な力があるんだ」

時空は、ポケットから神鏡を取り出して見せる。
それに習うように、尊はUSBを、柚羽は筆を取り出した。

「凛、ミョウはどうした?」

「それが……お昼寝の最中で……絶対起こすなと言われてて……」

時空の問いに、凛が申し訳無さそうに弁解する。

「全く……のんきな猫ちゃんね」

柚羽が苦笑いを浮かべて言った。

「ミョウ?」

「凛の神器のことよ。ペットの猫なの」

「ペットが……神器!?」

尊の説明に、晶が目を丸くする。

「なんか、頭が追いつかないんすけど……」

そう言いながら、晶は頭を掻いた。

「じゃあここにいる皆は、神器で繋がった仲間だってことっすか。アタイが皆と出逢ったのも、その神器の力によるものだと……」

全員が真剣な顔で頷くのを見て、晶は物憂げにため息をついた。
そのまま、手の中のスティックをじっと眺める。
そこには深緑の羽文様が、薄っすらと輝いていた。

「……分かりました」

やがて、顔を上げた晶が大きく頷く。

「皆はアタイら姉妹の恩人だ。だから信じます。アタイに出来る事があったら、何でも言ってください」

決意のこもったその言葉に、全員が笑顔を浮かべる。

また一つ……

いや、また一人の大切な仲間が誕生したのだった。

「これから、よろしくね」

「頼りにしてますわ」

「私たち……仲間」

皆、口々に歓迎の意を示す。

「ありがとな、晶」

時空が、笑いながら肩に手を置く。
たちまち、晶の顔が真っ赤になった。

「と、ところで時空先輩……その、なんかお礼させて欲しいんすけど」

「お礼って?」

「いや、助けてくれたお礼……」

晶は(うつむ)いたまま、もじもじし始めた。

「アタイ背が高いから、いつも強そうに思われちゃうんすよ。全然そんなこと無いんすけど……だからあんな風にかばってもらったのが、ホント嬉しくて。そ、それに……」

「それに?」

不思議そうに首を傾げる時空。

「それに……初めてなんす……お……お姫様抱っこされたの……」

晶は、両手の指を合わせながら小声で呟いた。
その姿は、ただの恥じらう一人の少女だった。

「……かわいい」

ポソっと呟く凛の方を、尊と柚羽が同時に振り向く。

またライバル出現!? 

二人の顔にそう書かれていた。

凛が、慌てて下を向く。

「なんかよく分からんが、せっかくの好意だし……じゃあ、模擬店でたこ焼きでもおごってもらうかな」

「あいよ。まかせて、先輩!」

晶の表情がパッと輝く。

「ちょ、又たこ焼き!?いいかげんにしたら」

「別にいいだろ。好きなんだから」

呆れたような尊の言葉に、時空が口を尖らせる。

「そんなにお好きなら、今度私がお作りしますわ。嵯峨家秘伝のソースで」

「何よ、秘伝のソースって?あなたんち書道家でしょ」

「ソースを塗る刷毛(はけ)も、筆の一種です」

「……知らなかった……」

「何感心してるのよ、凛。嘘に決まってるじゃない」

「じゃ行きましょっか、先輩」

「抜け駆けはダメです、晶さん」

「アタイのツレがやってる模擬店なら、タコだけじゃなくてイカも入れてくれるっすよ」

「それって、最早(もはや)たこ焼きじゃないわよね」

「……知らなかった……」

「だから、何に感心してるんだって」

乙女たちのバカ騒ぎは、まだまだ続きそうです。

どの台詞が誰のものかは……

分かりますよねー(筆者)

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