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天の巻

ズンチャ♪ズンチャ♪タタタタタ♪チーン!!

いや、しかし上手いもんですな後醍醐(ごだいご)(あきら)さん。

「それほどでも、ないっすよ」

一体、いつからドラムを?

「小学生からっすね。親父が趣味で買ったのがたまたま家にあったので、叩いてるうちに気に入っちゃって」

それで絶対音感もあるんだから、怖いもの無しですね。

「いやあ、それほどでも……あるっす」

私なんか音楽センスゼロなので、羨ましい限りです。

「そんな事ないっすよ。音楽の素質は誰にでもあるっす」

え、そうなんですか!?

「人は生まれるまで、母親の体内で心臓の鼓動を聴いてるっす。だから自然と、ビートの刻み方が身に付いてるっす」

へ〜

「ちょっと、やってみます?」

え、そんな無理っすよ

「大丈夫っす、ほら」

そうっすか……じゃ

ズン……チャズン……タタ……タ……チン

「もうちょっと、肩の力抜いて」

ズン……チャズン……タタ……タ……チン

「さ、最初はこんなもんすよ」

ズン……チャズン……タタ……タ……チン

「あ、あれ……変わんないすね」

ズン……チャズン……タタ……タ……チン

「…………」

ズン……チャズン……タタ……タ……チン

「……あ、そうだ。ち、ちょっと用事思い出したっす!」

え、晶さんどこ行くんすか!?

ち、ちょっとどこ……

えええっ……!?(筆者 困惑)


*********


「必ず、何処かにあるはずよ」

事代(ことしろ)(すず)は、図書室の閲覧コーナーでポツリと呟いた。

目の前にあるパソコンと左右に積まれた本で、その姿は全く見えない。
本のタイトルは、ほとんどが歴史関係のものだった。
この数日、【あるもの】を探すため放課後は毎日、図書室(ここ)にこもっていた。
歴史研究会の部員であり、図書委員でもある彼女が使用するには、何の問題も無い。

事の発端は、数日前に友達と交わした会話だった。

友達の名は、長須根(ながすね)伊織(いおり)という。

鈴と同じ図書委員だ。

元来は剣道部員だが、道場が不審者に荒らされたとかで、今は活動休止中らしい。
二人で図書の整理をしている時、ふいに伊織が質問してきた。

「ねえ、鈴」

「え、何?」

「【十種神宝(とくさのかんだから)】って知ってる?」

鈴は、ハッとしたように顔を上げた。

「驚いたわね。何であなたが、そんな言葉知ってるの?」

「いえ、ちょっと耳にしたから……どんなものかと思って……」

歯切れ悪く答える伊織。

言った後から、すぐに後悔した。
時空から口止めされていたのだが、昨今の出来事が気になり、つい滑らせてしまったのだ。

「やっぱり、なんでもない……忘れて!」

「【十種神宝】は、『旧事紀(くじき)』という史書に出てくる神器の総称よ。全部で十種類あるの」

伊織の言葉を無視し、唐突に鈴が説明を始める。

「『旧事紀』については、筆者・年代ともに不明。有名な古事記や日本書紀と同様に、国の始まりについて記されているの。ここに登場する神器は、その背景がとても興味深くて……」

伊織の顔が、しまったという表情に変わる。
鈴が歴史オタクだったのを、すっかり忘れていたのだ。

(いにしえ)の昔、この国は領土争いによる戦乱が絶えなかった。民は僅かな土地を巡って(いさか)いを起こし、我先にと命を奪いあった……」

朗々と話す鈴の声が、室内に木霊する。
こうなっては、最早(もはや)誰も止められない。

「これを憂えた天上神・天照大神(あまてらすおおかみ)は、民の平定(へいてい)を図るため饒速日命(にぎはやひのみこと)を使者として(つか)わしたの。この際、道具として持たせたのが【十種神宝】よ」

宙を見つめながら、鈴の解説が続く。

「地に降りた饒速日命は、民の平定にはこれを統率する者の擁立が必要と判断した。そして、ある一人の人物に白羽の矢を立てたの。それが彦火火出見(ひこほほでみ)……後の神武天皇(じんむてんのう)よ」

「えっ……神武?」

聴き慣れたその名称に、伊織の眉が釣り上がる。

「神武天皇──日本の天皇の始祖であり、いまだに実在の可否がはっきりしていない謎多き人物……一説では、饒速日命から、【十種神宝】を授けられた唯一の人間とも言われている」

人差し指を振りながら語る鈴の声を、伊織は遠くで聴いていた。

神武……

主将と同じ姓だ……

剣道部に入りその名を耳にした時、何処かで聴いた事があると感じていた。

そうか……歴史の授業で習ったんだ。

確かに、そんな名前が出てきた記憶がある。
今の鈴の説明で納得がいった。

神武天皇──

一体、どんな人物だったのか?

主将と何か繋がりがあるのだろうか?

「神武天皇って……どんな人だったの?」

伏し目がちに、恐る恐る尋ねる伊織。
話してはいけないと思いつつも、湧き上がる好奇心は抑えられなかった。

「文献では饒速日命より託宣(たくせん)を受けた後、当時最も豊潤な地と言われた大和国(やまとのくに)を治めるため、筑紫国(つくしのくに)より東征を開始したとある。途中色々な苦難を経て、最終的には橿原(かしはら)の地に都を開いて天皇の座におさまったと記されているわ」

室内を闊歩しながら、鈴の説明は続いた。
自らの記憶だけを頼りに語るその姿を、伊織は尊敬の眼差しで見つめる。

「人柄については、よく分からないわね。具体的な記述も無いし……ただ多数の兵を引き連れ6つ以上も国を治めてまわったんだから、かなり統率力はあったんじゃないかな。数多(あまた)の試練を乗り切るだけの裁量と知恵もあった。まさに頼れる指揮官ってやつね」

主将と同じだ……

伊織の脳裏に、また時空の顔が浮かぶ。

誰よりも強く

誰よりも明るく

そして、誰よりも優しい

自分が最も敬愛する……憧れの人……

伊織は、胸の奥に微かな痛みを感じた。


*********


伊織が退出した後も、鈴は帰れずにいた。

【十種神宝】の事が、なぜか頭から離れなかった。

この特異な神器については、以前興味本位で文献を(あさ)った事はある。
だが、資料の少なさゆえ、あまり深くは調べなかった。 
先ほど伊織からその言葉を聞くまでは、記憶にすら残っていなかったほどだ。

それが、今は気になって仕方ない。

まるで、自分の中の導火線に火がついたような感覚だった。

神器は、その後どうなったのか。

一体、どこに消えてしまったのか。

それは、追及したいという欲望よりは、追及せねばという使命感に近かった。
何かが、彼女の心を突き動かして止まないのである。

ひとたび気になりだすと、持ち前の好奇心がすぐさま行動力となって現れた。

鈴はパソコンで情報を検索しては、室内の書物を読み漁り始めた。

次の日も……

その次の日も……

暇さえあれば、図書室に()もって調べて続けた。
だが、やはり得られる情報は僅かだった。


大阪の式内楯原神社(しきないたてはらじんじゃ)内の神寶十種之宮(かんだからとくさのみや)に、偶然、町の古道具屋で発見されたという【十種神宝】が(まつ)られているという。
真偽のほどは不明。

違う!

京都の籠神社(このじんじゃ)には、息津鏡(おきつかがみ)辺津鏡(へつかがみ)という二面の鏡が伝世している。
【十種神宝】の沖津鏡(おきつかがみ)辺津鏡(へつかがみ)との関係は不明。

違う!

秋田県大仙市の唐松神社(からまつじんじゃ)には古史古伝のひとつである『物部文書(もののべもんじょ)』とともに奥津鏡(おきつかがみ)辺津鏡(へつかがみ)十握(とつか)(つるぎ)生玉(いくたま)足玉(たるたま)とされる物が所蔵されているという。
【十種神宝】と同じものかは不明。

違う!

その他にも口承、伝承、断片的な文献が、幾つか見つかった。

違う!違う!

どれもこれも、伝承に基づいた単なる模造品に過ぎない!

鈴は、苛立たしげに机を叩いた。

こと歴史情報に関して言えば、この少女にはある種の特技があった。
内容の真偽を見分ける鋭い勘だ。
情報に目を通すだけで、本物かどうかが判別できるのだ。

実際、こんな事例がある。

テレビで新たな古文書の発見ニュースが流れたが、鈴はすぐに偽物と直感した。
後日、それは巧妙に作られたコピーであると判明した。
理屈では無く、なんとなく分かってしまうのだ。
ゆえに、【十種神宝】に関するこれらの情報も、彼女の琴線(きんせん)に触れるものは無かった。

そもそも、本物がこんな容易(たやす)く見つかるような場所にあるはずは無い!

鈴は眉間に皺を寄せ、パソコン画面を操作した。

ふと、あるものに目が止まる。

カラフルな象形文字にも似たそれは、まるで何かのシンボルマークのようだった。

神宝図だ。

以前にも何度か目にした事がある。

「これって、確か空海が……」

神宝図の解説本を探そうと、鈴は席を立った。
特に、何かを発見したわけではない。
もう少し、詳しく図柄を見ようと思ったのだ。

確か、図書室(ここ)のどこかにあったはず……

しかし、保管棚には見当たらなかった。
鈴は、隣接した書庫に移動する。
ここには、閲覧頻度の少ない書物が収納されていた。
保管ケースの記号を一つ一つ確認していくと、記号の無い箱が見つかる。

あら?

整理漏れかな、と首を傾げる鈴。

とりあえず、中身を確認しないと。

開けると、中には一冊だけ書物が入っていた。

鈴は不思議そうに、それを手に取った。

大きさは、単行本ほどで、かなり薄い。
褐色の表面は、煉瓦(れんが)のようにざらついた光沢を放っていた。
表紙には簡易な絵柄があるだけで、タイトルや標記は無い。
パラパラと中をめくると、驚いた事にどの頁も白紙だった。

「何これ?」

首を傾げ、再び表紙を見つめ直す鈴。

表面の絵柄は、ローマ字のTに似ていた。

独特の色彩と相まって、不思議な魅力を放っている。

「…………!?」

突如、眺めていた鈴の眼が大きく見開かれた。

本を掴んだまま、パソコンの元へ駆け戻る。

画面には、神宝図が映し出されたままだった。

鈴はせわしなく操作し、その中の一つを拡大した。

何度も首を動かし、本と画面を見比べる。

……同じだ!

どう見ても、本の絵柄と神宝図は同じものに見える。

鈴は、無意識にその神器の名を呟いた。

「……道返玉(ちかえしのたま)

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