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天の巻

前話では大変でしたね。一条(いちじょう)(りん)さん。

「……はい……」

私も、飼い猫と神器を結び付ける設定には苦労しました。

「……はい……」

読者の方からも、なんでUSBだ、なんで猫なんだといったコメントも多くて。

「……はい……」

まあ、謎はラストまでに解明されていく予定なんですが。

「……はい……」

あの……聞いてます?

「……はい……」

もしもーし!

「……はい……」

今日で連載やめよっかなぁ。

「……はい……」

ダメだ、この人……人見知り設定にし過ぎた。

(すまねーな。勘弁してやってくれ、相棒)

おわっ、ビックリした!!

ミョウの喋り口調も設定ミスった……(筆者 汗)


*********


学園は(にぎ)わっていた。

今日から五日間、天津(あまつ)女学院は恒例の学園祭に突入する。
クラブによる模擬店、クラス別の催し物、イベント広場ではチアガールが踊り、校門前では合唱団が呼び込みをしている。
生徒だけでなく、その家族や近隣住民も見学に訪れ、校内は人で溢れ返った。

「平和そのものね」

(たける)が、気難(きむずか)()な顔で呟く。

「私たちがどんな目にあったか知ったら、皆驚くでしょうね」

屋上での死闘から、数日が経っていた。

伊邪那美(いざなみ)(ほのか)は何事も無かったかのように、相変わらずの大奥生活を送っている。

黒装束も、あれから姿を見せていない。

この数日だけ見れば、いたって普通のスクールライフと言えた。

「それが気に食わないのよね。また何か企んでいるようで……そう思わない、時空(とき)

横を向くと、並んで歩いているはずの時空の姿が無い。

「あれ?……時空……どこ行った?」

振り返ると、はるか後方の模擬店でたこ焼きを頬張っている。

「あのバカ……」

すぐにとって返した尊は、時空の耳を引っ張った。

「おわっ!イテテ……あにふんら!?」

たこ焼きの詰まった口でわめく時空。

「何すんだじゃないわよ!よくそんな呑気でいられるわね。ついこの間、死にかけたばかりだっていうのに」

「仕方ないだろ。腹が減るのは生理現象なんだから」

口の中のものを飲み込むと、時空は口を尖らせた。

「それに警戒するにしても、何に気を付けりゃいいかも分からないし……まあ、とりあえず今は学園祭を楽しむさ」

「そんな事言って……そのたこ焼きに毒が入ってたらどうするつもり?」

「ど、どっ?……ええっ!?」

両手に抱えたたこ焼きを見て、時空が驚く。

「冗談よ。その気があるならとっくにやってるわ。それは彼女のやり方じゃない」

そう言って、尊は肩をすくめた。

仄が八握剣(やつかのつるぎ)目当てに、時空を狙っているのは確かだ。

継承者としてのあなたに消えてもらう──

時空の聴いたこの言葉も、恐らくそれを意味しているのだろう。

だけど……

尊には、腑に落ちない点があった。

単に時空の命を奪うだけなら、日常生活の中でいくらでも機会はある。
八握剣にしても、御守袋ごと神鏡を盗んでしまえば済むはずだ。
あれだけの力を持つ仄なら、決して不可能な事ではない。 

だが、そうしないのは何故か……

これまで仄や黒装束が剣を奪おうとしたのは、いずれも闘いの場でだった。
つまり、神鏡から変容した八握剣を奪おうとしていた訳だ。

となると……

ひょっとして、相手にはその力が無いのかも知れない。
仮に神鏡を得ても、八握剣に戻す(すべ)を持たないのだ。
無闇に時空の命を奪おうとしないのも、それなら理屈が通る。

そしてもしこの考えが正しければ、奴らはまた、時空を闘いの場に引きずり出そうとするに違いない。
どんな手を使ってでも、八握剣を使わそうとするはずだ。

それは、いつなのだろう。

そして、どんな策を(ろう)してくるのか。

残念ながら、今の段階でそれを知る事は不可能だ。

唯一分かっているのは、今時空を守れるのは、同じ【十種神宝(とくさのかんだから)】を有する自分たちしかいないという事だけだ。

もしかしたら、それが自分たちが神器を手にした理由なのかもしれない。

勿論、全て推測に過ぎないが……

「まあ、いいわ」

尊が、ため息まじりに呟く。

「あなたの言うように、過度に神経質になるのも無駄な体力を使うだけだし……とりあえず、今は英気(えいき)を養っておく方がいいかもね」

「だろ!」

時空は満面の笑みを浮かべ、再びたこ焼きにかじりついた。

「……おっと、そうだ!柚羽(ゆずは)と約束してるんだった」

「約束って……!?」

時空の言葉に、尊の眉がピクリと動く。

「書道部の催し物に寄ってくれって頼まれてたんだ。あいつ部長してるらしい」

「あなた、書道に興味なんてあったの?」

「いや、全くない。なんか、大事な話があるらしい」

「ふーん……」

「なんだ。何むくれてんだ?」

「別に……なんかまた、『これは運命だ』なんて言いそうな気がしたもんだから」

「まさか……いくらなんでも、そりゃないだろ」 

時空は、からからと声を上げて笑った。


*********


「これは運命です!」

時空と尊が固まった。

「どうしました?お二人とも、ポカンとして」

「……いや、いかにもお約束だなと思って」

さすがに、尊も苦笑するしかなかった。
時空は気まずそうに、宙を睨んでいる。

「そんな事より、これを見てください!」

そう言って、柚羽は壁の展示物を指差した。
そこには様々な書体の文字が、額縁に入って飾られている。

「ほぉ、こりゃ大したもんだ」

「嘘つきなさい。書道なんか分からないって言ってたくせに」

わざとらしく褒める時空に、すかさずツッコむ尊。

「い、いや、そんな事はない……よく見ると気品というか、深みというか、なんか伝わるものがある」

「そんなにお褒め頂いて……嬉しいですわ」

必死で弁明する時空の言葉に、柚羽が頬を赤らめる。

「……て、違います!私の作品の事ではありません。その端に貼ってある、あれです」

慌てて柚羽が指差す方に、二人は改めて目を向ける。

そこには、カラフルなポスターが貼られていた。

【D5単独コンサート開催!】

どうやら、軽音楽部の宣伝ポスターのようだ。

「デー……ファイブ?」

「【デーゴ】と読むらしいです。」

さりげなく修正を入れる柚羽。

「最近結成された二年生のグループで、明日体育館でコンサートをやるそうです。校内の催し会場に、ポスターの掲示をして回ってるみたいで……ここにも、今朝やって来ました」

「ふーん。音楽の事はよく分からんが、なんか大変だな」

時空が、感心したように鼻を鳴らす。

「それで、一体何が『運命』なわけ?」

尊が、怪訝そうに問いかける。
それにすぐには答えず、柚羽はポスターに近づいた。

「もう一度、よく見てください。何か気付きませんか」

その言葉に、時空と尊もポスターに顔を近づけた。

タイトルの下に、五人が演奏しているスナップショットが映っている。
向かって右手にはボーカルとエレキギター、左手にはベースとキーボード、そして中央にドラムがいる。

ドラム……?

「あっ!?」

尊が驚きの声を上げる。

「……分かりましたか」

柚羽が、探るように声を掛ける。

「え、なんだ?何が分かったんだ」

頭を掻きながら尋ねる時空に、尊はポスターの一点を指差した。
それは、バスドラムのフロントヘッドだった。

白いヘッドに、何やら模様が描かれている。

一見すると、一本の孔雀の羽に似ていた。

「この模様って……まさか!?」 

驚く時空に頷くと、尊は携帯を取り出し操作した。
画面に神宝図が映し出される。
その内の一つを拡大し、ドラムの写真と並べる。 

「……同じみたいね」

死返玉(まかりがえしのたま)……」

時空は、その神器の名を口にした。

「でも、何故……?」

「何故こんなところに、神器の文様があるのかは私にも分かりません。実際、これが神器と関係しているのかどうかも……でも私には、どうしても偶然の事とは思えなくて……」

時空の問い掛けに、柚羽は申し訳無さそうに答えた。

「【十種神宝】の神宝図は知っておりましたので、このポスターを見た時すぐに気付きました。それで、とり急ぎ時空さんにお知らせしようと思いまして……」

柚羽の顔から笑みが消える。

神器に深く関わるこの三人でなければ、恐らくは見逃されていたであろう。

それにしても……

時空は首をかしげ黙考した。

尊のUSBといい、凛の飼い猫といい、【十種神宝】は何故こうも奇抜な形態をしているのだ。
大体、神器のあった時代に、USBやドラムなどあるはずも無い。

時代錯誤も甚だしいが、現に存在している事は否定できない。
しかも、現実離れした力まで有している。

一体、何がどうなってんだ!

考えても答えは見つからず、時空は顔を歪めるしか無かった。

「いずれにしても……」

長い沈黙を尊が破る。

「このドラムが神器と関係しているかどうか、確認する必要があるわね」

その言葉に、時空と柚羽も頷き返す。

そうだ。

今は、目先の疑問を解決していくしかない。

「このドラムの子、なんて名前なんだろ?」

時空が、スティックを手にした女子を指差す。

「ああ、それなら確認しました」

振り向いて即答する柚羽。

「二年Dクラスの……後醍醐(ごだいご)(あきら)さんです」

「ごだいご……あきら」

時空は目を細め、その名を復唱した。

しおり