明の巻
ガシっ!!
鈍い音が鳴り響き、
矛先を両手で掴んだその人物は、そのまま後方へ投げ飛ばした。
恐るべき腕力である。
仄は身を
「あなた……
仄は一目で、その人物──
「嬉しいサプライズね。今度は、あなたが私の相手をしてくれるのかしら」
「
仄の挑発めいた言葉を無視し、凛は時空に呼びかけた。
「君は……?」
苦しげな声で問いかける時空。
肩口を押さえる手から、血が
「凛です……一条凛」
「一条……りん!?」
時空が驚き顔になる。
「凛って……まさか、あの時の……」
「話は後です。まだ闘えますか?」
凛に支えられ、時空は立ち上がった。
肩に添えていた手を離し、両手で剣を構え直す。
「ああ……もちろん」
その目に再び闘気が宿る。
凛は大きく頷くと、上体を沈め両手を地面に垂らした。
「では、いきますよ!」
そう叫ぶと、凛は仄に向かって
両手の鋭利な爪が、キラリと光る。
瞬時に避けようとした仄だが、スピードでは凛の方が
「
凛の爪が、仄の上半身目掛け振り下ろされる。
間一髪で回避するも、仄の着衣が格子状に破断した。
「なるほど……あなたの斬撃は、【カマイタチ】を伴うようね」
表情一つ変えず、言い放つ仄。
たった一撃で、私の技の特性を見抜くとは……
凛は攻撃の手を止め、その場で身構えた。
この人……恐ろしく強い!
「次は私の番よ」
一言呟くと、今度は仄が前に出た。
鋭利な刃先が眼前に迫る。
応戦体勢から一転、凛は大きく後方へ跳躍した。
矛先の届かぬ空中から、斬撃を放つ。
「甘い!……
そう叫ぶと、仄は矛先を頭上に差し上げた。
刀身が白く
到達した矛先が、凛の脇腹を直撃する。
「くうっ!」
予想外の攻撃に、体勢を崩した凛はそのまま落下した。
かろうじて身を
体力が、血液と共に
大きく肩で息をしながら、凛は仄を睨みつけた。
「大丈夫か、凛!?」
背後で、心配そうな時空の声がした。
「大丈夫……です」
荒い息で答える凛。
言葉とは裏腹に、激痛で顔が歪む。
全く……なんて武器なの!
凛の
付帯効果で発生する【カマイタチ】が、追撃となって襲い掛かるのである。
つまり、相手の武器が届かない範囲から攻撃できるわけだ。
だが、あの伸縮する矛はそうはいかない。
一瞬で、こちらに届いてしまう。
どこから狙っても、攻撃する前にやられてしまう。
一体、どうすれば……
「……時空さん」
凛は、脇腹を押さえながら呟いた。
「私に考えがあります。もう一度あいつに仕掛けますので、合図したら攻撃してください」
「一体……何をする気だ!?」
凛の決意を秘めた口調に、ただならぬ気配を感じた時空が問い返す。
それには答えず、凛は時空の顔を見てにっこり微笑んだ。
「ちょっとした作戦です」
それだけ言うと、凛は正面に向き直った。
「いきます!」
掛け声と共に、真正面から仄に向かっていく。
「何度やっても同じことよ」
不敵な笑みを浮かべ、仄は矛先を凛に向けた。
「
飛びかからんとする凛目掛け、矛が伸びる。
切先が凛の右肩を直撃し、貫通した。
「ぐ……!」
苦悶の
「今です!時空さん!」
凛が絶叫する。
仄がハッとしたように、矛を元に戻そうとする。
だが、凛の万力で掴まれたそれは微動だにしなかった。
「ちっ……!」
初めて、仄の顔に焦りが見えた。
「何度やっても同じよ!」
そう言って、にやりと笑う凛。
「あなた、最初からこれが狙いで……」
仄の台詞が終わらぬ間に、凛の背後から時空が踊り出た。
「
時空の放った居合術が、矛を分断する。
同時にブロンドヘアが、空中に舞い散った。
矛を手放した仄は、大きく後方へ退避した。
「お見事……いいコンビネーションね」
そう言って立ち上がると、仄はくるりと
「今日のところは帰るわ……また会いましょう」
背中越しに手を振りながら、階下に姿を消す。
気付くと、分断されたはずの矛も消えていた。
本来なら追撃すべきところだが、時空も凛も
後を追うどころか、歩く事もままならない。
「凛、大丈夫か」
仄が去ったのを見定めてから、時空は凛の方に目を向けた。
そこには地面に座り込む凛と、
*********
「全く、何考えてるの!」
肩に包帯を巻きベッドに腰掛ける時空に、尊が怒鳴り散らす。
闘いの後、治療のため保健室に来ていた。
保健医には、階段から転げ落ちた事にしてある。
「なんで言ってくれなかったのよ。一人で太刀打ち出来る相手じゃないのは分かってるでしょ」
「そうです。一言
尊と並んで立つ柚羽も、胸元で手を合わせて言った。
「……ちょっと、二人の絆って何よ」
尊がむっとした表情で食って掛かる。
「それは、私と時空さんの神器の相性が良いという意味で……」
「相性って……そんなもの根拠も何も無いでしょ」
「我が嵯峨家に代々伝わる伝承です」
「それは、あなたの家の問題でしょ」
「これは運命なのです」
「なにドラマの決め台詞みたいな事言ってんのよ。馬鹿馬鹿しい」
「ば、ばか……!?」
「ま、まあとにかくだ!」
二人の仁義なき闘いに、時空が割って入る。
「二人に相談しなかったのは謝るよ。すまなかった」
素直に
「確かに、今の俺では仄には歯が立たない。それが今回よく分かった。あの時凛が助けてくれなかったら、どうなっていたか……」
「その凛て子だけど……」
時空の話しに、尊が眉を
「その子も神器の所有者だって言ったわね」
「ああ。確か仄の奴が……
「
尊はポケットから携帯を取り出すと、何か調べ始めた。
「ああ、あった」
尊が差し出した画面には、拡大された神宝図が映っている。
「ああ、これだこれ!闘っている時の凛の額にも、同じ紋様があった」
その図柄を指差して、声を上げる時空。
「そう……どうやら、四つ目の神器に間違いないみたいね」
「でも、一つ分からない事があります」
尊に続いて、今度は柚羽が眉を顰める。
「その凛さんが元の姿に戻った時、
それについては、時空も同様の疑問を持っていた。
あの闘いの後、姿形の戻った凛は、猫を抱えて行ってしまった。
確認するどころか、礼を言う暇さえ無かったのだ。
「仕方ない。本人に聴いてみるか」
「お呼びするのですか?」
「いや……もうそこにいるよ」
柚羽の問いに、時空は保健室の戸口を顎で示した。
驚き顔の尊と柚羽が、同時に振り向く。
「入って来いよ、凛。そこにいるのは分かってる。怖がらなくていい」
時空の誘いに導かれるように、戸口から丸眼鏡の顔が覗いた。
ためらいながら、ゆっくりと入室する。
その手には、小さな猫が乗っていた。
「お、そいつ……もう治ったのかい?」
目を丸くする時空に、凛はぎこちなく頷いた。
「……あの後すぐに……病院に連れて行こうと思ったんですけど……あっという間に治って……」
「みょ〜」
たどたどしく話す凛の胸で、猫がひと鳴きする。
「時空を助けてくれたんだってね。ありがとう」
尊が礼を言いながら笑いかける。
柚羽も隣で微笑んだ。
少し気持ちが
「あなたが……凛さん?」
「一条凛です。一年Aクラス……この子はミョウと言います」
「よろしくね、ミョウ。それで……あなたも神器を持っているって本当?」
尊の質問に、凛は一瞬言葉を詰まらせた。
問うような視線を時空に向ける。
「大丈夫だ、凛。実は、ここにいる皆も神器を持ってるんだ」
その言葉に、凛は目を丸くした。
「これが俺の神器……
時空は
それを見て、小さく頷く凛。
続いて、尊は
凛の目が、さらに見開く。
「……それじゃ……皆さんも……不思議な力を……」
それらを食い入るように眺めながら、凛が呟いた。
「皆、神器に選ばれた仲間なんだ。お前も含めてな」
時空が、優しい口調で締めくくる。
仲間……
凛の中で、その言葉が心地よく響き渡った。
私も……仲間……!?
これまで、友達と呼べる存在などいなかった。
恐怖心が先に立ち、みずから避けてきたからだ。
だがそんな自分を、時空さんは仲間だと言ってくれた。
この人たちは、優しく話しかけてくれた。
嬉しい……
凛の胸に、暖かいものがこみ上げる。
「私の神器は……これです」
そう言って、凛はミョウを抱え上げた。
「…………!?」
全員が声を失う。
まさか……生き物の神器とは……
予想外過ぎて、誰も言葉が出なかった。
「子どもの頃、捨てられていたのを拾って……」
「……その……猫ちゃんが神器だって、なぜ分かったんですか?」
まだ信じられないといった表情で、柚羽が質問する。
「この子が……自分で言いました」
即答する凛の顔を、三人はまじまじと眺めた。
「やっぱり……おかしいでしょうか……」
「あ、いやいや、そんな事ないよ!」
「そうそう、ありですよ。あり!」
表情を曇らせる凛に、尊と柚羽が慌ててフォローする。
「まあ……なんだ」
時空が、頭を掻きながら後を続けた。
「助けてくれて、ありがとう。それと……これからもよろしくな」
時空が、屈託のない笑顔を向ける。
日の光のような笑顔……
凛は頬を赤らめ、小さく頷いた。
「お前もな、ミョウ」
時空は笑いながら、ミョウにも声を掛けた。
(あいよ、相棒)
「え、今、しっ、しゃべっ!?」
「な、なんで、どうして!?」
「えぇぇぇぇぇっ!!」