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第三十七話 三十時間の使い方

「この組み合わせは……合っているのか?」

 ベッドに服を並べてコーディネートに悩んでいた。明日ヒューノバーとデートという名目で、以前助けてもらったルドラへの礼の品選びに出かけるのだ。この惑星、一日三十時間もあると余暇が多くていいが逆に言えば暇も悩む時間もそれなりにあると言うことなのだ。

 一回ミスティを呼んで選んでもらおうか……と思い、腕時計型のデバイスでミスティにメッセージを送った。

 すぐに返事は返ってきたが、なんだか要領を得ない返事だ。一応今から向かうと返ってきたので待っていると、インターフォンが鳴り部屋の扉を開ける。

「やほ〜」
「うわ酒臭!」

 かなり出来上がってるようで、目がとろんとしている。千鳥足ほどではないが足取りもおぼつかないらしく私に抱きついてきた。

「ちょいミスティ! どんくらい飲んだんだよ!」
「んー? ワインを〜、に? さん? 本くらい〜?」
「うわ飲み過ぎ。ちょっと待ってよベッド行こうベッド。水持ってくるから」
「ん〜」

 ミスティをベッドまで引きずり、簡易キッチンの水道から水をコップに汲む。ミスティの元へと戻ってコップを差し出すと受け取って飲み始めた。

「大丈夫? 吐き気とかない?」
「へいきよお〜こんくらい」
「絶対後で気持ち悪くなんでしょ」
「でえ? 服選んでほしいんでしょ〜」
「あ、ああ、うん。そうだけどそんなに飲んでるならやっぱいいっつーか」
「こいつとこいつ合わせてみなさいよ〜」

 ミスティに以前選んでもらったトップスとボトムスを渡される。あまり華美な装飾もなくシンプルではあるが、可愛らしい印象を受ける服だ。確かにこれなら違和感は感じないな。とベッドに並べて腕を組んだ。

「着てみてよ〜」
「ええ? いいよ着なくても。これで行くし」
「一回! 一回だけ!」
「そんな先っちょだけみたいな……」
「なはははは! その下ネタアースでもあったんだあ!」

 笑い上戸になっているミスティに着ろ着ろと言われて鬱陶しくて仕方がない。仕方なしに着替えると、あーいいね〜とだけ返ってくる。

「着ろって言った割に淡白なお返事ですこと」
「これも着て!」
「いいから水飲んで横になってなさい!」

 このままひとり部屋に帰すのが不安になってきたので、もう少し酔いが覚めるまで部屋に留めることにした。

 部屋着に着替えて服をクローゼットに片付けていると、ミスティが売店に行こうと言ってきた。

「どうせ酒買いに行くんだろ」
「せいかーい」
「やめときなよ〜。もう飲み過ぎだってば」
「じゃあつまみ! つまみだけでいいから!」
「つまみ食ったら今度酒飲みたいになっちゃうんでしょうが」

 いーきーたーいー! とベッドの上でばたばたと駄々を捏ね出したミスティに、育児ってこんな気分なのだろうか。と世の母親と父親に思いを馳せる。現実逃避に走っているとミスティが立ち上がって私の腕を取った。

「いこ!」
「うわ! 引っ張るな!」

 ぐいぐいと引っ張られながら部屋の外へと連れ出されて、呆れながらついてゆく。足取りは先程よりはましになっているように見えるので水が効いたらしい。

「夜中にコンビニ行くみたいなの。友達とやってたなあ」
「懐かしくなっちゃった?」
「……ちょっと、ね」

 地球に居た頃を思い出す。夜中に星を見ようと集まって、コンビニで食べ物を買って、小学校の校庭に忍び込んでレジャーシートを広げて夜空を見上げていた思い出。流れ星はその時初めて見て、少しだけ感動したのを覚えている。

 友人たちは元気だろうか。いや、そもそもこの時間軸にはもう友人たちは亡き者になっている。それを思って、足を少し止めてしまった。床に視線を落としていると、ミスティが覗き込んできた。

「やっぱりつらい? 私やヒューノバーが居ても」
「……そう簡単に忘れられないからさ」
「私がいっぱい遊んであげるわよ。思い出は大事にしまっておきなさい。いつか踏ん切りがつく時が来る。こんな言い方、呼んだ側が言うことじゃないのは分かるけどね」
「……そうだね」

 顔を上げるとミスティが穏やかな笑みを浮かべていた。

「もう帰れないの、分かってたつもりだったけれど、やっぱり苦しい時はあるよ」
「私だってそうなるわ。ミツミ、私にはなんでも話して。懐かしいことも、嫌だったことも。ヒューノバー以上の存在には登れないだろうけれど、新しい友人としてなんだって聞いてあげる」
「新しい友人、かあ」

 ふへ、と思わず笑った。友人を作るのは正直下手くそな部類だったが、いつの間にか新しい友人が出来ていたようだ。
 最初の出会いは揶揄われたことから始まったが、裏表が少ない、案外いい友人だろう。

「お友達になったんなら、愚痴とか聞いてね。惚気も」
「なんだって聞いたげるわよ」

 二人でくすくすと笑い合って止めていた足を再び動かし始める。

「今度二人で出かけない? ヒューノバー抜きで」
「いいよ。ヒューノバーとじゃ行かないところ連れてってよ」
「じゃあブティック巡りに〜、新しいカフェにも行きたいし、あ、コスメもまた見に行きましょ」
「私まだこの惑星の流行に疎いから教えてくれるとありがたい」
「なんだって教えてあげるわよ」

 売店にたどり着いて籠を手に取る。ミスティは先に進んでいるので追いかける。と、酒類売り場にたどり着く。

「酒飲むなっつってんだろ!」
「あと一杯!」
「……本当に一杯でやめる?」
「やめるやめる。なんか頭痛くなってきたし」
「二日酔いの薬も買っといた方が良さそうだね。吐き気とか今は無い?」
「水効いてきたから多分」
「不安だな……今日私の部屋泊まる?」
「となりゃ、やっぱり酒よ」
「酒に帰ってくるなよ」

 がこがこと缶ビールやチューハイなどを籠に入れていくミスティに呆れ返る。まあ付き合ってやるか。一日三十時間の使い方が酒に溺れるというのもたまにはいいだろう。

「次つまみね〜」

 つまみ系のコーナーに移動してジャーキーやポテチなど雑なつまみを籠に移し、二日酔いの薬も選び、袋詰めして売店を出た。以前は会計をしていたが、腕時計型デバイスで登録しておくと勝手に支払われると言う便利機能をヒューノバーに教えられたのでなんと楽なのか。と感動したのを覚えている。

 ミスティと私の部屋に向かいながら再び駄弁り始める。

「ヒューノバーの好みのタイプってどんな女性なんだろうか」
「あ、やっぱり気になるんだ」
「そりゃ……まあお付き合いを始めることになった訳ですので」
「うーん、あいつ浮いた噂聞かないからねえ。ただ養成学校時代でいい感じになってたのは女の子女の子してたわね」
「やっぱり男性はそう言う女の子好きか〜」
「でも今はあんた一筋だろうから、どんなミツミでも愛してくれるわよ。あいつ誠実ではあるからね」
「……ヒューノバーってさあ。私ずっと待ってた訳だよね。呼び出されるまで」

 自室の前にたどり着いて扉を開けて中に入る。ローテーブルに袋を置いて中の缶チューハイを取り出して、かしゅ、と音を立てて開けた。ミスティはビールを開けて飲み始めた。

「やっぱり期待とかあった訳だと思うんだけどさあ。来たのがこんなちんちくりんってどう思ったんだろう」
「あいつ見た目に執着するヒトじゃあ無いわよ。ミツミが苛烈な性格だったらちょっと破綻してもおかしくはないけれど、性格云々も前もって観測されてはいたはずよ。相性で問題ないからミツミが選ばれたんだから、良好な関係続けられると思うけど」
「いや分かってんだけど、やっぱ思うところ無いわけじゃ無いと思ってさあ」

 つまみのジャーキーの袋を開けてひとつ口に入れて咀嚼する。

「まー、獣人目線で言わせてもらえば、普通っちゃ普通よね。ミツミ」
「スフィアダイブの適正値も性格も問題なかったから呼ばれたってのは理解してんのよ。しかしながら、やっぱ私だって最初戸惑ってた訳だしヒューノバーだってそれあったんじゃねえのかなーと」
「まあ私だったら勝手に決めやがってとは思う」
「だろ〜?」

 ポテトチップスの袋を開けてひとつつまむ。ミスティはベッドの上であぐらをかき、ゆらゆらと横揺れしている。

「でも確か事前に候補者はリストアップされてたはずよ? その中からヒューノバーが選んだと思うわ」
「あ、そなの?」
「うん。私も全部目を通した訳じゃあ無かったけれど、送る時ちらっとは見たはずだったから」

 候補者のリストアップからヒューノバーが私を選んだ……。知らなかった情報だ。ヒューノバー自身も話してはいなかった。

「妥協して選ばれたとかなんだろうか」
「……なんだか後ろ向きなことばっか言ってるけど、自己肯定感低いの? 一応観測出来た範囲の情報は書類に記載されてたはずだし、選ばれたこと誇りに思っといた方がいいわよ」
「選ばれた結果誘拐されたけどね」

 どっ! とブラックジョークに二人して笑う。酒が入り始めているのもありしょうもないことで笑ってしまう。

「せめて両親にお別れ言いたかったわ〜」
「こちらの勝手に付き合わせて申し訳ない」
「それグリエル総督の真似?」
「そう!」
「グリエル総督も悪いヒトじゃ無いんだろうけど、ヒューノバーとの進展聞くとか親戚の厄介ババアかよって思っちゃうわ」
「ひとりは居るわよね〜そう言うババア!」

 再び二人で笑う。

「番制度って廃止出来ねえの〜?」
「訳わかんない制度よね〜。あの〜なんだっけ。サダオミさんもヨークさんとは険悪な時期あったらしいからね〜。相性悪くないって書面で決まってても実際どうなるかは分かんないってことよね〜」
「まああの二人は今やおしどり夫婦っぽいけどね〜」
「ヒューノバーと喧嘩したら私に言うのよ。ついでに心理潜航捜査班の女性陣も味方につけましょう。ヒューノバーをボコすわよ」
「あまりにも酷い」

 他愛ない愚痴大会を開いていると、夜も更けて来た。ミスティはうつらうつらとし始めて、ベッドに入って寝たら〜と言えば部屋着のワンピースを脱ぎ出した。ついでに下着も脱ぎ出して全裸で布団に入った。

「おやすみ〜」
「ヒトの部屋来て全裸で寝る女……」

 缶を回収してゴミを捨てた後、私もベッドへと入る。電気を消して暗くなると、ミスティが抱きついて来た。

「あっちいんだけど〜」
「ん〜、いい抱き枕」

 ぐでぐでに酔っ払っているミスティに何を言っても無駄だろうと目を閉じて眠りについた。

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