4.
照明が落ち、警備や使用人が床に何人も倒れている中を歩いていくと、同じ部隊の同僚もその骸の中に確認できた。
金髪の後輩は、これを無傷でやってのけた。
短時間にこれだけ殺す。
数々の訓練とテストの中で、近接戦では群を抜いた身体能力とセンスを見せただけはある。
その事実に改めて腹が立つ。
狙撃ポイントから撃ってやってもよかった。
それをしないのは、金髪の後輩が何を思って裏切ったのか、聞く権利の放棄になるからだ。
裏切ったものには粛清を。
自分で思っていた以上に、頭に血が上っていたのは確かだ。
人の気配が消えて暗い大統領府を、応接間まで真っ直ぐ目指して歩いた。
――そして今、ここに至る。
応接間。窓際には、撃ち抜かれた国軍総帥。足元には、事切れた中年女と、そのそばですすり泣く黒髪の女。
項垂れていた女が、顔を上げる。
長い黒髪が顔にかかり、涙で潤んだ黒い瞳は虚ろ。そして手には
この女はどこから現れた? いつからここにいた?
疑問だらけだが、それを尋ねる余裕はない。
「あなたは、さっきの男の仲間ですか?」
流暢な英語だった。
裏切った人間の仲間扱いされるのは癪に障るので、首を横に振る。
「あの金髪の男は私の母を殺した」
黒髪の女は大粒の涙を流し、拳銃を持つ手はわずかに震えていた。
この発言で、殺された中年女の娘だということは、とりあえずわかった。
「大統領の指示で、金髪の男が母を殺したのなら、私の敵は大統領です」
この状況下で、やけにスムースに話すと思った。動揺していないのか、と思わせるほどの落ち着きがある。
しかし、この涙はを見る限り、動揺していないはずがない。余計に、この女の心情がわからない。
「……同情はする。だが、これからどうする? どうやって大統領を殺す? お前に何ができる?」
自分相手に、この女は何を求めているのだろう。
泣き濡れた黒い瞳と眼が合う。そんな眼をされても、困る。
「いいか。ここでじっとしていれば、警察が保護してくれる。復讐なんて、叶わない夢を見るんじゃない」
大統領と金髪の男は、首尾よく現れた警察に保護された、と諜報担当の赤毛の男が言っていた。ここへ乗り込んでくるのも時間の問題だ。自分も早くここから逃げ出さなければ、まずい。
黒髪の女は不意に立ち上がり、自分の右腕を掴んだ。血色の悪い唇を引き結び、潤んだ眼をした女と視線が合う。
この女は、国家権力である警察よりも、見ず知らずの自分を宛てにしようとしている。
冗談じゃない。時間がない。
警察が来る前に逃げたい。
こんな足手まといを連れていける余裕はない。
「お前はここにいろ」
苛立ちが声に出ないよう、細心の注意を払っていったつもりだったが、感情が声に出ていた。完全に苛立っていた。
「お願いします!」
腕を掴む手に、ぐっと力を込められる。面倒なことになった、と直感で思った。
黒い瞳は、こちらの意志を跳ね返さんという勢いで必死に縋ってくる。
「助けてください」
掴んでくる手を振り解きたいと思ったが、あまりにも必死で、振り払えなかった。
思わず舌打ちが出る。
「警察に包囲されるより先に、逃げるぞ」