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第三十五話 薬指の約束

「くう〜、終業ゥ!」
「お疲れ〜。調書やれば出来るじゃあん」

 椅子に座りながら伸びをしていると、シルビアにぽんと肩に手を置かれた。お疲れ様です。とシルビアの方を向いて告げると、ちょっと今日外で酒でもどう? と誘われた。

「奢るよ〜、シルバーが」
「俺かよ」

 この世界で先輩から酒に誘われるのは初めてだな〜と思いつつ、いいですよ。と快諾する。ヒューノバーも誘われ、着替えたら正門集合ね〜。とシルバーとシルビアは部屋を出て行った。

「お疲れヒューノバー。調書の手伝いありがとう」
「慣れてもらわないと困るからね。提出は明日朝イチでもいいだろうから、準備しようか」
「酒酒〜。誘いがないと総督府の居住区で一生を終えちまうよ」
「もう少し外に出ようよ……」

 ヒューノバーに呆れられながら調書を保存して部屋を出た。ヒューノバーは更衣室に向かうらしい。私はいつも自室で着替えてしまうので更衣室は利用したことがなかった。一旦別れて居住区へと向かう。

 自室に入って制服を脱いで以前買った私服に着替える。あまりおかしくはないかな。と不安になりつつも、化粧を直してから自室を出て正門へと向かった。総督府内も大分慣れた気がする。まあここ家の一部だしな。

 正門に向かえば他のメンツは既に揃っていた。

「お疲れ様でーす」
「お、来たか。いつもの居酒屋行くぞ〜」
「俺、お酒駄目なんで無限に食べててもいいですか」
「大丈夫。飯も美味いところだから」

 行くぞ〜。とシルバーが先導しつつ雑談タイムに突入する。

「シルバーさんとシルビアさんて、やっぱりご結婚を?」
「してるしてる。この指輪を見なさい」
「生憎私も指輪をしているので」
「カーッ! ヒューノバーも隅に置けないねえ!」

 シルビアがヒューノバーの背をばんばんと叩き、ヒューノバーが咳き込んでいる。

「お二人の出会いは……」
「それは酒の席で話したげる。酒が入った方が盛り上がるでしょうよ」
「それもそうですね〜」

 仕事のことだったり、なんだりと話しながら歩いていれば、店にたどり着いたらしくシルバーの足が止まった。

「着いたぞ〜」
「今日はぱーっと飲みましょうかあ。後輩も居るしね〜」

 店の中に入り席に案内される。運が良かったらしく待つ事もなく入れたが、結構な人の入りだ。人気店なのだろうか。

 メニューを卓上のデバイスで注文し、そう時間もかからず酒が運ばれてきた。チェイサーも頼んでいたので、程々に飲みながら話を聞こう。

「はいでは、今日も仕事お疲れ〜。かんぱーい」
「かんぱーい」

 四人でグラスを当てて、ビールを流し込む。あ〜、染み入るわあ。
 で、と二人の出会いを聞くこととする。

「お二人ってどこで出会ったんですか?」
「私らまた従兄弟なんだよね。歳も同じで小さな頃から連んでたんだよ」
「へえ〜。親戚同士で心理潜航の適正あったんですね」
「うちらの家系、割と心理潜航関係の仕事についているヒト多いんだ。獣人だったり人間だったり、まあ結構入り混じってるんだよね。血」

 医療機関に勤めている心理潜航専門のセラピストも身内に多いらしい。どうして荒事が多そうな心理潜航捜査官になったのかと聞くと、スカウトがあったそうだ。

「専門の大学には揃って行ってたんだけど、そこで拾い上げみたいな感じで所属することになったんだ」
「養成学校出ないヒトでもなれるんですね」
「相性も良かったし、信頼関係も古い仲だから問題なかったし、わざわざ養成学校行ってまで学ぶ必要もなかったって感じかな〜」
「まあついでに結婚もしました〜みたいな」

 色々なルートから心理潜航捜査官にはなることは可能のようだ。実力主義なところがあるのだろう。

 お子さんいらっしゃるんですか? と問うと居るよ〜とのことだった。今現在、全寮制の学校へと入っているらしく、帰って夕飯作りに家事にと追われている訳でも無いらしい。気軽に飲みに行ける辺り、寮付き自分で選んでくれて良かったわ〜と呑気に酒を飲んでいる。

「寂しくないですか? お子さんと離れるの」
「そりゃ寂しいけどね。でも休みの日は結構顔出してくれるから」
「騒がしいのが居なくなると寂しくなってしまうのはどんな親でもなんだろうなあ」

 子供か〜。とヒューノバーが運ばれてきた梅水晶らしきものを食べながら呟いた。揶揄うようにシルビアがヒューノバーに話しかける。

「なあにヒューノバー。あんたもミツミとの子供欲しいの?」
「え! あ、いや、……まあ後々」
「良かったなミツミ。お前は確実に惚れられている」
「なんかまだまだ付き合うとかまで行っていないのに惚気られると複雑すぎる」
「あんたらまだくっ付いてないの〜? ミツミは満更でもないでしょ? こいつ虎よ虎」

 獣人界では虎はかなり人気種族だと以前分かったが、のんびりむしゃむしゃとつまみを食べまくっているヒューノバーを見て、……まあ満更でもないのは確かであった。押し黙り酒をあおった私にシルバーとシルビアから茶々が入る。

「もう付き合っちゃいなよう〜。ヒューノバーはミツミ一筋だと思うよう?」
「う、いやしかし、こののんびり虎ちゃん、心の奥底では」
「あ、駄目駄目。心理世界のことは漏らしちゃ駄目だよ。プライバシーに関わるから。……でも、ふうん。なんか見たんだあ〜」
「いやまあそのう」
「一筋だったでしょ?」
「……はい」

 ヒューノバーの心理世界で一気に潜った際に見たあの色のあるヒューノバー。正直今だったらくらっと来る気がしないでもないのだ。しかしあれは心臓に悪すぎるので現実で付き合ったとしてもあんな感じになったらなんか恥ずかしすぎるな……と言うのが本音だ。羞恥に耐えられるのか。

「ミツミ、俺じゃあ、駄目かな?」
「ぎゅう」

 ヒューノバーが小首を傾げて私を見る。なんか口に物が入っているのは減点ポイントではあるが、可愛さを助長させている。くそ、私はこいつに惚れているのか? なんか酒が回ってきたのか、冷静な判断を取れるか不安になってきた。

「ねーもー、付き合っちゃいなよう」
「そもそも番制度の上でのバディなんだから、付き合ってしまった方が楽だと思うぞ」
「うぐぐ……そりゃ分かってんですがね」
「ミツミ……」
「可愛い顔で落とそうとしてんのか?」

 ヒューノバーの頬をわしゃわしゃと撫でると、ひゅう! とシルバーが酒のせいか上機嫌で口笛を吹く。そういえばスキンシップは親しい間柄だけだったなと思い出して手を引っ込めた。友達んちの猫ちゃん撫でる感覚で撫でてしまった。気をつけなければ、と酒で冷静さを失い始めた頭でどうにか考える。

 酒とつまみの追加を注文しながら、そういえば、とある人物について聞いてみた。

「ルドラ・イクシーさんってご存知ですか?」
「あん? ルドラ〜? あ、秘書室の」
「あ、ご存知なんですね」
「サイボーグ化されてるヒトだし目立つしな。名前知らなくても見た目は知ってるってヒト多いんじゃあないか?」

 以前事件があって助けてもらったことがあるのだと言うと、ここも治安悪いね〜。と嘆きが出てきた。

「私らが心理潜航の素質持ってるのって、元を辿れば人間の血が入ってるからなんだよね。その人間を虐げる奴がいるって言うのがどうにも許せないよ」
「心理潜航する方からすれば力の源に居るんですよね。人間って」
「そ。この国の閉鎖感。たまに嫌になるな。獣人至上主義のヒトも居るからな」

 酒でぐだぐだと愚痴大会になってきたところで、ヒューノバーは話を聞きながらぱくぱくとつまみを食べまくっている。こいつ下戸らしいが飲ませたらどうなるんだろうか。……倒れられたら運べない体躯だから飲ませるのはやめた方がいいな。と頭の冷めた部分で思う。

「ルドラさんにお礼したいんですけど、サイボーグの方って何を喜ばれるんでしょうねえ」
「機体のメンテのコーティング剤とかあるが、そういうのはこだわりがありそうだからな」
「無難にお菓子がいいんじゃないかな」

 ヒューノバーの言葉にそれが一番良さげだな。と考える。もし食べれなくともパートナーの方が食べてくれるだろう。

「ヒューノバー、今度お菓子見繕うの手伝ってよ」
「いいよ。俺の好きなお菓子も教えてあげるよ」
「お、デートのお約束じゃなあい? シルバー」
「君ら、ちゃんと仲を深められているようで安心したよ。もう付き合え」
「こいつら酔ってきやがってんな」

 つーきあえー。つーきあえー。とコールをしてくる二人に、退店時面倒臭いことにならないかと不安になってきた。一方でヒューノバーはテレテレと照れている。純粋か?

「まーさあ、番制度のことに戻るけど、そのうちグリエル総督にまた呼び出されんじゃない? ポーズでもお付き合いしましたって言っとく方が心象いいと思うよ?」
「あ〜、そういえば進捗どうすか? 的な話で呼び出されましたわ。前」
「ねー、悪く思ってないならさ。付き合うの手だと思うんだよねえ〜」

 ヒューノバーを横目でちらと見ると、ピザを頬張って私を見ていた。……抜けている。

「ヒューノバー、付き合おう」
「ぶぼっ!」

 私の突然の告白にヒューノバーはピザを吹き出した。うわ汚な! とヒューノバーの前に座るシルバーが叫んだが、今は無視をする。

「み、ミツミ?」
「あのさ。私結構ヒューノバーのこと好きだと自覚したんだよね。ヒューノバーも悪く思っていないなら、付き合わない?」
「え、あ、俺でよければ……」
「カップル生誕拍手〜!」

 わーい! と手を叩いているシルビアだったが、シルバーの方はピザのかけらを拭っている。なんか酔いで混沌としてきた。

「そしたらヤっちゃいな〜!」
「流石にそれセクハラですよ」

 夜もふけはじめ、ヒューノバー以外の人々が出来上がった頃解散となった。ヒューノバーが総督府の正門まで送ると言い、シルバーたちとは解散してヒューノバーと夜道を歩く。二人揃って無言だった。
 正門に着くと、ヒューノバーが私の名前を呼んだ。

「ミツミ、本当に俺でいいの」
「ヒューノバーがいいんだよ」
「……ありがとう」

 ヒューノバーは私の左手を取ると薬指に口づけを落とした。それを酒が入った頭でぼんやりと見つめ、ヒューノバーが私の手を額に近づけた。

「きっと幸せにする。だから、一緒に歩んでくれますか」
「……うん。ずっと一緒に居ようね」

 なんだかお付き合いの告白なのにプロポーズみたいになったが、ヒューノバーは私を抱き締めると、おやすみ、と言って離れて行った。

 正直居酒屋でムードもへったくれもない告白だったが、少々浮かれている自分がいるのも確かで。自室に戻った後、ベッドに寝転んで左手の薬指の口づけをした。

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