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「えっ、今からですか?」
「夜のほうが動きやすいもの。すぐ戻ってくるわ」
「・・・わかりました」
窓を開けた瞬間、カラスはまたわたしの頭上を越え、闇夜へ飛んで行った。早いな。
ベランダの椅子に座り、待つ事にする。
すぐというのは、本当だった。10分もしないうちに、暗闇の中をこちらへ飛んでくる物が見えた。
そしてそれは、もの凄い速さでわたしに向かってくる。突進するような勢いで手すりに止まり、驚いて少し身が引いた。
「お、おかえりなさい」
カラスがクチバシに咥えている物を受け取る。
金色の、シンプルな細いチェーンのブレスレット。あまりにも繊細で、重さを微塵も感じない。その辺に落ちていても、気づかないと思う。
「これよ。汚れちゃったから洗ってちょうだい」
「あら、ホントだ。土がついてる」
「誰にもわからないように、埋めておいたの」
「なるほど。わかりました」
「明日、また来るわ」
「あの・・・よかったら、いてもらっても構わないんですが。その、わたしの部屋に」
一瞬、カラスが笑ったように見えたのは気のせいか。「わたしは鳥よ?狭い所は嫌いなの。でも、ありがとう。あなたは優しいのね」
「あのっ」飛び立とうとしたカラスを呼び止めた。「お名前とかって・・・ありますか?」
「・・・空を舞うで空舞(あむ)よ。彼女がつけてくれたの」
「空舞さん・・・わたしは・・・」
「雪音」
「えっ」
「おやすみなさい、雪音」
そして、彼女は再び闇夜の空に羽ばたいて行った。
どうして名前・・・ああ、春香達との会話を聞いていたのか。澄んだ声で名前を呼ばれると、ドキッとする。
何処に、行ったんだろう。あの河原かな。だったら、近いな。
部屋に戻り、洗面所でブレスレットの土を流した。力加減を間違ったら千切れてしまいそうだ。ハンカチに包み、テーブルに置く。
──どうしよう。事が事だし、今回は早坂さん達に伝える必要はないかもしれない。いや、伝えないほうがいい。わたしだけで済む問題だ。下手に心配させるより、事が済んでから報告しよう。