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駅はどこですか

「駅はどこですか」
酔っ払いらしいサラリーマン風のおっさんに腕を掴まれた。
「駅、どこですか、駅」
「あ?」
おかしなことを言う人だと思った。駅は目の前であり、俺も今自動改札を通って駅を出て来たばかりだった。泥酔してしまって、目の前にあるのに気付かないようだ。
「ほら、駅は目の前ですよ」
俺はめんどくさいと思いつつ、おっさんに駅の改札を指差す。
「ほら、見えるでしょ」
距離的には十数メートルぐらいしか離れていない。酔っていても、充分見える距離のはずだ。
「い、いや、あの駅じゃなくて、本当の駅です。お願いです、教えてください」
「いや、本当もなにも、この辺りで、駅と言ったら、あそこだけですよ」
俺はもう付き合いきれないと思って、待ち合わせの居酒屋に急いだ。久しぶりに友達同士で集まっての飲み会だった。なじみの安い居酒屋の前で、みんなが来るのを待つ。
が、なかなか来ないと思ったら、幹事から連絡が来た。
「おい、お前、どこにいるんだ。もうお前抜きで始めてるぞ」
「え? いや、店の前でずっと待ってるけど?」
「あ、いま店の外に出て電話してるけど、店の前にお前、いないぞ」
「え、大学の近くのよく使った居酒屋だよな」
「ああ、そうだよ。みんな、もう集まってるから、お前も早く来い」
「え・・・」
通話は切れて、俺は慌てて店内に入って、友達の姿を探し、忙しそうにしている店員をつかまえて、知り合いを探していると訪ねて一緒に店内を見て回ったが、いなかった。
友達に電話を掛けてみるが、繋がらなかった。とりあえず、この近くの居酒屋を一通り探してみることにしたが、お店の店員さんに迷惑がられるだけで、友達は見つからなかった。
仕方なく、今夜は帰ろうと駅に向かって自動改札機を通ろうとした時、ぱたんと扉が閉じた。
今朝、チャージしたはずであり、もう一度タッチしても赤く点灯し閉じられてしまった。
仕方なく、自動発券機に向かう。チャージしたつもりでし忘れていたかもと思ったが、残高は十分にあった。
おかしいなと思いつつ、もう一度改札を通ろうとしたが、何度試しても赤く点灯して閉じられてしまう。
駅員に尋ねようとしたが、有人改札窓口の向こうは無人だった。ICカードが壊れたのか、いっそ切符を買って電車に乗るかと考えていたとき、あの酔っ払いのおっさんが、まだ駅の前で「駅は、どこですか」とウロウロしていた。俺と目が合ったおっさんが何かを察したように二ッと笑い掛けてきた。俺が、そのおっさんと同じように本当の駅を探してうろうろしだすのにさして時間はかからなかった。

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