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第三十三話 思い出の水族館

 昼休み後、監視室にて潜航対象者についての事前情報の打ち合わせが行われた。シルバーは白い毛並みの猫獣人。シルビアは狼を思わせる獣人。私もヒューノバーも事前に情報には目を通していたが再確認をする。

「今回の潜航対象者の方の氏名、ナオミ・バンジョー。女性の方です。種族はアライグマ、ですか」
「重度のPTSDを患っています。ある会社で秘書を務めて居た方ですが、会社の情報を抜こうとした男性に強姦されたとのことですね」
「政府の心理潜航でもセラピーみたいなことするんですね」

 犯罪などを今まで扱っていたのもあり意外で三人に質問をすると、今回は特殊だとのことだった。なんでも潜航対象者の上司である社長が犯罪組織との関係が疑われており、その情報を抜こうとした犯人に襲われることになったのでは、とのことだ。

 社長の方は関与を認めてはいないが捜査はあったらしく、潜航対象者に潜ってその情報も集められるのならば集めろとの命令が下ったらしい。

「今回の潜航は一応捜査の一環なんだよね。セラピストとして彼女の傷を塞ぐのも出来ればいいとは思っているんだけれど」
「心理潜航って一般の病院とかだったらセラピーの一環として行われるのは普通にあるんだよね。ヒューノバー」
「そうだね。何だったら心理潜航専門のセラピストも資格としてあるからね」

 でも、とシルバーが口を開く。

「今回の心理潜航、ちょっと骨が折れるかもな」
「何か問題が?」
「君ら以前、マフィアグループ所属の獣人の潜航扱っていたろ? 補佐だったって聞いたけれど、それに関連することの可能性が高いそうだ。とすると、危険は付き纏う可能性があり得る」

 なんか心理潜航捜査班に属する上では仕方ないのだろうが、身の危険を感じながら潜らなければならないのは少々気疲れするな。今回はまた補佐ではあるが、見ている方もはらはらとするものだ。

「今回の潜航対象者の深度は第五階層あたりだと事前調査で分かっているそうです。お二人なら潜航酔いも無いでしょう」
「ん、大丈夫だよなシルビア」
「任せんさいよ〜」

 この二人、ミスティの話では黒い噂があると聞いたが、そんなヒトにはやはり見えない。今まで丁寧に接してくれていたし、やはり根も葉もない噂が一人歩きしているのだろう。

「じゃ、補佐お願いね。つってもちょいちょい指示してくれたらいいから。気負わず」

 シルビアが眼鏡デバイスをかけると潜航室に二人で向かった。ヒューノバーと共に映像が送られてくるモニターの前に座る。コーヒーと軽食を今回持参したので初めての補佐よりは気分的に余裕がある。

「なんつーか、見ているだけで何も出来ないってのも歯痒いねえ。まあ自分が潜ったら潜ったで結構身の危険感じはするけれど」
「そうだねえ。指示役しながら動きを見るのも結構経験にはなるはずだから、勉強と思うといいよ」
「そうする」

 潜航室で対象者を前に座った二人を見て、そのうち映像が送られてくるだろうとモニターを見つめた。しばらくすれば映像が送られてきた。

「聞こえますか、シルビアさん」
『おっけ、聞こえるよ』

 シルビアとシルバーの声が聞こえて映像と音声は大丈夫そうだなと確認する。

 場所は、恐らく対象者の職場だろう。さっぱりと殺風景な無機質な廊下に現れたらしい。端に置かれた観葉植物が唯一違和感を消している。職場の地図は一応情報に入っていたために秘書室に向かうようにヒューノバーが指示を出した。

「事前に捜査が入ったそうですけれど、秘書室も調べたんですよね。何も情報は見つからなかったのでしょうか」
『デバイス類は押収して調査中とのことだ。破棄されたデータがないか今丁度調べているとか』
「この階層にはナオミさんは居るとすれば秘書室か社長室でしょうけれど、PTSDの原因となった出来事が観察出来るとすればもっと深い階層ですよね。表層に近いこの階層でデータ集まるんですか?」
『ミツミせっかちだな〜。何事も隅々調べるのが私たちの仕事だよ』

 目を皿のようにして調べるんだよ。とシルビアに言われ、疑問があるならばしらみつぶしに調べるのが手っ取り早いのだろう。秘書室に着き中に入ったが無人だった。何か資料など無いかと部屋を調べ始める二人。私はコーヒーを飲んで映像を見つめる。

 執務机の卓上にメモ書きがあるのをシルバーが見つける。14:00、カルカロットと書かれている。

「カルカロットって」
『確か君らの前回補佐の資料にあった名前だな。マフィアグループの傘下のひとつだったか。チーム・カルカロット』

 何かしら関わりがあるらしい。現実世界での捜査の段階では見つからなかったらしいので捨てられたかしたのだろう。

 その他調査はしたが目ぼしいものは見当たらなかった。ただチーム・カルカロットとの繋がりは示唆された。社長室に向かってみるか。とシルビアが提案したが、表層に近いこの第一階層では、ナオミと対面したところで情報を得られるかはあやしいと次の階層に潜ることになる。

 下階への入り口を探せば、どうやらエレベーターがその役割をしているらしく、二人で乗り込んだ。三人の会話を聞いておく。

「チーム・カルカロットに何かしら関わっているのならば、可能性として高いのは」
『資金源のひとつだったか。ってことかな』
『社長がマフィアグループに癒着関係だったと言うのが一番可能性が高い。ナオミ自身も関わっていたのかもしれないが、秘書としてスケジュール調整していただけで実態は知らなかったんじゃないだろうか』

 もし知っていたのならば、無理矢理情報を吐かせられるために強姦されることも無かったのでは、とのことだ。被害者と言っていいだろうが、実態はもっと深部まで潜らなければ分からないだろう。

 しばらく下るエレベーターの中で話し合いをしていれば、エレベーターが音を上げた。自動扉が開けばマンションの一室のようだった。窓辺にシルビアが近づけば結構な高さのあるタワーマンションのようだ。

『社長様は良い暮らしをなさっていたようで』
『汚職すれば良い暮らし出来るんだろうか』
「先輩方、やめてください反社になろうとするのは」

 なんか心理潜航捜査官って色々な犯罪者へ潜っているからなのかは知らないが、結構人道を外れたらの妄想をしがちだな。分からんでもないが洒落にならんな。とクッキーを食べながら呑気にモニターを見る。

「ここ社長の家ですよね。なんでナオミさんの心理内に出てきたんでしょう」
『まあ秘書と出来てる社長って割と居るとか言うしな〜。何かしら関係はあったんだろう』
「社長宅は警察の捜査は入ったんでしょうか」
『いや、確か無かったはずだ。何かしらあるかもな』

 良い暮らしむかつくから屋探ししようぜ! とシルバーがはっちゃけ始めた。シルビアもノリがいいらしくまるで空き巣かのように家の中を荒々しく調べ出した。このヒトたち思い切りが良すぎるきらいがあるらしいので、現実で部屋に招いたら部屋の中めちゃくちゃにされないだろうか、と謎の不安が湧きあがった。

『これは……社長とナオミの写真だな』
『やっぱりそれなりに良い関係だったんでしょうね』

 写真立ての入った写真は社長らしきパンダの男性とナオミのツーショットの写真だ。他にも何個か置いてある。

「結構真剣交際だったんでしょうかね」
『と思うけどね。幸せそうな写真だし』

 ずず、とコーヒーを啜りながらモニターに映る写真立てを眺める。どの写真も楽しげで幸福そうな恋人同士に見えた。

 その後しばらく空き巣をしていた二人だったが目ぼしいものも無く、次の階層に向かうこととなった。降ってきたエレベーターに再び乗り込んだ。

「第三階層はどこでしょうねえ」
『さあねえ。潜らないことには分からんわ』

 シルビアがシルバーと向き合いながら、チーム・カルカロットの件の話になった。

『カルカロットって裏社会では結構有名なチームではあるけど、以前の武器類横流しの件で結構被害があったらしいけど、再建できるのかね』
「カルカロットってリーダーは捕まったんですか?」
『いや、ご健在だよ。確か……リンダ・トワーズだったよな。前君らが補佐した時の幹部は』
「はい、象の獣人の女性です」
『彼女はまあ、トカゲの尻尾切りとでも言うかね。人身御供だよ』
「はー、幹部は失っても権力はそのまま維持しているって感じですか」

 ヤクザの世界でも舎弟に罪をなすりつけて刑務所に入れると言うことは聞いたことはある。幹部だったのもあり部下にそこまでの責任を負わせられなかったからリンダ本人が捕まった、と言うことらしい。彼女は今刑務所に入れられているそうだ。

「カルカロットとの関係を明かせられれば一網打尽にってあり得るんですか?」
『難しいだろう。警察も色々動いては居るが危険な組織だからな。下手に動けば、他傘下や大元が動く可能性もある。その場合悲惨な結果に、もあり得るからな』

 マフィアと警察の関係も難しいものだ。日本でだってヤクザを取り締まれるのならばとっくのとうにそうして居るだろう。
 第三階層にたどり着いたらしくエレベーターが止まって自動扉が開いた。

『ここは……水族館だな』
「え、水族館ですか?」

 辺りは薄暗い。シルビアが動くと大きな水槽がモニターに映った。

『思い出深い場所なのかもしれないな。例えば、社長と一緒に初めて行った場所とか』
「相当真剣交際だったんですね」

 ここから得られる情報は無さそうだと思ったが、一応調べよう。とシルバーが言う。

 水槽が並ぶ空間を歩いていけば、遠目に水槽からの光に照らされた恋人同士らしき二人の姿が見えた。片方はナオミだと分かった。とするともうひとりは社長だろう。パンダの獣人だ。

 二人で談笑しながら大きな水槽を眺めている。いい雰囲気に見える。

『シリノさん、今日は誘っていただいてありがとうございます』
『君水族館が好きだと言っていただろう? 僕も来たかったんだ。子供の頃、僕も好きだったから』

 楽しげに談笑している二人を遠目に眺めながら、シルバーとシルビアが相談を始める。

『やっぱり初めてのデートだったんでしょうね』
『ここから得られる情報は無さそうだな。邪魔するのも忍びないし』

 次の階層へ向かおう。と元のエレベーターに戻ると二人は乗り込んで、なんだか、とシルビアが呟いた。

『愛するヒトが居るのに、そのヒトが犯罪に手を染めていたのも、蹂躙されたのも、可哀想ね』

 ナオミは社長を愛していたのだろう。だってきっと大切に思っていたから、思い出の場所だと心理世界にあの水族館が現れたのだ。強姦なんてされて、PTSDになるほどの心の傷を負って、……悲しいことだが、愛する相手を間違えてしまった。としか言えなかった。

 エレベーターが降ってゆくのを感じながらなんとも言えない無力感に苛まれた。

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