明の巻
図書館の出口に立つ
こんな事って……!?
たった今、自分が調べた内容が信じられなかった。
一刻も早く、
何度も携帯に連絡をしているが繋がらない。
留守電も反応無しだ。
家に問い合わせると、まだ戻っていないと言う。
嫌な胸騒ぎがした……
何かあったのだろうか。
尊は暫し思案した後、また歩き始めた。
とりあえず、時空の足取りを追ってみるしかない。
もし何かあったのなら、道中に痕跡があるやもしれない。
そのまま、時空の下校路を歩いてみる。
此処から彼女の家までは、十五分ほどの距離だ。
すでに夕刻を過ぎ、街灯が
人通りもまばらな道を、尊は小走りに走った。
途中に小さな神社がある。
子どもの頃よく遊んだ場所だ。
ここを抜けると近道なので、時空もよく利用している。
尊は、迷う事なく鳥居を
参道を抜け、本殿の裏手に回る。
林道を抜けると、時空の家までは一直線だ。
しかし、その林道の入口に……何かがいた。
よく見ると、それは黒い
尊はハッとして立ち止まった。
それに見覚えがあったからだ。
ほどなく、ある記憶が蘇る。
間違いない……
それは、あの黒装束が消える直前に現れたのと同じものだ。
尊は戦慄を覚え、その場に硬直してしまった。
靄は、少しずつ膨張している。
尊は大きく深呼吸し、どうにか意識を保った。
その靄を凝視しながら、ゆっくりと
手が、無意識に胸ポケットのUSBを掴んだ。
中には、図書館で調べた内容が保存してある。
何としても、手放す訳にはいかない。
そう
時空に知らせるまでは……
尊は本殿の側壁まで後退すると、瞬時に身を
そのまま一気に駆け出す。
実に、俊敏な身のこなしだった。
だが幾らも進まぬ内に、聞き覚えのある奇声が後方で轟く。
振り向いた尊の目に、靄から飛び出す何者かの姿が映った。
それは、紛れもなく例の黒装束だった。
しかも今度は二体。
尊の前方に一体、後方に一体……
たちまち、挟み撃ちにされてしまう。
反射的にあたりを物色するが、武器になるようなものは見当たらなかった。
剣道では高い技量を持つ彼女でも、素手ではどうしようもない。
道場での一件が、脳裏を
恐怖が心身を浸食し、足が止まってしまった。
「ヒャヒャっ!」
異形らは奇声を漏らしながら、じわじわと距離を詰めて来た。
手には、棍棒らしきものを握り締めている。
深紅色の光る眼が、射るように尊を睨みつけた。
だめだ……逃げ切れない!
進路も退路も絶たれ、本殿が邪魔で脇にも進めない。
逃げ場を失った尊は、ただ睨み返すしかなかった。
道場で時空が投げ飛ばされた映像が蘇る。
もし、自分が今同じ目にあったら……
怪我だけでは済まない。
死んで……しまう……
血の気の失せた尊の顔が、大きく歪む。
喉が詰まり、声を出す事もできなかった。
「キキィィィっ!!」
甲高い叫び声を上げ、二体の異形が同時に動いた。
棍棒を振り上げ、前後から飛び掛かってくる。
助けて……時空!
思わず目を閉じる尊。
助けて……誰か!
決死の叫びが、心中で木霊した。
時空の真剣な眼差しが、一瞬目に浮かぶ。
だが、次の瞬間……
尊の身体が、突如黄金色の光に包まれた。
目も眩むような
「ギャイィィィっ!」
異形の呻くような声が、空気を震わせる。
恐る恐る目を開くと、黒装束が地面に転がっていた。
これは……何!?
一体、何が起こったの?
気付くと、尊の周りを黄金の光玉が浮遊していた。
フワフワと、まるで回遊魚のように回転している。
だが不思議な事に、恐怖心は全く無かった。
むしろ、それが体に触れるたびに、心奥から暖かい何かが湧き上がるのを感じた。
やがて動きを止めた光玉は、吸い取られるように体の中へと消えていく。
ハッと我に帰った尊は、それを追うように自らに目を向けた。
「あっ!」
驚きの声が、少女の口から飛び出す。
そこにあるのは、いつもの見慣れた学生服ではなかった。
裾まで届く
袖口に巻かれた細いリング──
目も眩むような黄金の輝き──
尊が身に着けているのは、見た事も無い【ローブ】だった。
「何なの……これっ!?」
あまりの驚きに、思わず叫んでしまう。
何故私は、こんなものを着て……
反射的に体に手をやった尊は、ある事に気付く。
USBが……無い!
ローブの胸元に目をやると、クロス状の文様が刺繍されている。
……これって……まさか
尊は、神宝図の絵柄を思い起こした。
台形状の黄色い布に、『X』の文字。
間違いない!
あのUSBが、このローブに変容したのだ!
そう
時空の神鏡が八握剣に姿を変えた現象が、今度は自分の身に起こった……
直感的に、尊はそう悟ったのだった。
ならばやはり、あのUSBは神器だったのか!?
【
「ヒャヒャヒャ……」
不気味な声に振り向くと、回復した黒装束が起き上がるのが目に入った。
今は考えている余裕は無い。
この窮状を、何とかしなければ……
異形は互いに顔を合わすと、再び尊の方に向き直った。
「シャァァァァっ!!」
標的を再認識した二体は、奇声を発し襲い掛かってきた。
しかし、もはや尊の中に恐怖心は無かった。
何か熱いものが体中を駆け巡り、力がみなぎるのを感じる。
尊は、本能的に両手を前に差し出した。
その瞬間、手先がボォっと光を放つ。
「
棍棒が振り下ろされる寸前、尊の体から光の波が放出した。
それは異形の体を弾き飛ばし、近くの樹木に叩きつけた。
「ギャィィィィィっ!!」
体に貫通した枝を握り締め、断末魔の悲鳴を上げる黒装束。
と、次の瞬間……
また例の黒い靄が、どこからともなく現れた。
そして異形を包み込むと、煙のように消失していく。
後には、エコーのように遠のく悲鳴だけが残った。
尊はフゥと大きく息を吐き出した。
極度の緊張で、全身に疲労感が溢れる。
見ると、ローブにも異変が生じていた。
チカチカと
細かい粒子と化したそれは、
服装が、元の学生服に戻る。
開けた掌には、黄金色のUSBが横たわっていた。