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神の巻

学院側には、道場に不審者が侵入し、そのまま逃走したと報告した。
警察への連絡もなされ、当面道場の使用は禁止となった。
折られた竹刀(しない)の件については、今の所、その不審者の仕業という事になっている。

人間離れした異形の出現や、八握剣(やつかのつるぎ)ついては話していない。
言っても信じないだろうし、今はこれ以上伊邪那美(いざなみ)(ほのか)を刺激したくはなかった。
何をしてくるか、分からないからだ。

伊織にも事情を説明し、協力を依頼した。
目を丸くしていたが、意外にも素直に応じてくれた。
命の恩人である時空を、信頼しているのだろう。
伊織を家まで送る役目は、時空が引き受けた。
尊にも送ると言ったが、私は大丈夫だからと断られた。

「少し調べたい事があるから、図書館に寄ってくわ。人の多い場所を選ぶから、心配しないで」

襲われたばかりだというのに、気丈な奴だ……

尊の頑固さは、折り紙付きだ。
何を言っても無駄なので、時空は渋々承諾する。
こうして三人は、それぞれの帰途についたのだった。


*********


途中、尊は電気店に立ち寄った。
手持ちのUSBの容量が心許(こころもと)なくなり、購入しようと思ったのだ。

通学路から少し外れた脇道に、行きつけの店がある。
こじんまりしたところだが、品数は豊富だ。
すでに廃番となったものでも、ここなら手に入る。
中に入ると、真っ直ぐパソコン関連機器の陳列棚に向かった。

……あら?

所狭しと並ぶメモリーグッズの中に、見慣れぬUSBを見つける。
黄金色の光沢がやたら眩しい、ノックダウン式のものだった。
さらに、形状も特徴的だ。
USBと言えば細長い長方形が一般的だが、それは【台形の形】をしていた。
側面にはローマ字で、『X』とプリントされている。
おまけに、値札も貼付されていない。

宣伝用の見本かしら?

手に取って暫く眺めていたが、ふとある考えが(ひらめ)く。

そう言えば、この形……どこかで……?

確かに、それには見覚えがあった。

必死に思い出そうとする尊。
やがてハッとしたように顔を上げた。
急いで手帳を取り出し、挟まっていた写真をつまみ出す。
そのまま、それとUSBを何度も見比べた。

「あっ!」

小さな叫び声が、喉から洩れる。
手が震え、額に汗が浮き出てきた。
写真には、【十種神宝(とくさのかんだから)】の神宝図が写っている。
その中の一つに、尊の目は釘付けになった。

台形状の黄色い布に、中央で交差した黒い斜線──

その斜線はローマ字の『X』に見える。

形、色、模様……

その全てが、今手にしているUSBと酷似していた。

尊は、その神器の名を確認した。

品々物之比礼(くさぐさのもののひれ)

「ものの……ひれ?」

無意識に口の中で反復する。 

これは……この図にそっくり……

まさか……まさか……神器!?

でも、なぜこんな所に?

尊の中で、驚きと疑念が交錯する。

「ちょっと……どうかしてるわね」

尊は頭を振り、その場で大きく深呼吸した。
どうも八握剣の一件で、神経過敏になっているようだ。
そもそも、古代の神器がUSBであるはずがない。
尊は苦笑いを浮かべ、それを陳列棚に戻そうとした。

が……

出来なかった……

何故かは分からないが、それを手放す事にひどく抵抗があった。

きっと後悔する……

何度振り払っても、その思いが脳裏を()ぎる。
まるで吸い着いたように、手から離れない。
陳列棚に伸ばした腕が、硬直して動かなかった。

「……仕方ない。これにするか」

諦めたように呟く尊。

いずれにしても、USBは必要だ。
機能さえ問題無ければ、形状など何でもよい。
尊は店主の元まで行くと、その商品を差し出した。

「おや、タケルちゃん。いらっしゃい」

顔見知りの老女が、微笑みながら声をかける。
中学時代より通い慣れた尊は、ここの常連だった。

「おばさん、このUSBってどこのメーカーなの?」

笑みを返しながら、尋ねる尊。

「ええ、どれ?」

店主は、それを手に取り暫し眺める。

「……ああ、これね。これは売り物じゃないよ」

ほどなく、老女は相槌を打った。

「前に倉庫を整理してたら、ひょっこり出て来たの。仕入れた記憶は無いんだけど……でも、形が珍しいから宣伝用に飾っといたのよ。とても綺麗でしょ」

店主の無邪気な笑いが店内に響く。
それを聴きながら、尊は困惑した。

仕入れた記憶が無いのに出て来た!?

その一言が、頭の中で木霊する。
何か理由がある訳でも、何かを思い出した訳でもない。
取りとめのない、よくある話だ。
恐らく、老女が忘れているのだろう。

だが……

どうにも引っかかった。

神宝図とデザインが酷似しているせいもある。
一連の出来事のせいで、何でも無い事まで神器と結び付けてしまっているのだ。

意識し過ぎよ、タケル!

冷静さを保たんと、尊は懸命に己を叱咤(しった)した。

単なる偶然に違いない。

「気に入ったのならあげるよ」

「えっ?」

予想だにしない店主の言葉に、尊は思わず声を上げた。

「どうせ売り物じゃないし。良かったらアクセサリーにでもしておくれ」

老女は微笑みながら、それを尊の手に戻した。


その後の事は、あまり覚えていない。
何か礼の言葉を述べて、店を後にした記憶はある。

気付くとその手には、物之比礼(もののひれ)USBがしっかりと握られていた。

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